秋葉淳一のトークセッション 第2回 SCM(サプライチェーンマネジメント)で、人と人をつなぎ、結ぶことができる人材を育成する株式会社フレームワークス 代表取締役社長 秋葉淳一 × 株式会社ハンナ 下村由加里
公開日:2023/02/28
問題から逃げずに正面から向き合い、乗り越えてきた
秋葉:組織づくりは経営者の大事な仕事ですが、一方で業績の話もあると思います。
下村:もちろん業績を上げないことには会社は続きません。売上目標を決める際は、戦略的に増収増益は重要ですが、今いる社員の次年度の給与ベースが上がったときどう維持していくか、というところから売上を逆算しています。今これだけ資材や燃料が上がってしまうとそうもいきませんが、この30年はその辺が抑えられていたこともあり、そこから逆算して売上目標を決めていました。社員は、そこまで持っていかないと自分たちの給料保証がないと思って、放っておいても一生懸命頑張ってくれます。
秋葉:給与の額、そこから計算する売上など、普通、経営者はなかなかそこまでオープンにできませんよね。
下村:もちろん、いち乗務員に全部の資産までは言いませんが、主任以上は会社のサーバにアクセスすれば見ることができます。新型コロナウイルス感染症を機に、早い段階で全社員にスマートフォンを渡したおかげで情報共有ができるようになりました。社員と面談をするときも、サーバに就業規則やISOのマニュアルが入っているので、それを見ながら説明します。こうした教育を現場が自主的にやっています。 現場の乗務員は、入って2週間、2カ月、4カ月、6カ月の計4回面談をします。2週間目の面談では、会社に来るのが嫌になっていないか聞きます。毎朝気持ちよく起きていれば続けられますが、そうでなければ他を探したほうがいいでしょう。2カ月目は、そこまでに経営理念を覚える期間です。4カ月目は、そこまで勤めてどう思うか、会社を好きなのか嫌いなのか、意見を言う期間です。6カ月目になったら、なぜ自分がここに勤めているかを他の人に話すことができるかで、ここまでいけたら試用期間を外します。
秋葉:すごいですね。皆さん6カ月目に説明できるのですか。
下村:当社では、必ず6ヵ月目までに1分間スピーチをできるようにしています。グッドポイント面談というものがあって、6か月目に試用期間を外すためには、タレントパネルというシートを提出しなければなりません。このシートには職歴や自分が持つタレント力を書き出します。このことは最初に伝えておきますが、書けないときでも、横について話を聞きながら書き出してあげます。
秋葉:6カ月間、ここまできめ細かなコミュニケ―ションをとる会社は少ないと思います。下村さんが社長になって何年ですか。相当苦労されたご経験があるのでしょう。
下村:平成18年4月に社長に就任したので、16年目です。そもそも社会に出て16年のようなものです。それまでは給料計算の手伝いをしたり、子どもが3人いて日中は家のことしかできないので、社員が帰った後、子どもを寝かしつけてから夜中に日報を入力したりしていました。
私が社長になったとき社員は47名でしたが、今はハンナで157名、GROWで18名です。
ここに来るまでは本当に大変なことがありました。
私が社長になってから、少しずつ就業規則を見直したりルールをつくったりしていました。社長になると同時に取り組んだのがGマーク(輸送の安全確保に積極的に取り組む事業所に対する認定制度)、ISO(国際標準化機構、一般的にはで定められる規格をいう)、グリーン経営(環境保全を目的にした取り組みを行う運送会社に対する認証制度)です。そのような認証を取ることで、お金をかけずに社員に勉強してもらい、私自身も勉強します。そこから就業規則の改正をして本格的に給料改定につなげたかったのですが、なかなか進んでいませんでした。
ところが、ドライバーによる事故が続いてしまったのです。
それでも私は、「若い人を育てたい、若い人を育てないと会社がもたない」と訴えていたのですが、多くの反発を受けました。そして、この際思い切った施策を取った方がいいのではないかという意見が出たこともあり、会社の仕組みを大きく変えました。基本給を改定すれば不利益変更(※)になります。大きな覚悟が必要でしたが、思い切ってやってみることにして就業規則も変えました。
※会社が一方的に、従業員にとって不利益になる労働条件などの変更をすること
秋葉:相当な覚悟だったと察します。若い人の育成には忍耐が必要ですが、過度にやると反発も増えてしまいます。
下村:経験のないことばかりでしたから、何かがあるたびに、その都度勉強してきました。その間に世の中は働き方改革へとシフトし、結果的に、基本給の変更は時代の流れの中で運送業として生き残っていくためには必要な処置でした。
秋葉:勉強するといっても、社長は孤独です。相談相手はいらっしゃらなかったのですか。
下村:私は本当に孤独を感じていましたので、そのときは息子に頼りました。話をしているうち、当時大学生だった息子は、学校を辞めると言い出しました。息子は弁護士を目指していたのですが、弁護士はいずれ違う方法でも挑戦できるからと言って帰ってきてくれたのです。2トン車に乗って現場に入った長男の姿を見て、次男も帰ってきました。 長男と次男が会社に戻ってきてくれて、そこから変わりました。二人が私の話相手になってくれましたし、組織内で意見の相違があったときにも、「揉めないで話し合おう。会社をつくった爺ちゃんの思いを分かってあげてくれ」と語り、息子たちが紐解いてくれました。
秋葉:そのようなご経験をしながら、下村さん自らJILS(日本ロジスティクスシステム協会)の物流技術管理士、ロジスティックス経営士の資格を取得されました。それは、社長としてやるべきことだけでなく、自らもっと勉強することがあるという発想だったのでしょうか。
下村:本音を言うと、日本はやはり東京でいろいろなことが決まっていると感じています。経営者になって勉強のためロータリークラブに入ると、いろいろな経営者の方から、物事は東京で動いているから東京に行く機会をつくるように言われました。勉強と思って、最初はMBAの短期的な講座に申し込んで通いました。物流環境管理士は、環境のことはよく分からなかったし、当時グリーン経営に取り組んでいたのでいってみました。物流技術管理士は、その頃長男が修行に行っていた奈良の運送会社が物流技術管理士を登竜門にしていて、ハンナさんもやってみたらどうかとアドバイスをいただきました。
秋葉:僕はロジスティクス経営士の講座で講義をしていますが、直線で5メーターぐらいの距離のところにとても元気な人が座っていて、それが下村さんでした。「はい、はい、はい!質問いいですか?」と、すごい勢いで食いつくなと(笑)。その後は社員さんも受けに来て、本当にすごい会社だと思いました。
SCMがジョイントを担い、同じ立場・同じ目線で世代をつなげる
下村:今の課題は営業です。これまで、アセットの運送会社の営業は自分たちの器に合わせた営業でした。しかし、今の時代は違うと思います。とはいえ器に合わない営業が取扱い事業かと言われると、それもまた違います。やはりSCM(サプライチェーンマネジメント)なのです。ジョイント部分をどのように担うかであって、収益獲得のための営業も大事ですが、それ以上に人と人をつなぎ、結ぶことができる人材の育成が大事です。JILLさんも「つなぐ」ということをとても大事にしています。ロータリークラブの基礎もそうです。収益やルールといったしがらみを取っ払って、人としての常識の中で、「いただいたものは返す、返したらかえる」という仕組みをどれだけ現場に持ち帰れるか。これが私の一番の課題であり、社員にもそのような発想を持ってほしいですね。今まで収益にならないことは断っていました。もちろんそれも大事です。ずっと赤字だったら社員が不幸になってしまいますから。しかし今は、期間が決まっている赤であれば、回収目標まで共に荷主と歩むという考え方が大事だと思っています。
秋葉:目の前である程度できることが大前提ですが、今やろうとしていることが5年後にどうなるか、他のお客様にも影響を与えられるのではないかと考えることも大事です。僕は、目の前のことだけ見ていては発想できないと思っています。発想するためにはいろいろな人といろいろな会話をし、知識を入れることが欠かせません。当然、世代によって学ぶべきこと、得るべき知識は変わってくると思いますが、世代ごとの経験や知識の積み重ねについてはどのようにお感じになりますか。
下村:これは当社だけでなく日本の課題かもしれませんが、一番生活が大変な30代~40代の人たちの経験や学びは少ない気がします。私は30代後半から40代頭の年代が人生で一番伸びる時期で、この時期にとてつもない失敗をするべきだと思っています。私は40代半ばで社長になり、そういう意味では最初にたくさんの失敗をしたのは良かったと思っています。50代だったら多分しんどいです。しかし、この時期に良い失敗をさせてあげたくても、生活的には子どもや家族のために稼がなければなりません。稼がないといけない時期にしっかり稼げるインセンティブの準備をしながら、いかに挑戦できるか。これをつくれる企業しか伸びないと思っています。つまり、企業としてそれを認めることができる体質が大事なわけです。 50代60代は組織の要です。当社では、60歳になったら3か月ごとの期間雇用に変えます。期間雇用になったら、もちろん事故はだめですが、5Sと3Mさえ問題なければ、評価基準は健康だけです。期間が終わる1カ月前に告知してもらいますが、次の3カ月は休みたいと言う社員もいます。1カ月はお嫁さんの実家に帰って、残りの1カ月は夫婦で船旅に行ってのんびりして、また元気に健康で帰ってくる。そういう社員をつくりたいのです。60歳で期間雇用になり、一応65歳を定年にしていますがあってないようなもので、最年長は70代です。健康な状態でなくなったら契約しませんが、健康に戻ってくれたらもう一度契約します。そうすると、この人たちが今の働き方改革の中のジョイントの部分を埋めてくれます。日本の国は50代60代が支えると、私は思っています。
秋葉:会社から見た時間の使い方もあるし、人生から見た時間の使い方もあるということですね。そういったことが次から次へと浮かんで、すぐに実行するのはすごいことです。下村さんは素晴らしい会社をつくっています。
下村:私にはそれしかなかったからです。倉庫もなければ、ありがたいことに大きな負債もありませんでした。極端な言い方をすると、トラックを全部売れば何とかなるような状況だったから、それほど売上と言わなくて済んだのだと思います。そういう意味では先人に感謝しています。
秋葉:お話を聞いていると、20歳の方も、60歳、70歳の方も同じ立場、同じ目線で、年齢は関係ありませんね。
下村:国も言っていますが、仕事においては同一労働同一賃金です。終身雇用や年功序列はないということです。仕事においては同じ。役職者は60歳になったらポストを譲るのがルールで、55歳になると、60歳から後の準備を始めます。そうすると、次にマネジメント職を目指したいと思う若い人はポストが見えるし、いずれ独立したい人の人生設計も見えます。今はそういったことを次の目標として動いています。 ただし、これには引き抜きのリスクがあります。ある会社の社長さんにも、「良い人を育ててくれてありがとう。大型免許を取ったらうちにきてね」と言われています。最近、これに返す言葉を女性社員に教えてもらいました。「大型に乗っていても、いずれ人間は年を取ったら弱ってきます。『最後はうちに帰ってきます』と言っておいてください」です。実は、この発想が子会社のGROWをつくるきっかけになりました。譲ってばかりいられません。共同配送など、それまではお客様の仕事に合わせて子会社をつくっていたのを、社内の雇用体系に合わせて切り替えることにしました。
秋葉:運送会社の立場から、業界を変えていくという素晴らしい発想です。それぞれの会社が自立をすることで、ものも言えますし、様々な提案ができるのだと思います。