秋葉淳一のトークセッション 第3回 人の価値を上げ、社会への貢献につなげる株式会社フレームワークス 代表取締役社長 秋葉淳一 × 株式会社ハンナ 下村由加里
公開日:2023/03/31
サプライチェーンの中で自分の役割を担う
秋葉:下村さんは物流業界の人材の違い、人材の高度化や育成の必要性といったことはお感じになりますか。
下村:ひょっとしたら将来的には物流という言葉がなくなるのではないか、もっと言うと、なくならなければならないと思っています。この言葉があるからどうしてもこれまでのしがらみを思い出してしまうのです。2024年問題を過ぎたら、2025年からはロジスティクスの時代です。輸送の1分野、配送の1分野、ジョイント部分の1部分を担っているという考え方にシフトしなければなりません。
もう一つあります。今いる人材が成長するのであれば、運送会社でトラックに乗っていても、次の日はスーツを着て営業に行けるような人材を育てたいと思っています。トラックしか乗れない人は、自分でそのことを選んでいるわけです。トラックに乗って、なおかつ営業ができて、なおかつ店舗もできる人の所得が上がり、インセンティブが増えることを妬んではいけません。同一労働ではないことを会社として明確に評価し、その評価を受け入れます。トラック事業のスペシャリストを当社ではマイスターと呼びますが、同じトラックに乗っていても、指示されたことしかできないドライバーと自分から発展的に提案ができるドライバーがいます。ここをしっかり評価できる仕組みをつくります。サプライチェーンの中でロジスティックスを担う役割として、自分がどの役割をセレクトするのか、選ぶ時代になってほしいと思っています。
秋葉:かっこいいですね。前回は株式会社トーチリレーの神保拓也さんと対談したのですが、彼もサプライチェーンマネジメント思考という話をしていました。面白かったので、そちらも読んでいただけたらと思います。人という重要なリソースについて考えている人たちは、言葉は違っても同じようなことを考えているのだと思いました。
下村:人でなくてもできる仕事はできるだけ人から外してあげます。そのとき、仕事を奪われているという感覚にならないように、徹底的に5S(「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「しつけ」)を社内で定着させます。そうすると、余力の時間をいかに自分のステージアップのために活かすかという考え方になります。それが許せる収益を保つために、今は業界団体や社会認知を頑張りたいです。業界としてステージに上がって、ロジスティクスやサプライチェーンについて、当たり前に小学生が喋るようになってほしいし、なると思っています。
秋葉:それを実現するのが私たちの役割ですね。
下村:今、20代の若手研修をやっているのですが、そこでは物流技術管理士の資格を取得した人に講師をさせて、その研修が管理者の評価になります。勉強だけでなく、終わった後のBBQなど、仕事と別のところでその人のタレント力が上がるような仕組みにしています。すると、30代にもその機会がほしいと言ってきてくれました。30代40代は生活で追われている時期なので遠慮していたのですが、30代が勉強したいと言ってくれたことで、年代を超えて、年代に合わせた研修を入れていくことになりました。さらに新卒の社員に「ハンナアカデミーをこさえてください」と言われて、これも始まっています。
秋葉:物流は事実です。フィジカルだから現実だし、データも事実です。誰かが勝手につくった計画でもないし、適当な予測でもなく事実です。だから知ったら知っただけ面白いのです。
下村:それを触れたくない人には無理強いする必要はないと思っています。ただしその人には、そうやって動いている別の人もいることを理解してもらいます。この環境をつくるとき、健康経営がすごく使えるのです。健康は人として平等の価値観で、ロボットやAIにはありません。秋葉さんが言うように、健康も根拠が大事です。事実を知り現状を知れば、どう処置するか、どう手を打つかが見えてきます。逆に、手を打つタイミングが遅れてしまうと大きな問題になります。このリスク回避の考え方は、経営においても健康においても同じです。
秋葉:私も同感です。私は、嘘はつかないけど事実を報告しないのが一番のリスクだと思っています。当然こちらはすべてのプロジェクトの進捗が見えているわけではないので、嘘は言っていなくても事実をわざと言わないのは、たいてい後で大変なことになります。
18歳、22歳で社会に出て65歳、70歳まで働くとすると、30代後半から40代前半ぐらいの生活が大変な時期は、仕事をしている期間のちょうど真ん中のタイミングです。そこまでの失敗を含めた経験が貯金になり、このタイミングで、経験という貯金がある人と怠けて借金をした人に分かれます。実際のお金ではなく、働くという意味での人のつながり、知識、経験において、貯金をした人は、貯金がまた利子を生んでどんどん良いほうに行く確率が上がり、借金をした人は、その後を借金返済に使うことになる。そういう意味でも、40歳前後までの時間の過ごし方が大事だとずっと思っていました。
下村さんのお話で、新卒の頃からどうやって経験と時間を使っていくかというお話が特に印象的でした。終身雇用だったときはそれを考えて制度設計をしていたのが、終身雇用がないところでは、つくりにくくなっています。やはり軸は人の人生です。人というすごく重要なリソースを考えるとき、人生の中でどう関わっていくかが重要なのに、そこが抜けてしまっていたと改めて感じました。今日はとても反省しています。
人を育て、個人のスキルを磨き、業界全体の底上げを
下村:失われた30年とよく言いますが、そこの部分が欠落して、考える余裕がなかったのかもしれませんね。経営者の一番の仕事は何かと聞かれることがあります。父が言っていた言葉もそうですが、持っているリソースを最大限の価値に引き上げることが経営者の仕事だと思っています。その中でも一番難しいのがやっぱり人です。人はナマモノなので想定通りにいきません。想定通りにいかないものをいかに想定通りにいかすかが、経営者の手腕です。そのことを今一番できるのが私たちの業界です。
秋葉:間違いないですね。お父様が創業した頃、ドライバーは価値が出せていました。それがなくなってしまっているのだから、もう一回価値を出したいし、倉庫の中でオペレーションしている人たちの価値も上げたい。業界全体の価値を上げたいですね。
下村:サービス品質が高くなりすぎたので、サービス品質を下げることで労働時間の制約を解くような考え方もありますが、私は違うと思っています。今までは「もっともっと」のサービスで、かゆいところに手の届くサービスを考えてきました。今は、「過剰でいいの?」というサステナビリティの考え方になってきています。足るを知るサービス、足るを知る運賃で、足るを知る価格に値付けできることがすごく重要です。足るを知る価格を提案できる運送会社になるためには、値付けにおいて、原価を知るといったことは当たり前のこととして、それとは別に将来に向けての利益目標が大事です。価値をこれくらい膨らましたいからこれだけ必要になるわけで、高ければいいわけではありません。堅実に考えれば、オーナー企業として社員と共につくる、共に育つという教育も成り立ちます。今はそういう時代になってきたと思っています。
秋葉:トラックというリソースの価値が先にあってドライバーが運転しているのではなく、人の価値をきちんと上げて、その価値ある人が使っている道具の一つとしてトラックがあるという形にしていかなければなりません。それを最初にするのがハンナだと思います。今、運送事業の方は皆不安を抱えています。承継の問題もあるし、自分の会社をどうしていくかという判断もあるでしょう。しかし、社員がある日突然いなくなることはないので、人中心にどう考えるかが非常に重要なのです。
先ほど、トラックドライバーがベーシックな仕事だとすると、その人が翌日にスーツを着て営業に行ってもいいというお話をされました。これは労働集約の事業もそうで、ソフトウェアの世界でもまったく同じです。営業、エンジニア、プロジェクトマネジメントなどそれぞれ主の役割があるとしても、例えば、営業が「うちは今エンジニアが不足していて、外注も含めて人がいないのでこの仕事は断ります」と言ってきたら、とりあえず自分でプログラムを書くように言いたいですね。それは会社として売り上げがほしいのではなく、逆にそれをチャンスだと思って、自分の価値を上げたらどうかという話なわけです。エンジニアに対しても同じです。システムプロジェクトで、エンジニアはずっとお客様と接しています。そうであれば、その間に会社の価値だけでなく自分の価値も上げてほしい。そうすることで、お客様で5年に1回リプレースのタイミングがあったとき、今度はコンペではなく自分に名指しで仕事が来ることになります。
下村:ハンナからマイスターでGROWにいった社員がいますが、やはりお客様から指名がきます。彼は段取り八割で、荷主さんに対する思いやりがあり、ちょっとした電話を1本入れてくれます。会社でスマートフォンを支給しているのだから、どんどん仕事で使うべきです。夜中に眠たくなったら、イヤホンをして社員同士で喋れば目も覚めるし、コミュニケーションも取れます。そういったことをしているうちに、現場や運行管理者に対しても1本の電話を入れてくれるようになりました。
ちょっとした気を遣うことができるかできないかが、すべてにおいてその人の価値を上げられるかどうかにつながります。営業と同じように運賃の値付けはできませんが、現場から聞かれたとき、「これでいけますが、僕としてはこうです。あとの値段は営業さんで決めてください」というところまで話ができれば、営業も助かります。このような人材をあと何人つくれるかが勝負だと思っています。ただ、ハンナはオーナー企業なのでやはり資本力の弱さが弱点です。資本を入れればいろいろ挑戦できることは増えますが、それが本当に良いかどうかはわかりません。
秋葉:私はいろいろな選択があっていいと思っています。大和ハウスグループに入るという選択をした会社は、それはそれで一つの選択ですが、大和ハウスグループからしたら、何でも資本を入れて、何でもマジョリティをとるかという話ではありません。
下村:今まで、こういったことを考えるのは取締役や経営層だけでした。さすがにドライバー全員というわけにはいきませんが、ある程度のマネジメント層であれば考えられるような仕組みを教える時代がきていると思います。「会社が決めたこと」という言葉を言わない幹部をどれだけつくれるかにかかっています。自分たちの未来であって、自分の会社なのですから。
私は「会社と私ですか、会社の私ですか」と聞くようにしています。それで、「会社と私」と言った瞬間にありがとうと言います。若い世代は実に堅実です。自分がどこに所属していて、誰が評価をして、自分はどうあるべきかを分かっています。先のステージをしっかり見て動き出し、見切り発車はしません。ですから、日本の未来の十数年先はすごく明るいはずです。この5、6年を乗り越えて、しっかり取捨選択を行って不易流行を見直せば、世界的に勝負できると私は思っています。
「大変さ」をチャンスに変える
秋葉:SDGsもそうですが、今の若い人はそれをやって当たり前の価値観ができていますよね。
下村:当社はカンボジアに井戸を寄付しているのですが、これも若い人たちの発想です。ミャンマーのようなゴミ処理が進んでいないところを支援しようという話も出てきています。日本ではこのような取り組みを企業として行っていますが、そこをもう少しうまくつなげて、日本の国として必然的にできるようになるために、われわれの業界からスタートできるのではないでしょうか。このような話は秋葉さんにしかできません。
秋葉:日本における災害物流も問題が山積みです。備蓄倉庫をつくって自治体ごとに備蓄していますが、まだまだだと言わざるを得ません。例えば秋葉市と下村市があったとして、私も下村さんも市民のために備蓄しています。ところが秋葉市で災害があったとき、下村市は、秋葉市の住民がどこの避難場所にどれくらい避難しているかが分かりません。秋葉市の備蓄倉庫がやられたら周りが持っていかなければいけないのに、そのように整理されていません。ましてや運び方、備蓄の仕方もきちんと決められていません。さらに、とりあえず保管しているだけで、どうやって出すんだという状態になってしまっているところもあります。
下村:過去の震災でわれわれも応援に行きましたが、応援のトラックが渋滞していたり、物資が目の前で積み上がったままだったりを見てきました。国が自動化の仕組みを本気でBCPに活用するべきです。
秋葉:我々物流業界でやるべきことも満載ですね。
下村:「運送業は大変ですね」とよく言われるのですが、大変イコールダメということになってしまっています。そうではなくて、何が大変で、何か大丈夫で、何がダメなのか。きちんと分析さえできれば、大変を捨てるのか改善するのかという覚悟だけを決めたらいいのです。
秋葉:皆が大変なことに気づいて手が打てたら、むしろチャンスかもしれませんよね。
下村:そういったことを考えることを褒めてもらいたいですね。私より若い青年部と言われるような経営者は、体力もあって「やろう!」となりますが、私より年齢が高い経営者は、「もう売ってしまおう」と手っ取り早い発想になりがちです。先ほどした資本の話は、実はそこにつなげたかったのです。それも大事だけど、目的をそこに置くのではなく、その先の理念の共有やシナジー効果のためにするというところにこだわらないと、そこにいる社員が不幸です。
秋葉:企業が何のために存在しているかといったら、社員のため、世の中のためであって、そのためには会社が存在しなければなりません。しかし、理念がなくなったらどうしようもありません。社員には家族がいます。会社が背負っているのは会社にいる社員だけではなく、もっと大きい範囲の人たちに対して影響を与えています。
下村:今の運送業界のリスクヘッジは多様化しています。それに対して、秋葉社長のようにいかにポジティブな発想に持っていけるかだけだと思うのです。経営者が楽しんでいたらけっこう社員は定着します。たとえ給料が多少下がっても、自分の価値を見出してもらえればモチベーションはすごく上がりますから。
秋葉:経営者が楽しそうだと社員の不安も減りますよね。社長が発するメッセージはやはりすごく大事です。今日のお話は業界全体に聞かせたいくらいです。本当にありがとうございました。