認知症の親の介護に困らない「家族信託」第1回 重い認知症になる前に財産の対策が必要です
公開日:2018/08/30
POINT!
・本人が重い認知症になってから対策を講じたのでは手遅れ
・「成年後見制度」を活用することもできるが、さまざまな制約がある
「親の介護には親のお金を使えばいい」と思っている方へ
内閣府の資料によると、認知症高齢者数は2012年で462万人と、既に65歳以上の高齢者の約7人に1人となっており、2025年には約5人に1人に達すると推計されています。(図1)
ところで、60歳以上の2人以上世帯では、1世帯当たり約2400万円の貯蓄があり、そのうち約2割の世帯は4000万円以上の貯蓄があるとされています。(図2)
また、70歳以上の1世帯当たりの負債額はほぼゼロで、持ち家率は9割超と高水準です。高齢者はお金も不動産も持っていることがわかります。(図3)
(図1)65歳以上の認知症患者の推定者と推定有病率
長期の縦断的な認知症の有病率調査を行っている福岡県久山町研究データに基づいた、
・ 各年齢層の認知症有病率が、2012年以降一定と仮定した場合
・ 各年齢層の認知症有病率が、2012年以降も糖尿病有病率の増加により上昇すると仮定した場合
※久山町研究からモデルを作成すると、年齢、性別、生活習慣(糖尿病)の有病率が認知症の有病率に影響することがわかった。
本推計では2060 年までに糖尿病有病率が20%増加すると仮定した。
内閣府平成29年度版高齢社会白書より作成
(図2)貯蓄現在高階級別世帯分布
※1 単身世帯は対象外
※2 ゆうちょ銀行、郵便貯金・簡易生命保険管理機構(旧郵政公社)、銀行、その他の金融機関への預貯金、積立型生命保険などの掛金、株式・債権・投資信託・金銭信託などの有価証券と社内預金などの金融機関外への貯蓄の合計
※3 中央値とは、貯蓄現在高が「0」の世帯を除いた世帯を貯蓄現在高の低いほうから順番に並べたときに、ちょうど中央に位置する世帯の貯蓄現在高をいう。
内閣府平成29 年度版高齢社会白書より作成
(図3)世帯主の年齢階級別1世帯当たりの貯蓄・負債現在高、年間収入、持家率
内閣府平成29 年度版高齢社会白書より作成
しかし、財産の所有者が重い認知症などによって判断能力を失った場合、本人の預貯金や不動産などの財産が「凍結」されてしまう……つまり、誰もそれを使ったり動かしたりすることができない状態になってしまいます。
具体的なケースには、次のようなものがあります。
- ・子どもが銀行の窓口で親の預金を引き出そうとしても、本人ではないということで、引き出せなくなる。※対応は銀行によりますが、いざ凍結されると文句は言えません。なぜなら、財産は本人(親)のものだからです。
- ・親が賃貸住宅などの収益不動産を所有していた場合、本人ではないので、子どもは賃貸借契約の更新ができない、大規模修繕のための融資が受けられない、家賃滞納者に対して明け渡し手続きができないなど、管理や運用、処分ができなくなります。
- ・不動産や株式を売却して、親の介護費用を賄いたくとも、本人ではないので、子どもは処分ができません。
親の介護に親の財産を使えない
これらのケースのように、親の預金や不動産が凍結されると、親の介護費用が必要となっても、それらの費用を親の財産から賄うことができなくなります。
つまり、親が要介護状態になると、子どもたちに費用負担がのしかかってくることになります。
親が介護施設のお世話になる場合、毎月の費用はかなりの金額になります。月に20万円の施設費がかかるとすれば、年間240万円。それが4~5年も続けば、1000万円ぐらいのお金は簡単に吹き飛びます。
一方、子どもたちは自分たちの住宅ローンや教育資金、生活費で手いっぱいの世代でしょう。
子どもが親のお金を使わずに親のお世話をしていくのは容易なことではありません。
判断能力が不十分な人を保護する「成年後見制度」とは
親が重い認知症などになったら、「成年後見制度」を利用したらよい、という意見もあるでしょう。
「成年後見制度」とは、2000年(平成12年)に発足した制度で、本人の判断能力が衰えた場合、「成年後見人」が本人に代わって契約などをする代理人として支援します。
成年後見人には、「法定後見人」と、「任意後見人」の2種類がありますが、大きな違いは、「法定後見人」は裁判所が選ぶのに対し、「任意後見人」は、信頼できる親族などを、あらかじめ自分で選ぶことができる点にあります。
成年後見人がいれば、本人の意思確認ができなくても、凍結された銀行口座を「解凍」したり、不動産の処分をすることなどが可能になります。しかし、成年後見人は、「本人の財産を守る」ことが目的ですので、多少の財産の解凍はできますが、基本的に財産を使わず、そのまま残す方向で動きます。しかし、そのことにより、かえって多くの課題を抱える場合があります。
課題の例を紹介しましょう。
- ・現在、裁判所が法定後見人として家族を選ぶことが少なくなっており、司法書士、弁護士などの専門家が選任されています。専門家が後見人になると報酬が必要になります。
- ・一度、成年後見制度を利用したら、ご本人が回復するかお亡くなりになるまで、途中で止めることができません。
- ・実家(居住用不動産)を売却するには裁判所の許可が必要なので、売却に困難を伴います。
例えば、夫に成年後見人が付いたことで、それまでは夫の財布を握っていた妻が財産管理できなくなり、成年後見人から決められた範囲での生活費を渡されるようになったと困惑している話も耳にします。
(図5)成年後見人等と本人との関係別件数
成年後見人の報酬について
家庭裁判所は、後見人及び被後見人の資力その他の事情によって、被後見人の財産の中から、相当な報酬を後見人に与えることができます(民法862条)。
※成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人及び任意後見監督人についても同様。報酬額は裁判官が事案ごとにふさわしい額を決めていますが、後見制度の利用者に向けた参考資料として東京家庭裁判所は「成年後見人等の報酬額のめやす」を公表しています。
- 「成年後見人等の報酬額のめやす」(平成25年1月1日付け東京家庭裁判所、東京家庭裁判所立川支部)より抜粋
- ●基本報酬
月額2万円。ただし、成年後見人が管理する財産額が1000万円を超え5000万円以下の場合には月額3万円~4万円、管理する財産額が5000万円を超える場合には月額5万円~6万円。 - ●付加報酬
身上監護などに特別困難な事情があった場合には、基本報酬額の50%の範囲内で相当額の報酬を付加する。また、成年後見人が特別な事務を行った場合には、相当額の報酬を付加することがある。
内閣府ホームページより
本人が判断能力を失ってからでは手遅れもうおわかりだと思いますが、本人が重い認知症になってから対策を講じたのでは手遅れです。財産の凍結を解除するには、法定後見人を立てるしかありませんが、それでも解凍には限界があります。
それを避けるには、凍結する前に手を打たなければならず、「任意後見制度」と「家族信託」という二つの手段が使えます。本人や家族がお互いを支え合い、財産を使えるようにするには、早いうちに準備をしなければいけません。
次回は、財産を凍らせない「任意後見制度」と「家族信託」について、詳しくご説明します。