PREコラム
戦略的な地域活性化の取り組み(14)日本における「スマート農業」の推進
公開日:2019/06/28
増加する農産物の輸出
農林水産省の「平成29年度 食料・農業・農村の動向」によれば、ここ10年の全若手農家(若手農家:49歳以下の基幹的農業従事者がいる販売農家)の経営耕地面積は全非若手農家の6割程度と、若手農家による耕作面積規模が拡大する傾向にあり、所得水準の改善が見られるなど、将来の農業に明るい兆しも見えます。
農業総生産額に目を向けると、米の消費の減退による産出額の減少が主な要因となり、1984年の11.7兆円をピークに2010年には8.1兆円と減少していますが、近年は、2017年の9.3兆円など回復基調にあります。
次に、農林水産物の輸出状況を見てみると、財務省「貿易統計」を基に農林水産省が作成した資料によれば、2018年の農林水産物・食品輸出額(速報値)は9,068億円で、前年同期8,071億円から12.4%増加しており、2020年輸出目標額1兆円が視野に入っています。その主な輸出先は、香港、中国、米国、台湾、韓国などで、イチゴや米などの安全で質の高い農林水産物がアジア各国を中心とした富裕層の需要を開拓しています。今後も、農林水産物の国内需要の拡大が見込めない中、国は「農林水産業の輸出力強化戦略(平成28年5月19日決定)」において、農作物生産コストを低減化し農業生産性を上げることにより、輸出ターゲットをハイエンド層に加えミドル層に広げ、国内農林水産物の海外需要を拡大することで、日本の農業を振興する方針を打ち出しています。
日本における新たな農業政策
国は、「総合科学技術・イノベーション会議」の中で、Society5.0の実現に向けてさまざまな政策提言を行っています。Society5.0とは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く次世代社会を意味し、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させることにより、経済的発展と社会的課題の解決を両立し、質の高い生活を送ることのできる、人間中心の社会を実現すること」とされています。少し難しい概念ですが、要約すると「公共性の高い情報インフラを官民一体で整備し、高度な次世代産業を育成することで、豊かで質の高い生活が送れるスマートな社会を実現する」ということです。
その「総合科学技術・イノベーション会議」の中で計画されている対象分野の一つが、農業分野です。IT技術、情報通信技術、IoT・AI技術、ビッグデータ解析技術、ロボット技術等を駆使して、農作業の省力化や生産性の向上を図り、国際競争力のあるスマート農業の実現を目指しています。既に、2016年8月に「農業データ連携基盤協議会」(通称WAGRI協議会、WAGRIとは和+Agricultureの造語)を官民一体で設立し、過去の収量、市況、土壌、農地、気象、生育予測など、スマート農業を実現するために必要なあらゆるデータを集約・統合した「農業データ連携基盤」を2019年4月から本格稼働させています。さらに、2025年までに農業の担い手のほぼ全てがデータを活用した農業を実践するとしており、そのために必要な取り組みや進め方等を定めた「農業新技術の現場実装推進プログラム」を2019年6月に公表しました。このプログラムでは、「農業経営の将来像」「各技術のロードマップ」「技術実装の推進方策」という3つのテーマに分けて策定されています。
また、スマート農業の実現を後押しする施策として、今年から「スマート農業関連実証事業」を推進し、「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」及び「スマート農業加速化実証プロジェクト」として、全国で69事業が採択され、各地で先進的な取り組みが始まっています。
日本米の輸出戦略
日本における主要な農作物といえば、やはり日本米でしょう。その高い品質と味覚、安全性は海外で高い評価を受けており、富裕層を中心に海外需要も伸びています。
一方で、農林水産省「米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針」(2019年3月)によれば、国内の主食米の1人当たりの年間消費量は、 1962年度の118kgをピークに一貫して減少傾向にあり、2016年度には、その半分程度の54kgにまで減少、2016年の全国ベースでの主食米需要は約740万トンとなっています。これに対応するために国は、1970年頃から主食米の需給バランスをとるために減反政策を進め、2016年の生産量は731万トンと、ほぼ均衡を保っています。
しかし、2018年度から減反政策が廃止されたため、新たなマーケットとして海外市場を開拓する戦略が必要となっています。そのためには、米作の生産性の向上、すなわち、国際的に競争力のある価格を可能とする生産コストの削減が必要です。国は、農地の集約化、直播き・密苗栽培やIT、ロボットを活用した省力栽培技術などスマート農業を推進し、2023年までに米の生産コストを現状比4割まで削減するとしています。また、収穫量を増加させる施策としては、ゲノム操作等を活用した多収米の開発・普及を推進しています。現在、主食米というと「コシヒカリ」「あきたこまち」「はえぬき」など、高品質なブランド米が主流です。一方、冷凍食品や外食チェーン店、お弁当用などの業務用には、生産量は少ないながら、多収米と呼ばれる「みつひかり」(三井化学アグロ)、「しきゆたか」(豊田通商)など、ブランド米に比べ3 ~ 5割収穫量が多い改良品種米が使われています。
これら多収米は、ゲノム操作技術の進歩により、ブランド米と遜色のない食味を実現しており、今後、スマート農業による新たな農業技術の導入により効率的で安定した生産が可能となれば、国際競争力のある日本米による、海外のミドル層マーケットの開拓が可能となるでしょう。そうすることで、日本の原風景ともいえる田園地域が、活気に満ちた街として再生することを期待したいと思います。