多様性を認めると、不公平になる?
これからの社員と組織の新たな関係に向けて
すべての人が自分らしく、最大限のパフォーマンスを発揮できるように就労環境を整備し、イノベーティブで強い組織を目指す。このような経営手法としてのダイバーシティ&インクルージョンは、企業規模を問わず、あらゆる組織のスタンダードとなりつつあります。
一方、仕事の現場で一人ひとりの違いを認め合い、尊重することは、互いのコミュニケーションに心理的・時間的コストを必要とします。場合によっては、相手を理解できずに不安やストレスを抱えたり、社員間のコンフリクトを生じさせたりすることもあるでしょう。
第7回は、福山支店の錦織隆幸支店長と、公共系コンサルティング企業の代表取締役でありながら二児の父親として育児休業を取得後、現在は時短勤務を続けているというマカイラ株式会社の藤井宏一郎さんが登場します。経営マネジメント、そして一個人としての立場から、組織のダイバーシティ&インクルージョンに取り組む際に生じる課題と、またそれらをどのように解決していくことができるかについて対話していただきました。
- ※本稿は2022年12月16日取材時点の内容です。
- ※新型コロナウイルス感染症対策の観点から、撮影時のみマスクを外して対話を実施しています。
CONTRIBUTORS
今回、対話するのは・・・
社員一人ひとりの頑張りから10年後の福山支店を輝かせることをみんなの目標にしています
錦織 隆幸
大和ハウス工業株式会社
福山支店 支店長
1997年入社。大和ハウス工業山陰支店米子集合住宅営業所、山陰集合住宅営業所長を経て、2016年に山陰支店支店長。2019年10月より福山支店支店長に着任し、80名ほどからなるメンバーのマネジメントに従事。
さまざまな背景を持つ人がネクストステージを目指せる組織から日本を活性化したい
藤井 宏一郎
マカイラ株式会社 代表取締役CEO
科学技術庁(現:文部科学省)、グーグル合同会社執行役員兼公共政策部長等を経て、2014年に公共政策コミュニケーション分野のコンサルティングサービスを提供するマカイラ株式会社を設立。社員のウェルビーイングとキャリアアップを最優先した人事労務管理制度のもと、自らも半年間の育児休業を取得、現在も時短勤務を継続中。多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授。
なぜ、企業はダイバーシティ&インクルージョンに取り組むべきなのでしょうか。組織と社員それぞれの意義と課題、そしてその解決策とはどのようなものでしょうか。一緒に考えてみましょう。
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ダイバーシティ経営に求められる「人間力」とは
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私は大和ハウスに入社してから、集合住宅の営業部門で、オーナーさまに賃貸住宅経営などの土地活用のご提案と、その運用までをフォローする仕事をしてきました。
現在は、福山支店の支店長として、80名ほどの社員とともに、広島県福山市を中心とした備後エリアを担当しています。今日はよろしくお願いします。
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私はもともと国家公務員で、現在の文部科学省の出身です。
その後IT企業などを経由して、今は会社を設立し、民間、特にスタートアップ企業をお客さまに、新しい産業の発展に向けた政策はどうあるべきかについて、政府や行政への提言を支援しています。 -
民間の声を、政治家に伝えるお仕事ということでしょうか。
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そうですね。公的なセクターに向けたPR会社やロビー会社の位置づけです。一般の生活者を相手とするPR会社と違い、ちょっと特殊な仕事なので、さまざまなバックグラウンドを持つ人でチームをつくり、サービスを提供する必要があります。
そのため、元政治家で次の機会を狙っているとか、長時間労働になりがちな行政の仕事を辞めて、子育てしながらゆとりを持って働きたいなど、人生の次のステージを目指しながら、複数のゴールを持って生きている人たちの人材プラットフォームのような会社になっています。
さまざまな背景がある人であってもスムーズに入社できて、柔軟な人事制度のもとで自分を磨きながら働ける。そんな止まり木のような場所となり、日本を活性化したいと考えています。
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まさに多様な人材の個性をうまく融合して生かす組織をつくっておられるのですね。でも、行政関係の分野は、一日24時間のうちほとんどを仕事に費やしているというような人がまだ大半なのでは?
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そうですね。例えば、日本の総理大臣が「一日8時間しか働きません」と言ったら、たぶん国家が路頭に迷ってしまいますから。
でも、公共の仕事は社会にとって大変重要なのに、そういう知見を持つ方たちが家族の事情や自分の体調などを背景に、時間に制限があるからと公務員などの仕事を辞めざるを得ないというのは、社会的な損失ですよね。
ですから、まずは私たちが受け皿となって、公共の仕事に関わる人たちがワーク・ライフ・バランスを実現できる環境をつくろうと思っています。
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当社でも、新卒で入社した社員たちが、結婚や出産などプライベートの変化や、仕事でも経験や実績を積んでいくなどしながら、それぞれの背景から仕事に対する価値観が変化し、多様になっていきます。
私自身は、長女が重度の障がいを持って生まれたため、変わらざるを得ませんでした。また、小さい頃に父を亡くして母ひとりの家庭で育ったため、「本来、人は弱いものだ」という原体験が自分の生き方のルーツになっています。
こうした背景は、人種や性別などと同じく、いわば変えられぬ宿命なのだと思います。その宿命をいかに仕事や人生において生かせるかどうか。今は困難に思えることでも、数年後にそれをよかったことにできるかどうかは私という人間の力なのだ、と思うように心がけてきました。
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現在のように社会がワーク・ライフ・バランスの仕組みをつくる前から、ご家庭の事情と仕事を両立させていくプロセスをつくってこられたのですね。
私も半年間、育児休業を取り、現在も時短勤務をしていますが、ようやく、仕事と子育ての両方の悩みが見えてきたところです。
錦織さんはまさに新しい働き方のパイオニアであり、リーダーでいらっしゃるのだと思います。
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働き方に関する社会の意識が変わってきたことは非常にありがたいと思います。例えば、子どもの病院の付き添いをするにも、昔は苦労していましたので。
ですから、部下に対してもなるべくプライベートのことまで知って理解しておきたいと考えています。特に親元を離れた一人暮らしや若い夫妻などには、親のような相談相手になれたらと。
プライベートのつまずきは小さなことでも、個人にとっては大きな問題です。自分の経験があるからわかる。だからまずは自分のことを話すようにしています。私は人生をこうやって生きてきたよ、という人生観を話すと相手も話しやすくなる。そこからプライベートと仕事との両立を一緒に考えていけるようにと考えています。なかなか難しいですが。
福山支店の目標である「支店設立30周年の2026年に存在意義のある輝かしい支店でいよう」は、社員みんなの合言葉になっている
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確かに、どこまで相手の人生に立ち入っていいのかという問題もありますが、錦織さんが実践されているような社員に対する思いやりを持ち、個別の深い人間関係を築いていくような、いわば上司の「人間力」は、組織のダイバーシティを確保していくうえで重要なマネジメント能力になってくると言えそうですね。ダイバーシティというと、「人種・性別」など類型的・制度的に捉えがちですが、本質は個々人の事情に応じて、それぞれの居場所や働き方を確保していくことですから。
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そうですね。それを磨かないと。私を育ててくれた上司も「人間力」のある方でした。上司が私という人間をつくってくれたと感謝しています。
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多様性への配慮が不公平感につながる理由
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でも、世の中すべての上司がドラマにでてくる熱血教師のように、悩んでいる子どものために人間力すべてをかけてぶつかるってことはできないですよね。プライベートについては話したくない、という部下もいます。やはり組織として制度化・仕組み化していくことも重要だと思います。
例えば、人事部が主導して「週に1回必ずOne on Oneミーティングをやる」というルールをつくる、といったことです。男性の上司と女性の部下の場合など、一対一で話す機会をつくりにくくても、仕組み化していくことによって、個別の人間力で解決しなくちゃいけないところの負担をオフロードできていくと思うんですよね。
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確かにそうですね。私の場合は、本人ではなく、まわりの社員に聞くことも多いですが。
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それから、多様な人々が一つになって仕事をするためには、組織の「ミッション」「バリュー」「パーパス」をしっかりと定義しておくことも重要だと思います。そうでないと、働き方もバラバラ、立場もバラバラ、よって組織自体がバラバラになってしまいます。
藤井さんが代表を務める株式会社マカイラでは、多様な専門分野やキャリア、ルーツを背景に持つ30名ほどのメンバーでチームをつくりサービスを提供している
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福山支店では、「支店設立30周年の2026年に存在意義のある輝かしい支店でいよう」を目標に掲げています。大和ハウスグループ全体のミッションは少し規模が大きいので、事業所としてのミッションに落とし込みをして、さらに自分ごととして頑張れるような目標をつくりました。
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いいですね。社員が組織にコミットできていることが大切ですよね。組織から得たものがある分、自分も組織に貢献しようとか、まわりと学び合おうとする姿勢が生まれます。
一方、組織との心の交流がなく、コミットメントが弱い状態で、多様性を尊重した柔軟な働き方の環境を提供すると、組織から得られる便益だけを受けて、自らは貢献しない人が出てきてしまうことがあります。「フリーライダー」と呼んでいますが、こうした人たちの存在が歪みをもたらし、今度は「なぜあの人は子育てを理由に仕事に来なくていいのか」、「私は独身だからあの人の肩代わりをさせられている」など組織内に不公平感をもたらしてしまい、真のダイバーシティが進みにくくなります。
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そうですよね。本来、ダイバーシティに関連する制度がもたらすのは、同じ社員なのに対応に差があるといった「不公平」ではなく、そもそも人は多様で違いがあるから同じように対応はできないという「不平等」です。ですから、「不平等」は当然のものと理解し、すべて受け入れるべきだと思っています。
このことを長たる者として、社員に理解してもらえるよう伝える準備が必要です。それは、マニュアルを配布するような類のことではなく、私が言葉でしっかりと伝えるようにしています。そうしないと、多様性への配慮は空回りすることがあるのです。
そのうえで、藤井さんのおっしゃるフリーライダーのような人というのは、まさに「不公平」をもたらしますから、やはり「上司はちゃんと見ているんだな」と思ってもらい、行動を改めてもらうことが大事だと思います。
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ルール≦カルチャー。
組織と社員、新たな信頼関係のつくり方
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組織として不公平感に対処しようとするとき、細かいルールをたくさんつくるという方法もありますが、それによってガチガチになるのも、本末転倒です。本来は、〇〇休暇という制度がなくても、それぞれの人の事情をお互いに理解しておくとか、そもそも事情を話さなくても休暇が取れるような信頼関係を築いておけばよいはずです。
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どこまでをルールにして、どこをカルチャーに任せて、どのくらい自由にやっていくのか、判断としては迷うところですよね。
そのうえで今思うのが、組織は「あなたの人生に合わせて柔軟にいろんな制度をつくっていきます。ただ、柔軟にやるからにはあなたも身勝手に利用するのではなく、みんなが気持ちよく働けるように、できるだけ協力してくださいね」という心の契約を社員と結び直すような、新しい共通理解をつくる時代が来ているということです。
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なるほど。組織からの働きかけだけではなく、制度を利用する社員本人がきちっとコミュニケーションをして周囲に説明する義務も、やはりあると思いますね。それをやるかどうかも、先ほどのフリーライダー問題のように、ちょっとずるいか、そうでないかを判断する一つの物差しになるかもしれません。
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そうなんです。そしてまわりの社員たちも、それぞれが抱える背景や事情には違いがあるのだ、ということを互いに受け入れ、配慮し合うようなカルチャーが重要ですよね。なかなか難しいことだとは思いますが。
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そもそも多様性と言いますが、生まれながらにやっぱり境遇が違うのが人間です。不平等をどうやって切り抜けていくかは、一人ひとりが当事者として抱える差異を劣等感ではなく特徴として受け入れるしかない。
自分または相手がどんな境遇であれ、その特徴の捉え方や価値観をポジティブに変えていく。それこそが最も重要なのではというのが未来に向けた私の感覚です。
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プライベートに変化があっても、仕事を辞めたり、抑圧されたりすることなく幸せに活躍していけること。それが例外的、恩恵的なことではなく、そういった人たちが会社の中に包摂されることが、逆に会社の強さ、社会の強さになっていくというところまでいかなくてはなりません。
そのために、一つは組織制度を工夫する。もうひとつはやはり上司も部下も、個々の人間力を上げる。この2つの山を同時に登っていくことによって包摂を完成させていくっていうのが、これからのダイバーシティ経営の在り方だと思うんですよね。
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人間力って、やっぱり正直な気持ちや「心」のことですよね。2022年のFIFAワールドカップで日本代表の森保一監督が最後に、深々と頭を下げた姿が印象的でした。正直な心が響けば、きっと人はついてきてくれるんじゃないかと思っています。
今日はお話しいただき、ありがとうございました!
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まとめ
ダイバーシティ経営は不公平ではなく、不平等がベースにあることを理解しよう。企業のミッションやパーパスの実現に向け、社員それぞれのパフォーマンスが最大化されるよう、一人ひとりに異なる配慮や対応をするという不平等である。このことを受容するカルチャーと、共通理解としての制度・ルールによって、社員と組織は新たな信頼関係を結ぶことができるようになる。
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対話をつなげよう
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お二人の対話に、「不平等」というキーワードがありました。「不平等」は社員の多様性に関するものだけでなく、企業が手掛けるビジネス領域の多様さ、幅広さのなかにも存在すると思います。例えば、事業分野や対象地域など、担当する業務によって、ビジネス規模の大小や、成果の見えやすさなどには「違い」があります。この「違い」は、「不平等」と言い換えることもできるでしょう。そして「不平等」が、ときに不公平感につながってしまう場面もあると思います。
そんなビジネス環境の「不平等」にも、『負けることなく、当然のものと受け入れていこう。他の場所ではなく、この福山支店で、10年後も頑張っていられる自分でいよう』という錦織支店長の力強い言葉は、みんなの目標になっています。上司が将来を見据えながら、現在の自分もしっかりと理解し、評価してくれているという安心感は、会社と社員の信頼関係につながっています。こうした錦織支店長の言葉や行動を、私自身も実践し、部下へと受け継いでいくことで、組織全体の信頼をさらに強固なものにしていきたいと思います。
大和ハウス工業株式会社
福山支店福山住宅営業所 所長
多田 修将