DX推進を支える組織体制
「“DX”を推進するためにはデジタル人財が不可欠」と言われて久しいです。“DX”というキーワードによって殊更に強調されていますが、実はDX以前からデジタル人財の重要性は変わっていません。しかし、DXとそれ以前ではデジタル人財に求められる人物像および在り方が変わってきています。
DXとは、テクノロジーとデータを駆使して新たな“体験”を提供し、ビジネスモデルの変革を実現することです。DX以前のデジタライゼーション(*1)の時代までは、テクノロジーを用いる目的は既存の仕組みを効率化することでした。
DXをそのように捉えたとき、DXを推進するために押さえるべきポイントが2点あります。
1点目は、やるべきことはこれまでの延長線上にはなく、生み出す“価値”を起点に思考を組み立てなければならないということです。これまでの延長線上にはない新たな体験、新たなビジネスモデルを追求し、これまでにない価値を創出するためには、「これまで見えていなかった問題を発見し、解決する仮説を構築する」スキルが要求されます。その仮説をテクノロジーとデータを駆使して実証していくことが必要です。DX推進のプロセスには、より“高度”なITスキルも必要となります。“高度”とは、①動くシステムをリリースするまでのスピード、②試行錯誤を繰り返しても技術的負債(*2)をためない技術力、③データを最大限活用するためにAIなどのより複雑なテクノロジーの組み込みを意図しています。
2点目は、DXは企業の総力戦であるということです。これまでのシステム開発では、ユーザー部門で立案したある要求をIT部門へ伝え、その要求を満たすシステムを開発、提供してきました。両者の間には明確な境界があり、委託する側、受託する側という関係性でした。DXの実現はユーザー部門とIT部門がそれぞれ越境し、本当の意味で“ワンチーム”となって推進することによってのみ成し遂げられます。“ワンチーム”とは、全員が同じゴールを掲げ、それぞれの強みを持ち寄りながら全員が自分ごととして取り組むチームのことです。
これまでのデジタル人財像は主として「テクノロジーに関するスキルを保有した人」というイメージでした。DXにおけるデジタル人財には、従来の人物像に加えて、ビジネス上のまだ見ぬ問題を発見し、新たな価値を見出す仮説思考、テクノロジーやデータの活用を前提とした戦略・戦術の立案や推進など、幅広いスキルが要求されます。そのような多様なスキルを一人の人間がすべて備えるのは困難ですが、チームとして備えることは可能です。それぞれ強みを持ち寄って“ワンチーム”となり、その集合知(*3)をもって新たな価値を創出していくことが、これからのビジネスに貢献するあるべき姿だと考えています。
(*1)デジタライゼーション:既存の仕組みにデジタルを適用してより進化させること
(*2)技術的負債:丁寧で適切なアプローチを維持することなく、その場しのぎの安易な解決策を選択し続けることで、追加の手直しが徐々に難しくなり、その対応コストが膨れ上がっていくこと
(*3)集合知:より多くの人の意見や知識を集め、体系化されたアイデアやノウハウなど
これまでのデジタル人財育成はITスキルが中心でした。もちろんDXを推進するためにもITスキルは重要であり、当社においても新入社員教育を起点にITスキル強化の取り組みを行っています。しかしITスキルはあくまで手段です。手段としてのスキルだけでは足りないのです。
「攻めのIT」とは、先を予見して市場で勝つために行うIT投資のことです。テクノロジーとデータを駆使して新たな価値の創出を目指すDXは、攻めのITの最たるものです。特に重要な要素は以下の3点であり、これらの要素を実践できる人財育成を行う必要があります。
(*4)ソフトスキル:思考法・コミュニケーション能力・リーダーシップなど人の能力の根幹を成すものであり、実践を通して徐々に身に付いていく(ハードスキルは形式知を使いこなす能力であり、学習によって習得する)
図1:DXを推進していくために必要なスキルマップ
事業本部/本社部門と情報システム部門が合同で、要求開発手法の1つである匠メソッドを活用した実践トレーニングを実施しました。匠メソッドは、ビジョン/コンセプトから実現するための活動計画までを一気通貫で検討できるフレームワークです。
特徴的なのは、いくつかのモデルを描き、すべてのモデルを論理的に整合するように構成することで、取り組みの全体構造が可視化されることです。文章ではなくモデルによって表現することで人によって解釈が異なるといった曖昧さがなくなり、取り組みに関係する全員が共通認識を持ち続けることができます。ビジョンから始まり、実現しようとしていることが誰にとってどんな価値があるのか、そのために必要な要求は何か、といった価値駆動の思考プロセスをユーザー部門とIT部門が一緒に議論しつつ仮説を立てていくことで、モデルの完成と同時に取り組みのゴールと、ゴールに至る道筋が共通認識になっていきます。
(*5)匠メソッド:株式会社匠BusinessPlace(https://www.takumi-businessplace.co.jp/)が提供する要求開発方法論(価値を起点に戦略・業務を組み立て、モデルとして表現するのが特徴)
住宅事業にて事業本部部門・経営企画部・情報システム部が1つのチームとなり、住宅系のビッグデータを活用して営業シーンを変革していくための取り組みを行っています。
ポイントはユーザー部門がデータ分析のテーマを出し、IT部門が解答を提供するという委託ー受託の関係ではなく、テーマ出しから必要なデータの選定、分析の型の生成、分析結果の解釈とアクション立案までを一緒に議論して進めていることです。ビジネス上の観点に対してIT部門のメンバーからも意見し、逆にユーザー部門のメンバーも実際に手を動かしてデータを扱う作業を行います。ビッグデータも、そのデータを使った分析も、手段でしかありません。何のために分析するのかという目的、その目的を達成するためのデータの見方、得られた洞察を具体的なアクションにつなげ、検証プロセスを回していくノウハウなどが一緒に行うことで共有されます。
分析ツールは専門知識がなくても活用できるAIプラットフォームサービスを利用しており、一連の活動から得られた知見をツールも含めて展開することで、現場駆動のデータ活用が広く行われる「データの民主化(*6)」を目指しています。
(*6)データの民主化:専門知識を持たない人でも簡単にデータ活用が可能な環境を実現すること(ここでいう環境とはITシステムのみでなくノウハウや文化など広範な概念を含む)
これまでの情報システム部門における人財育成は、OJTを中心としたITスキル教育を行ってきました。しかし、これまで述べてきたように、IT部門の人間はITの専門家であればいい時代ではなくなっています。また、OJTに頼った教育は育成過程そのものが属人化し、成長のスピードや習得するスキルエリアなどにバラツキが生じます。
現在はOJTだけではなく、いくつかの育成施策を展開しています。その1つがデータ分析室によるデータ活用に資する人財の育成です。データ分析に関連した教育というとデータサイエンティスト育成に近い内容をイメージされることが多いと思います。現在行っている教育はそうではなく、①論理思考・伝達力 ②デザイン思考 ③データを扱うスキル ④問題発見・要求開発 ⑤分析手法という5つのパートを1セットとして、現場でデータ活用を行う際に必要となるスキルエリアを総合的に習得する内容となっています。データ分析の専門家を育成するのではなく、より直接的にビジネス貢献できるデータ活用人財の育成に主眼を置いています。
その他にも年間カリキュラムによる新入社員教育や、システム思考や要求開発のトレーニングを新入社員や若手社員を含め部門内から広く受講者を選出して実施するなど、DX推進においても情報システム部門が中核的な役割を果たせるよう、先を見据えた人財育成に着手しています。
(1)匠メソッドを活用した要求開発トレーニング
現在進行形で動いている実案件をトレーニングのテーマに設定したことで、トレーニングを通して自分たちがやるべきことの共通理解が進みました。終了時点では匠メソッドで描かれた取り組みの全体像が成果物となっており、その成果物をプロジェクト推進のインプットとして活用しています。
(2)部門横断チームによるビッグデータ活用推進
これまで勘と経験に頼っていた施策の裏付けや、気付かなかった洞察をデータで確かめることができました。常にビジネスの目的をすり合わせながらデータ分析を進めることで、目的に対して現在不足しているデータを具体的に認識することができました。
(1)体系的なカリキュラムとして整備する
スキルエリア全体を体系的なカリキュラムとして整備し、期待される役割ごとに優先度の高いスキルや習得すべきタイミングなども考慮したロードマップを定義する必要があります。それにより自身のキャリアを考えて自律的に取り組めるようになります。
(2)人財育成の裾野を広げる
現在は開始直後ということもあり、直近の担当業務に直接関係する者を中心に受講者を選出しています。今後は直近の担当業務に関わりなく、習得すべき標準的な素養として広く展開していきたいと考えています。
(3)情報システム部門の取り組みから企業全体での取り組みに発展させる
現在は情報システム部門の施策として取り組んでいます。事業本部/本社部門と合同で行っている施策も情報システム部門からの声がけで実現しています。“DX”の推進は企業の総力戦であるため、それを支えるデジタル人財の育成も最終的には企業全体の取り組みとしていく必要があります。