秋葉淳一のトークセッション 第2回 エンジニアのマインドセットを変えなければいけない時にきている株式会社フレームワークス 代表取締役社長 秋葉淳一 × 日本電気株式会社 ランスポート・サービスソリューション事業部門 スマートILM統括部 ロジスティクス事業企画グループ ディレクター 武藤裕美
公開日:2022/05/31
エンジニア不足をマインドチェンジで解決する
秋葉:今、総じてエンジニアの数が足りないといわれていますが、どうお感じになっていますか。
武藤:まったく足りないですね。物流のエンジニアだけではなく、全体としても足りません。なおかつ、今までやっていたことを当たり前と考えないエンジニア、要は、当たり前を破壊するエンジニアが必要なわけで、そうなるともっと少ないです。ですから、エンジニアのマインドチェンジをしないといけません。エンジニアだけではなく、各部門の営業、SE、技術開発、R&Dの研究者、みんなマインドセットを変えなければいけない時にきていると思います。そこが一番の課題です。
秋葉:どのようなマインドチェンジが必要なのか、もう少し詳しくお聞かせいただけますか。
武藤:世の中がシステム化されるまでの約20年間は、アナログで行われていることが正で、それを要件としてシステムを作ってきました。つまり、「As-Is(現状)」を正とした要件定義ですね。その時代はそもそもシステム化されていないので、それで合っていました。しかし、今はだいたいシステム化されてきているにもかかわらず、個別要件が依然として多いままです。サプライのチェーンの観点で考えたら、もっと一緒に設計したらいいのにと思うことがたくさんあります。個々から要件が落ちてくるのではなく、一歩引いて、自分たちが業界を俯瞰して見ながら、自分たちからも提案しなければなりません。
ところが、そうすると、「その要件は誰が決めてくれるのですか」「誰がコミットメントするのですか」といった問題が必ず出てきます。それには理由があります。要件が増えれば、それだけで開発の工数はものすごく増えるので、それでロスコントロールというか、トラブル案件になって、赤字だらけになってしまう。そうしないためにきちんと要件を確定しましょう、という時代があったからです。とにかく赤字を撲滅しようという時代を経て今に至っているので、そこのマインドはなかなか変えづらいですね。しかし、今は「いろいろな要件を含めて共通的に設計する」という次の時代になってきているので、そこにトライしなければなりません。
さらにもう一つあって、これは弊社にとっての大きな課題です。今のアプリケーション層のお話は、アジャイル的(柔軟でコミュニケーションを重視したシステム開発手法)に、変化に追従しながら、人も含めて、簡単に軽く開発できるようにしたほうがいいと思っています。一方で、そのようなことができる共通的な基盤の構造は、ベンチャーではなく、NECのような大手企業が作り上げていかなければなりません。また少し違うマインドで、長期間、標準的に動かせるような基盤を作っていく。かつ、個別最適ではなくて、世の基盤にありそうなもの、というさらに高いハードルが立ちはだかっています。
秋葉:それこそ技術直結の話ですね。ハードウエアも、セキュリティも、ネットワークも、ですから。
武藤:そうなんです。何かしらの要件に応えるものではありません。そうすると、今度は、「何年かかっているんだ」「いくら投資するんだ」となってしまう場合が多い。だけど、テーマによっては、時間も費用もかかるんですよ。そこは、会社として投資を区別するべきだと思うのですが、なかなか簡単ではないですね。
秋葉:IT系でそれなりの規模の会社になると、研究所があったりして、別の人事制度を敷くこともありますが、そうではないところでは、一社に二制度、三制度も作れません。
武藤:NECでも研究所は制度を少し変えました。そうしないと辞めてしまうかもしれませんから。世界的な第一人者のような人たちは、自分を評価してくれて、かつ自分が楽しく生きられるところに行きたがります。
秋葉:評価は単にお金だけではないですよね。純粋に、あなたの考えていることが素晴らしい、あなたの研究が素晴らしい、という評価も彼らにとっては価値です。
武藤:一般的に評価されていることが大事なわけではなくて、研究者にとっては、自分がやっていることがすごいと言われることに価値があります。実際にすごいことをやっているのだけど、ビジネスに直結していないときにコンフリクトが生じてしまう。私は、NECのような会社はR&Dが大事だと思っています。ここはベンチャーとは違うところです。とても大事に思っているので、研究所のメンバーとは意識して会話するようにしています。
秋葉:事業において、お客様から「ありがとう」と言われることは重要です。ありがとうと言われることが嬉しいエンジニアも会社には必要です。一方で、「すごいな」と言われるエンジニアも必要です。両方いて初めて、新しい仕組みを作り出せていく。ところが、それぞれの会社で両方の人材を抱え続けていくのは本当に難しいところです。
器を分けることも必要
秋葉:現在のエンジニアのマインドセットの多くは、「決めてくれたらシステムを作ります」「要件をきちんと定義してくれたら作ります」ということだと思うのですが、こうしたマインドセットを変えるには、エンジニア自らが、プラットフォームを含めて「こうあるべき」ということを言っていかなければいけません。昭和の時代のエンジニアとは、そもそも持って欲しいスキルが違います。教育というとおこがましいのですが、このスキルをどうやって磨いていけばいいのか、どうお考えですか。
武藤:一つは、「器を分ける」ことかもしれないですね。両方の器が必要です。今ある、支えている仕組みをきちんと運用することも大事ですから、そこに長けた方はそちらを。だけど、新しいことをやりたい方もたくさんいます。その器では、その方たちが新しいことをやることによって評価される、承認される場を作ることも大事だと思います。
秋葉:器という意味では、私はフレームワークスとモノプラスという二つの会社で社長を務めさせてもらっています。フレームワークスは昭和的で、要件をきちんと決めるところから始めます。パッケージに自分たちのエッセンスは入れていますが、フィット&ギャップで確定させていき、それが終わってから先の費用を決めます。お互いに約束しているので赤字にはなりづらいです。
一方、モノプラスは、システムの構造をきちんと作って、要件が変わるなど、時代の中で変化する部分は簡易的にスピード感をもって開発しています。「アジャイル的にやるための構造基盤を先に用意しておけば、それに耐えられる」というやり方です。
今はどちらかというと後者が多いようです。きちんとできれば、お客様にとっても我々にとっても幸せです。作りながら成長していって、「思ったことと違ったら直せばいい」という、ごく当たり前のサイクルですから。開発スピードが速いということは、世の中の変化に同期していくことができます。しかし、要件を決めて作っていたら、2年かけて作っているうちに世の中が変わってしまいます。
例えば、オムニチャネル・リテイリング(商品の流通チャネル・販売チャネルのすべてを統合する取り組み)という話でいくと、5年後にオムニチャネルの世界はどうなっているのか聞かれて、今、答えられる人は誰もいないでしょう。システムができ上がってから数年使うことを考えると、5年後の世界がわからないのだから旧来のやり方ではできないはずです。それなのに「要件定義をお願いします」と言っている。
武藤:それをまず変えなければいけません。
秋葉:そもそも、「要件をきちんと定義してくれたら作ります」という人と、エンジニア自らが「こうあるべき」だと提案して仕事をする人の両方を同じエンジニアと呼ぶのでしょうか。
武藤:難しいところですね。私は、職種の名称は全部取っ払ってしまえという気持ちも正直あって、「営業さんは」「SEさんは」というように、職種に「さん」付けで呼ぶのが嫌いです。
秋葉:職種の名前が仕事の範囲を決めてしまいますよね。
武藤:ジョブ型はジョブ(職務内容)を定義していくので、もしかするとそれと相反するのかもしれませんが、ジョブの中に、自分のミッションを叶えるためには、少し枠を超えてもやるべきことをやるというところも入れて評価したほうがいいのかなと思います。しかし、どうやってそのパフォーマンスをマネジメントするのか、本当に難しいです。
どうすればマインドセットを変えることができるのか
秋葉:マインドセットを変えるのは難しいことです。極端なことを言えば、天変地異のようなことが起これば、マインドセットは強制的に変わるでしょう。しかし、日々の業務があってこそ企業として成り立っていて、組織の有り様、人事評価も含めて、がらっとは変えられないわけです。それなのに、一方では、働いている人たちのマインドを変えたいと言っている。私も経営者なのでその難しさもわかったうえで言っていますが、そこはどのように考えますか。新しい組織を作って、その人たちのミッションを今までとは明確に違うものにするようなやり方でしょうか。
武藤:私は二つのやり方があると思っています。一つは、秋葉さんがされているようなトップダウンです。それこそ組織を大きく変えるのも一つのやり方だと思います。もう一つは、先ほどいろいろな部門とチームを作っていると言いましたが、有機的に勝手につながるやり方です。各部門でミッションに関係するテーマにしていくと、結果的に、それぞれの立ち位置とミッションは違っても、やり始めることはできるので、それを実務というレイヤーでやり続ける。この二つが大事です。
トップダウンの例として、物流ではありませんが、今の副会長が社長だった時代に、「Project RISE」という、社内変革プロジェクトが立ち上げられました。私は、そのチェンジエージェントの1期生です。現場のミドル層から31人を集めて、経営者目線の課題を、31人が5~6人ずつのチームとなってあぶり出しから行い、最も高いプライオリティで突き詰めるテーマを選び、その対策を企画する、ということを1年間やりました。私自身は人へのこだわりがあったので、人材をテーマにするチームを作りました。私たちはボトムなので、トップダウンの組織変革や、経営戦略に基づいたトップからの異動は経営側に任せました。
一方で、キャリアは与えられるのが当たり前だとみんなが思っていて、そこを変えるためにはどうすればいいのかを考えました。自分たちがキャリアを考えて選択できるような仕組みを作り、自分たちが利用する。そのような風土、文化の醸成をするために、社内転職の制度を作りました。2年半たった今では、社員のほとんどがこの仕組みを知っていて、思った以上に当たり前に使えるようになっています。
面白いことに、プロジェクトは勝手に進化しています。私たちは企画部門だったので、最初から人事部門もチームに巻き込んで、卒業するときには人事部門にプロジェクトを渡しました。すると、チェンジエージェントの2期生や3期生、それ以外に改革したいという人たちが、「私たちはデジタルの技術を持っているので、AIでリコメンドできるような仕組みをデータから作りたい」と言ってくれたのです。「もちろんいいよ。一緒に手を組もうよ」と言っていたら、2年半たった今、AIリコメンド機能が付きました。まだ発展途上ですが、今後は学習しながら勝手に賢くリコメンドしていきます。今は、簡潔データでも賢くなっていけるようトライしているところです。
「キャリアは与えられるもの」と思っている人がまだ大多数ですが、「自分でキャリアを考える」という風土が少しずつできてきました。トップダウンとボトム、両方を変えていけば変わるという体験をさせていただいたので、これは物流とICTにも生かすしかないと思っています。いろいろな人とつながって、勝手にそこで成長してくれるような仕組みを考えたいですね。
秋葉:自分で希望したら変われるというのは、人事側がそれを受け入れているということですか。
武藤:両方です。組織側は、「こういうポジションが必要」「人材が足りない」といった情報を、ウェブ上の社内転職サイトでオープンにします。それを見て、自分が進みたい方向性だと思えば、社員は面接を希望することができます。上司への断りはいりません。
仕組みが定着するまでさまざまな仕掛けをしました。その一つが、各ビジネスユニットの人事の長の人たちとのディスカッションです。人事の人は、人材流動やスキルアップなど、本当はそういうことをやりたいのだと思います。それでも、だいたいの人が「ですよね。でもさぁ」と言います。「でもさぁ」を変えるために話し合いを重ねて、まずは協力を取り付けることができたことで、人事のチャンピオン、コーポレートのトップの方々が一緒にやろうと言ってくださり、力を得ることができました。組織側をサポートするのがユニットの人事ですが、個人のキャリアのサポートも強化すると約束してくれたのです。相談会を開いてもらったり、最初のトライアルで新しいポジションのオープンを打ち上げ花火的にやってもらったりしました。
その後は、「トップとして社長が変えていくぞ」ということで、インナープロモーション用にイベントを行ったり、ウェブコンテンツを作ったり、まさにデジタルマーケティングの社内版です。人事と一緒に組んだことで、プロジェクトを目にする人たちがだんだん増えてきました。コロナ禍ということもあり、デジタルが当たり前になってきた中でキャリアを考え直す機会も増えて、かつ、個を大切にする世代が入ってきたことも大きかったのだと思います。それが当たり前になってくると、あまり乗り気ではなかった人たちも、「そうは言ってもみんな異動しちゃっているし、じゃあ、来てもらえるように組織も頑張らないとな」となっていきました。
秋葉:囲うのではなく、自分たちの魅力をどう作るかという方向にいったわけですね。
武藤:人はどうしても魅力的なところに行ってしまいますから。出ていかないように、逆に来てもらえるようにと、2年、3年の間に少しずつ変わってきました。
物流の課題が多いのは逆転のチャンス
秋葉:今、本当にさまざまな課題を抱える物流業界ですが、そうした課題にはどのように向き合っていかれますか。
武藤:あまりにもたくさん課題があるということは、逆に期待値が高くなると思っています。課題に対して解決したい、取り組みたいと思っている人たちが大勢いるということですから、もう少しうまくベクトルが合えば、逆にパワーになるのではないかと思っています。そこが一番つつきたいところですね。
秋葉:最初からベクトルを合わせるのは難しいと思います。ただ、多くの人が同じものを目指してほしいですね。「富士山に登る」ということを多くの人が共有していて、「俺はこういう登り方」「こっちから登る」など、やり方はそれぞれあっていいと思います。
武藤:おっしゃるとおりです。フィジカルインターネット(インターネットのバケット交換の仕組みを物流に適用してモノの輸送、保管を変革する物流システムのコンセプト)もそうですよね。私たちがスマートフォンを使うのに、どこのキャリアか、どの機種か、気にせずに使っています。それと同じで、それぞれ利害関係が一致する人たちがプラットフォームを作って、そのプラットフォーム間を意識しなくてもつながるようにできるのが、本来あるべきフィジカルインターネットだと思うのです。この世界観を目指すためには、研究者の技術も必要だし、開発するメンバーも必要だし、それを理解してお客様と一緒に進める営業も必要です。
少し先の未来を見通して共感できる仲間づくりは草の根的にやっていきたいですね。正直、すぐにはお金に直結する活動ではないかもしれませんが、5年、10年たったときに花開けばいいと思っています。
*所属部署名など、対談時点(2022年3月)のものです。