コラム vol.096
ケースで学ぶ「土地活用と法律」(6)
賃借人が建物を明け渡す時の「原状回復」とは?!
公開日:2016/02/25
事例(11):賃借人が建物を明け渡す時の「原状回復」とは?!
この事例は、賃貸人・賃借人どちらの方からもご相談が多い「原状回復」の問題です。
通常の生活上の汚損を修繕する費用に対して、賃貸人、賃借人とも相手が負担すべきだと主張し、争いとなりました。
「原状回復」とは入居した当初の状態に戻すことと思われる方もいらっしゃいますが、賃貸借契約は賃貸人が賃借人に目的物を使用収益させて、賃借人は使用収益に対する対価として賃料を支払う契約なので、通常の使用に伴う汚損や損耗は賃貸借契約が当初から予定しているものです。したがって、通常の使用に伴う汚損や損耗について賃借人は元に戻して目的物を返還する義務はありません。
これに対して、賃借人が故意・過失によって汚損・損耗させた時は、これらの修繕に必要な費用は賃料によって賄われるべきものではありませんので、賃借人が原状回復義務を負うことになります。
この「原状回復」の定義については、国土交通省が発表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が参考になります。同ガイドラインでは、原状回復とは、「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義して、賃借人が借りた当時の状態に戻すことではないことを明確化しています。
例えば、経年変化による壁紙の色落ちなどであれば通常の損耗の範囲といえますが、子どもが壁紙に落書きした、ペットが引っかいた傷などは通常の損耗の範囲には当たらないといえます。
では、賃貸借契約書に、通常の使用に伴う汚損や損耗についても賃借人が原状回復義務を負うと規定していた場合はどうでしょうか。
このような特約については限定的に効力が認められる場合があります。
さきほどの「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、
- 1)特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
- 2)賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
- 3)賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
の要件を満たせば、通常使用に伴う汚損・損耗について賃借人が原状回復義務を負うとの特約が有効であるとしています。
原状回復の問題は建物明渡の際に生じる問題ですが、賃貸借契約締結時、入居時に賃貸人と賃借人との間で、損耗の範囲を確認しておく、原状回復の範囲を確認しておくことがトラブル防止になります。
事例(12): 賃借人が貸事務所に設置した事業用空調設備や給湯設備は、明け渡しの時に撤去してもらえるのか?
この事例は、賃借人の希望で貸事務所をデイサービス事業所として賃貸し、賃借人が事業用空調設備や介護事業のための給湯設備を設置したケースです。このケースでは、「賃借人が原状回復義務を負いこれらの設備を撤去する必要があるのか、逆に賃貸人はこれらの設備を買い取る必要があるのか」が争いとなりました。
事例11の目的物の汚損や損耗と異なり、賃借人が壁紙を張り替えたり、エアコンなどを設置したような場合でも、賃借人は常に原状回復して壁紙を元に戻したり、エアコンを撤去する必要があるとすると、経済的に不合理であることから、賃借人に有益費償還請求や造作買取請求権が認められています。
有益費償還請求権(民法608条2項)とは、建物の構成部分となり、賃貸借契約の目的物の価値を増加していると客観的に判断でき、その価値が現存している場合には賃貸人は賃借人にその分を償還する義務を負うとするものです。
例えば、壁紙を張り替えるケースなどが該当します。なお、この有益費償還請求権は、有益費の投下に際して賃貸人の同意は不要です。
これに対して造作買取請求権(借地借家法33条1項)は、賃借人の所有に属するもので、建物に付加されて建物使用に客観的便益を与えるものを賃貸人が買い取るように賃借人が請求できるとするものです。
有益費と異なり、造作の設置に際して、賃貸人の同意が必要とされています。
このような賃借人からの請求に対しては、賃借人が設置した物件について賃借人の費用で撤去する特約、賃貸借契約で賃借人の費用で目的物の改良や造作の備え付けをする特約や、有益費償還請求権、造作買取請求権を放棄する特約をしておく方法があります。
このケースでも、賃借人の費用で原状回復する特約があったため、明け渡し時に賃借人の費用で設備を撤去してもらうこととなりました。
ここまで、賃貸人の立場で法律相談に来られるさまざまな事例について解説させていただきました。
本誌では12の事例しかご紹介できませんでしたが、地主さんや大家さんにとっては、ここに掲載できなかった事例も含めて、さまざまな問題があるかと思います。
しかし、問題を抱え込むと解決への道のりは一層遠くなります。いち早く弁護士などの専門家に相談されることが早期解決への第一歩になると思います。