サプライチェーン
秋葉淳一のトークセッション 「物流イノベーション、今がそのとき」Ⅱ:IoTが可能にするイノベーション フレームワークス 代表取締役社長 秋葉淳一 × 株式会社Hacobu 代表取締役CEO 佐々木太郎
公開日:2017/09/20
株式会社Hacobu代表取締役CEOの佐々木太郎氏をゲストに迎えてのトークセッションの2回目。物流事業においてIT化、デジタル化がなぜ必要か、イノベーションをいかに起こすかについて語り合っていただきました。
Now is the time(今がそのとき)
佐々木:物流業界のIT面におけるインフラ環境は2000年頃に比べると非常によくなっています。CPUのスペックが昔と今とでは全然違うので、データの処理時間ということでいえば、10分の1以下になっているはずです。ビッグデータを処理してリアルタイムで何かを解析していくというインフラもすでに整いつつあります。
クラウドになってサーバーにかかるコストもかなり安くなりましたし、スケーラビリティも非常によくなってきています。なので、イノベーションに着手するなら、まさに「Now is the time(今がそのとき)」といえるでしょう。
秋葉:それでも、従来のシステム投資のイメージが未だ払拭できずにいる経営者も少なくありません。中小規模の運送会社ではちょうど世代交代が起こりつつある時期で、創業者は70歳前後のいわゆる団塊の世代、それを継ぐことになる二代目が40~45歳くらいという組織が今、非常に多くなっています。
40代の二代目世代にとってPCは一人1台が当たり前で、スマートフォンも含め、コンピュータは日常的かつ身近なツールになっています。一方、創業者世代からすると、コンピュータといえば、大手メーカーが莫大な金額で囲い込みをしているイメージが未だに強いわけです。
こうした創業者世代に向けて、「今までできなかったことができるようになりました」ということを、どう具体的に説明していくか。特に最初の投資、イニシャルコストに関しての説明が導入促進のポイントになるでしょう。
デジタル化というのは関連する企業が皆でやって初めて効果が出るものですから、イニシャルコストのハードルを下げることは非常に重要です。サービス型、使用量型のモデルをどうやってつくっていくか。そこを今、佐々木さんが一生懸命考えてくださっているわけですね(笑)。
二つのキャズムを乗り越える
佐々木:イノベーションでよく用いられる「キャズム理論」でいえば、物流業界においては、ITがまだキャズム(深い溝)を乗り越えられずにいて、イノベーターやアーリーアダプターしかITを取り入れていない状況にあります。このキャズムを乗り越える条件が何なのかを考えると、一つは秋葉さんがおっしゃったコストの問題、もう一つは利便性だと思います。
たとえば、取り入れるまでにトレーニングが必要になるとか、設置するまでに時間がかかるとか、そこに溝があるわけです。こうした利便性の問題をクリアできない限り、キャズムは乗り越えられないと考えています。
秋葉:コストと利便性、二つのキャズムを乗り越えるソリューションの提示が必要になるわけですね。
佐々木:コスト面では、利用料のところであまり利益を取らず、もっと別の形でのマネタイズを考えています。利便性に関しては、クラウドの技術を使うことによって、IDを発行するだけで使えるようになる、どこからでもアクセスできる、そんなところがキーになってくるかと思います。
秋葉:ハード面に関してはどうでしょう。
佐々木:ハードウエアについては、簡単にソケットに挿すだけで使えるような「IoTデバイス」を投入することによって、最初のイニシャルコストを抑えるとともに、利便性を高めていこうと考えています。
Hacobuでは、常にこの視点からサービスの開発を行っています。別の言い方をすれば「キャズムを乗り越えられないものはやらない」という方針です。キャズムを乗り越えなくていいのであれば、システム自体を構築するSIer(システムインテグレーター:SystemIntegrator)になればいいわけですが、我々はそういう組織ではありません。
秋葉:Hacobuが提供したいのは、あくまでユーザーがすぐにでも使えて、本当の意味で活用できるサービスなんですね。
佐々木:そして、普及が可能なものです。車のシガーソケットに挿せたり、スマホのアプリだったり、どんな形でも「まず使っていただけること」が大切だと思いますので、そうしたバラエティを今どんどん増やしているところです。
それと逆行するようですが、従来の配線タイプを好まれるお客さんもいらっしゃるので、取り付けが簡単な配線タイプのものも投入する予定です。形は違えど、すべて同じワンプラットフォームで動いて同じデータが取れる、そういうものを提供していきます。
秋葉:そうなると、今までITとは無縁の世界にいた中小の物流業者が、いきなり大手業者と同じ環境を装備できることになりますね。
佐々木:そうです。大手が何百億円というコストをかけてつくったものを、月々1台につき千円台で始められるようになります。我々はそういうことをやっているわけです。
秋葉:IoTについては、回線料金が1台につき月額いくらみたいな話になると、そこが普及のネックになるのではないかという声もありますが、それについてはどのようにお考えですか。
佐々木:この1~2年でIoT向けの回線コストが一気に下がったこともあり、既存メディアの半額から3分の1くらいの価格で提供できるようになりました。既存のプレイヤーではつくってしまったハードウエアに縛られて新しいものが使えないことも多いのですが、我々は非常に安い通信コストで提供することができています。
IoTとは今まで取れなかったデータを使って意思決定に革命を起こすこと
秋葉:IoTというと「自分には縁遠いもの」と考える人が多いかもしれませんが、知らず知らずのうちに、日常のビジネスに組み込まれているものも少なくありません。
特に物流業界は、IoTやAIがなかなかマッチングしにくいイメージがありますが、クラウド環境が整い、通信料金やデバイスの値段もどんどん下がっている今こそ、そこにきちんと目を向けるべきだと思います。
今まではいろいろな理由で手が届かなかったものが、「安く、しかも性能がよい」となったとき、それを使うか使わないかの選択によって、圧倒的な差が生まれます。早く使って、早くデータを集めた人のほうが圧倒的に強くなり、手を出さない人たちはあっという間に置いていかれます。それも、たった1年や2年で大きな差が出るようなスピード感だと思います。
佐々木:イノベーションに対するスタンスは会社ごとに違いますからね。イノベーションによって他社を出し抜こうとするか、出し抜かれないくらいのスタンスでよしとするか、基本的に変化は望まず、コストが十分に下がったら取り入れてもよいとするか、だいたいこの三つのスタンスがあると思います。
私が物流会社の方にお話しするときには、「どのスタンスも間違いではなく、それは戦略の違いです」とお伝えしていますが、その戦略がブレがちなんですよね。
「あそこがやっているんだったら、うちもやったほうがいいかな?」とか、ついつい他社の情報に振り回されてしまう。それよりも、自分の会社としてのスタンス、イノベーションに対する姿勢を戦略的かつ明確に決めることが大切であり、もし他社を出し抜こうと考えるのであれば、失敗を顧みずに新しいものを取り入れていくべきだと私は思います。
逆に、コストがとことん下がってから取り入れる、というスタンスならば、それはそれでいいわけです。だったら無用に振り回されないようにしましょう、と。とにかく、企業としてのスタンスを明確にすることが必要です。
私の中でのIoTの定義というのは、「これまで取れていなかったデータを使って、意思決定に革命を起こすこと」なのですが、この後者の部分が欠落していて、「IoT、すなわち物のインターネットとはデータを取るためのもの」という認識でしかマネジメントを行っていないケース、導入するのはOKでも「それを使って他社との差別化をする」というところにまで考えが行っていないケースも見受けられます。
この場合、目的がないので手段ばかりを考えることになり、「何のためにやるんだっけ?」「そもそも、そのデータが取れて、何かいいことがあるんだっけ?」などとトップが言い出して、そのプロジェクトが終了になったりします。
「データの見える化」の先にあるのは、意思決定の変革や人の行動の変革です。仮説でもいいので、そこまでプランニングしてからIoTというものを考えていかないと、取り入れたところで前に進まなくなってしまうんですね。
IoTの全体像を把握してもらうことの難しさ
秋葉:経済産業省の資料にCPS(CyberPhysicalSystem)を説明した図があって、その図を見ると、IoTというか、デバイスからデータが来るということが、3層の中の1層でしかないということ、そしてそれがどう回るかということがよくわかります。
今はまだ、そういう全体像がつかめないまま、IoTという言葉だけが先歩きしていて、「冷蔵庫の牛乳がなくなったら自動的にAmazonから届きます。それがIoTです」みたいな説明にとどまってしまっているのが実情です。
IoTはあらゆるイノベーションのソリューションとなり得るものであり、上の世代の経営者にもそのイメージをしっかりつかんでもらうことが大切なのですが、それがなかなか難しいんですよね。
佐々木:ビジネスプロセスを変えてしまう話なので、既存のビジネスをマネージしてきた経営者にとっては、たぶん想像の範囲外のことなんでしょうね。要は、どんな課題意識を持っているか、そしてそのソリューションとして「ガラッと変える」という発想ができるかどうかを問われているわけですから。
IoTによる新しいサービスを導入することになれば、プライシングもそのサービスを受けたお客さんの行動も変わるわけで、果たしてそこまでイメージできるかというと、できない経営者のほうが多いのではないでしょうか。
秋葉:実際に、Hacobuさんのサービスを通して、中小の配送業者がIT化を進めた結果、どのような変化が起きましたか。
佐々木:いったん車両が車庫を出てしまうと、その先は何をしているのかまったくわからない状態だったのが、どの車両がどれくらい稼働しているかという「見える化」ができるようになり、その結果、この車両はいらないとか、もっと仕事を引き受けられるとか、そういった話ができるようになっています。また、配送が遅れそうな場合も自動的に情報が上がってくるので、先回りして先方に連絡することによって、顧客の満足度や安心感も向上します。
こうやってデータを集約していくと、メタ情報としての車両の行動範囲がわかってくるので、そこに対して車両を割り当てていくことも可能になります。これについては開発中ですが、実現すれば配車を行う担当者は不要になるでしょう。
CyberPhysicalSystem
実世界とサイバー空間との相互連関(CyberPhysicalSystem)が、社会のあらゆる領域に実装され、大きな社会的価値を生み出していく社会
出典:経済産業省(産業構造審議会商務流通情報分科会情報経済小委員会配布資料)から抜粋
<次回に続く>
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土地活用ラボ for Biz アナリスト
秋葉 淳一(あきば じゅんいち)
株式会社フレームワークス会長。1987年4月大手鉄鋼メーカー系のゼネコンに入社。制御用コンピュータ開発と生産管理システムの構築に携わる。
その後、多くの企業のサプライチェーンマネジメントシステム(SCM)の構築とそれに伴うビジネスプロセス・リエンジニアリング(BPR)のコンサルティングに従事。
2005年8月株式会社フレームワークスに入社、SCM・ロジスティクスコンサルタントとしてロジスティクスの構築や改革、および倉庫管理システム(WMS)の導入をサポートしている。
単に言葉の定義ではない、企業に応じたオムニチャネルを実現するために奔走中。