家族との対話からはじまる「共に生きる家」づくりの真価とは
社会の価値観が多様化するなか、家族のかたちや関係性もさまざまに変わりつつあります。従来のスタンダードや画一的な考え方に捉われることのない、新たな住まいのあり方が求められる時代といえるでしょう。住む人それぞれのウェルビーイングを実現するために、家づくりはどのように変化していくべきでしょうか。
第4回は、前回に引き続き、ハウジングマイスターとして活躍する設計士の藤井麻貴子さんと、ケンチクイラストレーターの野口理沙子さんを迎えた対話をお届けします。設計士は、住む人の多様性にどのように向き合いながら家づくりを進めるのか、そして家族全員で家づくりに関わることは、私たち一人ひとりの人生そして社会に何をもたらすのかについて、語り合っていただきました。
第3回ダイアログはこちらから
「住宅設計士×ケンチクイラストレーターが語る「女性」より「個性」を活かす時代とは」
- ※本稿は2021年9月10日取材時点の内容です。
- ※新型コロナウイルス感染症対策の観点から、対話はオンラインで実施されました。
CONTRIBUTORS
今回、対話するのは・・・
お客さまへの丁寧なヒアリングからいちばん居心地のいい場所をつくります!
藤井 麻貴子
大和ハウス工業株式会社
福岡支社住宅事業部設計課 主任技術者
一級建築士、インテリアプランナー、住宅設計士(ハウジングマイスター*)
1998年大和ハウス工業入社、倉敷支店、広島東支店、福岡支社において、住宅を中心とした設計業務に携わる。2015年女性初のハウジングマイスターに認定。社内では、全国住宅系設計コンペ '09優秀賞、アイデアコンペ '14 奨励賞、全国住宅系設計コンペ '19 専用住宅部門優秀賞を受賞。住む人の暮らしのスタイルを引き出しながら進める設計スタイルに定評がある。代表作には、同じ大和ハウス工業の住宅設計士である夫、小学生の息子とともに暮らす自邸「海に続く家」をはじめ、「人と自然をつなぐ和の風情ある平屋の家」「早く帰りたいと思える個性的な家」などがある。
*ハウジングマイスターは、大和ハウスグループが2005年から開始した社内認定制度です。
全国の支社・支店に所属する住宅設計士の中から、卓越した設計力、コミュニケーション力、生活提案力などを有する者、かつ一級建築士の資格を持つ者をプレゼンテーションで審査し認定しています。
ハウジングマイスターは各支社・支店にてお客さまの物件を手がけるほか、社内研修や後進の指導を行い、社内全体の設計力向上、ひいてはお客さま満足の向上をリードする重要な役割を担っています。
建築設計の知見を活かしたイラストで新たなスケールの未来を描きます!
野口 理沙子
イスナデザイン主宰
ケンチクイラストレーター
一級建築士
1987年京都府生まれ。神戸大学工学部建築学科卒業、同大学大学院建築学専攻修了。石本建築事務所、永山祐子建築設計を経て、2018年からイスナデザインを主宰。建築的な思考をベースに3次元と2次元を行き来しながら、"2.5次元のケンチク"に取り組んでいる。建築設計・インテリアデザイン・イラスト制作・立体造形の他、概念やシステムの構造化、新しい見方の提示などのプロジェクトを行っている。
多様性が尊重される時代といわれるなかでも、自分らしい暮らし方や住まいへのニーズは、意外にも自覚しにくいものです。家づくりは、私たちが長い時間を過ごす環境をつくりあげる大切なプロセスです。設計士とともに、家づくりを行うことを通じて私たちにどのような変化や気づきがもたらされるのかについて、ぜひご一緒に考えてみましょう。
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設計士と住む人の出会いは、個性のマッチングでもある
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前回のDIALOG3では、「女性だから」という理由ではなく、手がけた作品を見て自分を設計士に選んでくれると、すごくうれしいというお話をしました。
ですから、家づくりの最初のプロセスにあたる、お客さまへの初めてのご提案の際は、半分は建物のプレゼンで、半分は自分をプレゼンするような気持ちで、ほぼ100パーセント、手描きの図面をお出しするようにしています。
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それはすてきですね!すごくよくわかります。私が企業などからお仕事をいただくケースでも、図解、図で示すのではなく空気感や生活している「人らしさ」を大事にしたいから、手描きのイラストで表現してほしいと依頼される方が多いです。手描きだから感じられることがあるのだと思います。
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はい、手描きには、「この人が描いた」という作者の個性のようなものが感じられたりしますよね。後輩の手描きのスケッチを見ても、「ああ、何かいいな」と直感で思うんです。
藤井さんが手描きで作成するお客さまへのご提案資料、その一例。
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もちろん、CADで書いた図面や完成予想図のCGパースなどもご用意しますけれども、手描きの平面図のほうが、大事な扱いをしてくださるようにも感じます。
お客さまによっては、いくつかのハウスメーカーを検討される方もいらっしゃるので、CAD図面ばかりが並ぶより、手描きでもらう資料のほうが喜んでくださるのでは、と思ってのことでもあります。
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確かに、CGパースだと結構正確に光の当たり方が伝えられるし、模型だと空間の大きさを体感できる。でも、実際に住んだ時の空気感や、自分がここに立ってこんなことしたいなっていう想像が一番膨らんで、要望も言いやすくなるのが手描きのパースです。
でも、手描きの図面やパースをつくるのは時間がかかるし、間違えると直すのも大変ですよね。だからこそ、藤井さんがその手描き図面を完成させるまでの時間の積み重ねや丁寧に検討して仕上げられたことが、お客さまに伝わって、大事に見てくれるのかなと思います。
野口さん(イスナデザイン)が参画し、福島住まい・まちづくりネットワークと協働している、原発事故避難12市町村の復興を考えるための地図集『福島アトラス』の制作風景
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最大のポイントは、「家族全員とお会いする」こと
家族全員と会い、対話を重ねることから生活スタイルを想像し、プランに反映していく。
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藤井さんが手描きで仕事を進めていくのは、お客さまとの対話を大事にしているということだろうなとも思いました。
今、私はイラスト以外にも、住宅のリノベーション設計のプロジェクトを手がけているので、藤井さんが初対面のところから、いかに呼吸を合わせて一緒に家づくりをしているのか、どのようにして、本音を聞きだしていくのかについてぜひお伺いしたいです。
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そうですね、やはり、お会いしてじっくりお話しするしかないと思います。
建築とは関係のない世間話から何かヒントを見つけ出したり、訪問しておうちを見せていただく機会などで、よそ行きではない、家の中での普段の会話や様子を見せていただいたりするのも、よい方法だと思っています。 -
確かに、私の仕事でもクライアントさんの本音みたいなものっていうのは、結構打ち合わせが始まる前とか後とかのさりげない会話の時に出たりします。
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設計するプロセスの中で、会話力や対話力は必要ですね。
お客さまの考えは途中で変わることがありますし、家族の意見がバラバラでまとまっていなくて、ベクトルを合わせていくのが大変なときもあります。ですので、打ち合わせの際には、「ご家族全員にお会いさせてください」とお願いするようにしています。そうして住む人それぞれの生活スタイルを想像していき、こうなったらもっと楽しいだろうなとか、イメージをまとめていきます。
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確かに、家族同士の接し方とか距離の取り方のようなところから、見えてくるものもありそうですね。
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家族であっても、それぞれに多様な個性があって、全員が全く同じ意見っていうことのほうが少ないですし、やはり丁寧にヒアリングを重ねていって、方向性を定めるのが私たちの役割だと思っています。
家族全員が関わって完成した家に住むことを通じて、家族やご自身と違った向き合い方ができるようになるといいなと。ちょっと深いですよね。人生にまで踏み込むようで責任を感じてしまうんですけれど。
親世帯の家を建て替えて、隣居スタイルの二世帯住宅を実現されたHさまとIさまご家族との一枚。
"二世帯それぞれの要望を上手にまとめて、どちらの家族も満足のいく提案をしてくださったおかげで、娘家族と快適な隣居の生活が実現できました。"
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住む人の多様性でいうと、例えば障がいのある方の場合、一緒に住まう家族の方が介助、介護をしやすいような設計もあれば、車椅子の方がお一人で、全部自分のことは全て自分でできるような家の設計もあります。
「障がいのある方」、一人ひとりにも全く異なる生活のしやすさ、使いやすさが求められます。やはりご本人にヒアリングを重ねながら、一緒につくっていきます。
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そもそも世界は最初から多様なんですよね。そして「多様性」とは「共生」なのだと思います。
『ぐるんぱのようちえん』*という大好きな絵本があります。独りぼっちの大きな象が、靴屋さんや自動車工場などで一生懸命働くのですが、つくるもののサイズが巨大すぎて、すぐに追い出されてしまう。でも、子どもたちは、ぐるんぱがつくったお皿をプールにして泳いだり、大きな靴でかくれんぼをしたり。さまざまに見立てを変えることで、ぐるんぱの開いた幼稚園を夢の世界にしてしまう、そんなお話です。共生社会とは、こうした柔軟さと発想から実現するのだと思います。
私が多様性をイラストに表現するときには、まち全体と人、大きなビルとコップのお茶というような、実際にはものすごくサイズに違いがあるのものでも、違和感なくそこに共存していると見えるように、ある種の願いを込めて、あえてスケールをデフォルメして描くことがあります。
*『ぐるんぱのようちえん』 福音館書店(1966年)
まち全体と人が共存して見えるスケールのデフォルメから共生社会を表現した野口さんらの作品。
「渋谷駅周辺の未来のイラスト」(渋谷区 都市整備部 渋谷駅周辺整備課)
©イスナデザイン
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家族が「住みこなす」と、家は「生きていく」
藤井さんが手がけたF様邸ご家族。
「田舎暮らしを楽しみたい」という夢を実現されたF様は、自然素材を多く採用した住まいで、家のメンテナンスや家庭菜園、インテリアのディスプレイなどを楽しみながら、人や自然とつながる豊かな日々を過ごされています。
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藤井さんに促されながら、ご家族みんなが家づくりに関われるような対話をしていくプロセスはとても大事ですね。そうやって、自分はこう暮らしていきたいとか、この場所はこう使おう、というような自由な発想を、誰もがもっと自然にできるようになるといいなと、改めて思いました。
もう一つ大好きな絵本に『いそがしいよる』**というお話があります(笑)。星がきれいな夜、寝転んで空を見たいと考えたおばあさんが、ベッドやティーセットなど家じゅうのものを庭に引っ張って出してきて、すてきな時間を過ごそうと奮闘します。自分の欲求がとてもはっきりしていて、そのうえで場所を使いこなすという姿勢が好きなんです。
**『いそがしいよる』 福音館書店(1987年)
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それはすてきなストーリーですね︕私も、自分の家を設計した時、「ここはこれをする場所」という決めたくなくて、そもそも部屋という概念もあまり好きではないので、ドアもないんです。部屋の区切りがないので、どこから見ても海が見えるっていう設計です。
例えば、客間と決めた部屋はなくても、お友達に「今日、泊まっていい︖」と言われたら、いくつかある小上がりになった畳のスペースを使ってもらったりもします。床が好きだから床に寝るっていう人もいましたけれど。(笑)
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「住みこなす」っていう考えが大事になりますよね。住みこなして、いろいろな使い方をするうちに、家も「生きて」いくようになると思います。
部屋の区切りがなくどこからでも海が見える、藤井さんの自邸。さまざまな使い方ができるよう、小上がりの畳スペースが複数ある。
部屋の区切りがなくどこからでも海が見える、藤井さんの自邸。
さまざまな使い方ができるよう、小上がりの畳スペースが複数ある。
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設計したお宅に、しばらくしてから行ってみると、もともとの意図とは違う使われ方をしていることも結構あるんです。こんなふうに使っちゃってるんだ︕って、驚きながら、とてもうれしくなります。
住む人の変化によって家が変わるのは、住む人と家が一緒に成長しているということだと思うんですよね。その成長を見るのが楽しい。
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そうですよね。全然違う使い方をされてるのとかを見ると、私たち自身の発想を変えていくことにつながったりするので、すごくうれしいですよね。
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お客さまご自身が発見した新しい住まい方は、次のお客さまにご提案するときのヒントにもなっていきます。
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いいですね!
家づくりに関わること、住みこなしていくこと。建築的というか、場所に対する自由な発想ができるようになると、空き家問題なども起こらずに済みそうです。「ここ、こんなふうに使えばいいんじゃない?」と言いながら、自分がやりたかったことにつながったりして。長い目で見たらその人の生き方を変えてしまうようなことだってあると思います。ちなみに、藤井さんの息子さんは、建築に興味を持っていたりするんですか︖
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そうですね、私たち親の仕事を見ていて面白そうだと思うのか、自分のタブレットPCに手描きパース用のアプリを入れて、何か描いていますね(笑)。「僕だったらこんな感じにするけどな」とか言って、提案してくることもあります。
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そうなんですか︕すごいですね。すごくいいなと思いました。
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いえいえ、野口さんのおうちには、たくさんの刺激もあって、建築に触れる場所が多いので、お子さんたちは真っすぐ、いい環境で育っていくんだろうなって思いますよ。楽しみですね。
今日は、楽しいお話をありがとうございました。今回の対話からの発見も、次のご提案に活かしていきたいと思います。
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こちらこそ、お話をしながら、いろいろな考えを引き出していただけたように感じました。
ありがとうございました。
野口さんのオフィス兼住居にも「住みこなし」の工夫が随所に。
ワークテーブルは仕事の打ち合わせやPC作業のほか、家族のダイニングスペースとして、写真中央の書棚は、食器収納や猫のにじぞうのハウスとしても機能している。
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まとめ
住宅設計士は、家づくりのファシリテーターでもある。家族全員との対話がもたらす新しい暮らし方・生き方への発見や変化から、それぞれの家族らしく共に生きる家が生まれる。
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対話をつなげよう
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設計士が多様な家族の思いを汲みとり設計した家で、住む人が設計士の思いを超えるような使い方をすることで、家も変化し成長していくという話を興味深く伺いました。今、家で過ごす時間が増えたり、家が働く場になったり、家での暮らし方、住まい方に変化を感じている人も多いと思います。さらに、世界中のあちこちで色々な家が成長していくことを想像するとワクワクしますね。
変化への対応力が問われる時代だと言われますが、野口さんも藤井さんも、外部の変化への対応だけでなく、内なる変化を楽しむ力があるからこそ、お客様の多様性にも寄り添えるのではないかと感じます。
会社という組織においても、常に外からの変化を取り入れながら、社員も変化を楽しみ成長することができるような会社でありたいと思います。
人財・組織開発部長
池田 秀司