秋葉淳一のトークセッション 第1回 「日本製」にこだわり、トータルな品質を追求する株式会社ROMS 代表取締役社長 前野 洋介 × 株式会社フレームワークス 会長 秋葉淳一
公開日:2024/10/31
無人店舗から物流自動化へ
秋葉:前野社長がROMSを立ち上げたときの経緯を教えていただけますか。
前野:私は2004年に三井物産に新卒入社しました。8年ほど国内でM&Aやベンチャー投資、新規事業開発に従事した後に、当時の上司の計らいもあり、アメリカへの転勤の話が挙がり、2012年に駐在という形でニューヨークに移りました。ニューヨークでもM&Aやベンチャー投資、新規事業開発に携わっていました。当時アメリカの三井物産ではロボティックス、自動化に注目しており、いくつかのロボティクス関連の企業の出資を検討していました。その流れで、ピッツバーグにあるAMR (Autonomous Mobile Robot:自律型搬送機)の会社に出資をして、私が出向することになりました。それが今の仕事につながっています。
秋葉:そこでロボットに出会ったわけですね。
前野:その会社に行ったことでロボットや自動化を学びました。一般的に日本人がイメージするロボットはガンダムやエヴァンゲリオンのような人間をイメージしたヒューマノイド型です。一方、アメリカのベンチャー投資やスタートアップ界隈でロボットというと、AMRやロボットピッキングシステムといったマニピュレーター(アーム型ロボット)を指していました。ロボットや自動化に興味を持ち、いわゆるマテハンの自動化という課題に相当時間を使った時期でした。
その後、三井物産というある意味で非常に恵まれた環境がコンフォートゾーンになり始めたことから、一度出た方がいいと考え、36歳で転職した先がファーストリテイリングさんで、2018年のことです。ご存じの通り、ファーストリテイリングの柳井さんは、非常に真面目な方で、社会のことも、会社のことも、従業員のことも、ファッション・アパレルのことも、日本のことも真剣に考えている方です。ユニクロという世界的ブランドを作った稀代の経営者です。在籍中は他の方々含めて多くのことを学ばせてもらいましたが、ファッション・アパレルの分野では柳井さんに絶対に勝てないと思い、逆に、自分も生まれてきたからには自分が得意とする領域で一旗挙げて戦ってみたいと思うようになりました。
そんな時にたまたま三井物産時代の先輩でベンチャーキャピタル(VC)の方に、「ロボット関係のスタートアップ、ベンチャーを立ち上げないか。お前がやるならうちのVCが出資するよ」とお声掛けいただきました。この人が言うのであればと思ったのと、まだ会社も何もない状態で言われたので、ほぼリスクがない状態だと思い、何をやろうかと考えて、ロボット・自動化を活用した無人店舗であるロボティクスコンビニエンストア(RCS)を思いついた次第です。もともと三井物産でセブンイレブン向けのビジネスにも関わっていましたし、ロボット・自動化、無人店舗という考え方もいいと思った次第です。それで事業計画を作って立ち上げたのがROMSです。
秋葉:最初は、ポーランド人のエンジニアと一緒に立ち上げられました。
前野:会社を立ち上げた時、私の他に2人のポーランド人が共同創業者としていました。R&Dとエンジニア部隊はポーランド、本社とビジネスの拠点は日本という、ある意味生まれながらにしてグローバルな体制だったわけです。そういった体制もちょっと格好いいなという邪な気持ちもあり、全然普通とは違う会社の立ち上げ方で面白いなと思いました。結局、ポーランドメンバーとはコロナ禍の入国制限等の影響で分離してしまい、日本でエンジニアチームを作り直しましたが、多様性の中で新しいものを生み出していこう、スピード勝負で作っていこう、挑戦していこうという考え方のベースは、その時に作った体制から受け継がれているところが多くあります。
秋葉:ROMSという社名はどのような由来で付けられたのですか。
前野:まずは、ポーランドメンバーからロボットを社名に入れたいという要望がありました。ロボットはツールのひとつなので、私は入れる必要はないと思い、イニシャルにとどめました。それでまず「R」を入れて、いろいろ考えた結果として、まずは、リテール向けから始めるので、OMNIから「OM」を取りました。「S」はSolutionのSです。
秋葉:もともと小売のビジネスが頭の中にあったわけですね。現在はビジネスの幅も広がっていますし、すでに社名の領域を超えていますね。
前野:実はポーランドメンバーと別れた後、社名変更をしようか考えたことがありました。私はROMSという名前にこだわっていなかったし、新しいメンバーが会社に対して愛着を持つために、自分たちで会社名を考える機会があったほうがいいと思いました。ところが、皆からは、ROMSに慣れたからもうそのままの方がいいと言われました。
しかし、名前は魂が宿るところです。今、日本製・フル内製を謳っている中で考えると、やはり日本的な名前のほうが日本企業だと思われやすくていいような気がします。ROMSの社名で展示会に出ると、「日本の企業なのですか?」と聞かれるので、「前野機工」がいいとは思わないですが、何か日本的な良い名前はないか考えようかと思っています。
自動倉庫を手掛ける最近のスタートアップとして挙げられるのが、Rapyuta Roboticsさん、RENATUS ROBOTICSさん、ROMSで、たまたま全部がローマ字で「R」から始まります。「進撃の3R」としてセミナーでもやろうかとよく冗談で言うのですが、今は日本製がいいというお客様の声が非常に多いので、日本の企業と思われるためにどうしたらいいか考えているところです。
秋葉:それにしても、会社もない若手ビジネスマンに投資しようとされたベンチャーキャピタルの先見性もすごいし、それに対して応えた前野さんも見事です。
前野:当時、投資家の方が私に声を掛けてくれた理由は、グローバルでビジネスをしたことがあったこと、英語を喋れて、外国人とビジネスができること、ロボットや自動化の領域に詳しいこと、プラスそれをどこに適用させるかを考えられることです。私はファーストリテイリングにいたり、三井物産ではセブンイレブン向けの仕事に関与したりしていたので、それを考えると前野しかいなかったと言っていただきました。今でこそロボットやAMRがいろいろ出てきていますが、会社を立ち上げたばかりの2019年当時はまだまだこれからというタイミングでしたので、たまたまご縁もあって今の状態に至っているのだと思っています。
秋葉:KDDIさんと手掛けた無人店舗がありましたよね。
前野:そうですね。コンビニの24時間営業問題や後継者不足から無人店舗やコンビニの自動化に目を向けて、35m2ぐらいのロボティクスコンビニエンスストアを作りました。やってみて分かったことは、BtoC向けの自動化ソリューション、特にそれをコンビニエンスストア(以下コンビニ)に適用するのは非常に難しいということです。日本にはコンビニが約5万5000店舗あって、特に都心に多く、消費者としてはあえて無人店舗で買う必要性はありません。さらに今のコンビニは単なる物販だけでなく公共サービスも提供しているので、物販だけの自動化で戦うのは難しいです。
もうひとつは、BtoCである以上ブランドが大事だということです。コンビニであれば、大手コンビニと提携しなければならないのですが、彼らはフランチャイズモデルなので、店舗網が崩壊するか消費者の考え方が変わらない限り、今あえて冒険する必要性がありません。タッチパネルで選ぶと、温度帯管理されている商品がロボットピックされて出てくるという技術自体はいいのですが、BtoCの小売店舗さんや消費者に受け入れられるまでは、まだまだ時間がかかると感じました。
その頃たまたまネットスーパーを行っているスーパーの社長様から、「無人店舗もいいのだけど、今爆発的に伸びているネットスーパー向けに、アメリカでウォルマートがやっているマイクロフルフィルメントセンターのような店舗併設型で自動倉庫を入れて、出荷を準備するようなモデルはできないか」という話がありました。自動倉庫にロボットピックも組み合わせて無人で24時間稼働ができるシステムです。これはロボティクスコンビニエンスストアを単純に大きくすればいいだけで、そうして作ったのが「ナノフルフィルメントセンター(NFC)」です。コンビニで作った35m2の大きさから120m2に拡大したもので、今のNFCの原型になっています。
秋葉:最初にあったのがコンビニモデルで、それをスーパー向けに大きくしたと。
前野:たまたまではありますが、最初に小さいところからやっておいて本当によかったです。なぜなら大から小にするのはとても大変な作業なのです。設計を含めすべてを変更しなければならず、バッファゾーンやメンテナンスゾーンも、大から小にするには無くさないといけないので簡単に変えることができません。その労力を考えると皆さんやらないという発想になるでしょう。われわれが最初に入れたのは35m2かつビルインで、2.7メートルの天井高のスペースに入れるという非常に難易度が高い条件でした。さらに最初の実証店舗は1階であったものの、下に貯水槽があり、耐荷重を300キロ/m2に抑えなければなりませんでした。そこからなるべく耐荷重300キロ/m2以下で耐えられる構造にして、なおかつ天井高2.7メートルという低い空間でも実現できるような自動化システムを作ったことで、それが120m2になってもそのまま適用して、高密度保管することができることに繋がっています。これがわれわれの自動化ソリューションの原型であり、その頃に確立した考え方はとても大きいと思っています。
秋葉:苦労したことはなかったですか?
前野:プロトタイプの初号機はポーランドで作ったので、センサーや部品、自動倉庫の棚も、すべてがヨーロッパ製で日本ではなかなか手に入りません。例えば、日本だと1,000円で調達できるようなセンサーが、ヨーロッパ製だと日本では1万円します。さらに、納品するまで1カ月以上かかってしまう。棚のレベリングや精度もまったく違います。クレーンや関連する機器の嚙み合わせが悪いと、結局そこに支障が出て壊れやすくなってしまいます。
今でも忘れられないのは、ポーランドから日本に持ってきて工場で試運転した時、クレーンの昇降ベルトが切れたことです。普通だったらありえません。シャリシャリと変な音がするなと思っていたらその瞬間にバチッと切れました。投資家から出資してもらったお金でやっているのに切れてしまった。幸い切れたベルトを変えて多少直す程度で済みましたが、そういった細かいところも含めて品質的な面で、ポーランドメンバーがヨーロッパで作るということと、それを日本に持ってきて実際に稼働させるということでは大きな差がありました。
秋葉:大切なことですね。いろいろ言われていますが、日本製の品質を見れば、良さは明らかです。
前野:日本は生産性が悪いと言われていますが、その分、品質を極限まで高めています。例えば、生産性は悪いが10年使える車と生産性は高いが1年で壊れてしまう車、お客様視点でどちらがいいでしょうか。エンジニアメンバーの1人は、自分たちが日本企業で日本製ということにこだわるのであれば、まずは品質をどこまで高めるかにこだわるべきであって、品質を高めた後に生産性を高めていけばいいと言っています。
秋葉:導入後にレベルが下がってしまうのも防ぐ必要があります。保守運用や交換パーツがすぐ手に入ることも含めて、安定して稼働させるためのトータルな品質が求められます。
前野:そうですね。ほとんどのケースで導入後の話がブラックボックス化されています。実は悲鳴を上げている会社は多いと思います。特に、海外製の場合、部品がディスコン(製造中止)になって、「全部買い替えてください」と言われたりしますから。日本のお客様の品質基準は特に高いので、ディスコンしない部品を選定した上で作らないといけません。この考え方も、初号機がヨーロッパ製で、スペアパーツの調達が難しかった教訓からきています。
常に新しい領域へのピボットを考える
秋葉:製品の成長という意味で言うと、小さいものから大きいものになったこともありますが、ROMSさんは最初無人店舗から始まってネットスーパー、さらにそこから違う領域の物流に入っています。機能的には似ていますが、相手となるお客様は違うわけですよね。そこはいかがでしたか。
前野:そこは私たちのようなスタートアップの経営者の腕の見せどころだと思っています。ピボット(事業戦略の方向転換や路線変更)という言い方が当てはまるかは分かりませんが、コンビニ、ネットスーパー、物流向けという領域のピボットは行っています。あまり考えずにやってしまうのもよくないし、判断のタイミングを間違えてひとつの業種だけに時間を使ってしまうと失敗するかもしれません。当時ネットスーパーは伸び盛りで、やる価値があったし、投資家からのウケも良かった。アメリカではネットスーパーが伸びて、ウォルマートが自動化マイクロフルフィルメントセンターを作り、アマゾンはECの雄としてごりごり自動化していました。しかし、よく考えると、日本の小売で物流まで見渡してきちんとやっている会社は少なく、プレイヤーの数は多くはありません。
結局、コンビニ向けもネットスーパー向けも、相手が小売りであることは一緒です。もともと来店型ビジネスという考え方でやっているので、あえてネット側に舵を振る必要性はあまりないわけです。最後に大手に集約される可能性を考えると、そこでダメだったら本当に終わってしまいます。
秋葉:そこに全体重をかけていいか、ということですね。
前野:はい。当然のことながら未だに小売り様向けは手掛けてはいます。飽くまでもタイミングとかの問題だとは思っています。平和島ラボにNFCの実機を設置しているのですが、2023年の4月、5月頃にたまたま来ていた物流系、EC系の会社様から言われた、「うちは大型の自動倉庫も入れているけど、その自動倉庫に適合しない商品も何かしらの形で入れたいと思っていて、これくらいの大きさがちょうどいいんだよ」という言葉が転換点になりました。NFCのような小さいものを欲している物流会社が意外とたくさんあるのではないか、物流向けもあるのではないかと思って見ていくと、けっこう反響があったのです。
秋葉:そこから、物流領域へのチャレンジが始まったわけですね。