住宅設計士
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ケンチクイラストレーター
が語る「女性」より「個性」を活かす時代とは
大和ハウス工業の設計士の占める女性の割合は、25.2%(2021年4月1日時点)となっています。イノベーションを起こすプロセスのひとつとしてデザイン思考が注目されるように、ユーザー視点でのさまざまな気づきや発見は、住宅の設計においても新しい形や解決策を生み出す重要なポイントになりえます。女性として、親として、さらに住宅設計士として、さまざまな経験や知識にもとづく多様な視点は、住む人の多様な生活スタイルや暮らし方への深い理解の上に立った家づくりの実現につながります。
ダイアログ第3回は、ハウジングマイスターとして活躍する住宅設計士の藤井麻貴子さんと、ケンチクイラストレーターの野口理沙子さんをお迎えしました。自身も夫も建築士、そして女性であり、親であるという共通項を持つお二人に、建築士ひとりひとりの多様性が、家という作品づくりにどう活かされるのかについて語っていただきました。
- ※本稿は2021年9月10日取材時点の内容です。
- ※新型コロナウイルス感染症対策の観点から、対話はオンラインで実施されました。
CONTRIBUTORS
今回、対話するのは・・・
お客さまへの丁寧なヒアリングからいちばん居心地のいい場所をつくります!
藤井 麻貴子
大和ハウス工業株式会社
福岡支社住宅事業部設計課 主任技術者
一級建築士、インテリアプランナー、住宅設計士(ハウジングマイスター*)
1998年大和ハウス工業入社、倉敷支店、広島東支店、福岡支社において、住宅を中心とした設計業務に携わる。2015年女性初のハウジングマイスターに認定。社内では、全国住宅系設計コンペ '09優秀賞、アイデアコンペ '14 奨励賞、全国住宅系設計コンペ '19 専用住宅部門優秀賞を受賞。住む人の暮らしのスタイルを引き出しながら進める設計スタイルに定評がある。代表作には、同じ大和ハウス工業の住宅設計士である夫、小学生の息子とともに暮らす自邸「海に続く家」をはじめ、「人と自然をつなぐ和の風情ある平屋の家」「早く帰りたいと思える個性的な家」などがある。
*ハウジングマイスターは、大和ハウスグループが2005年から開始した社内認定制度です。
全国の支社・支店に所属する住宅設計士の中から、卓越した設計力、コミュニケーション力、生活提案力などを有する者、かつ一級建築士の資格を持つ者をプレゼンテーションで審査し認定しています。
ハウジングマイスターは各支社・支店にてお客さまの物件を手がけるほか、社内研修や後進の指導を行い、社内全体の設計力向上、ひいてはお客さま満足の向上をリードする重要な役割を担っています。
建築設計の知見を活かしたイラストで新たなスケールの未来を描きます!
野口 理沙子
イスナデザイン主宰
ケンチクイラストレーター
一級建築士
1987年京都府生まれ。神戸大学工学部建築学科卒業、同大学大学院建築学専攻修了。石本建築事務所、永山祐子建築設計を経て、2018年からイスナデザインを主宰。建築的な思考をベースに3次元と2次元を行き来しながら、"2.5次元のケンチク"に取り組んでいる。建築設計・インテリアデザイン・イラスト制作・立体造形の他、概念やシステムの構造化、新しい見方の提示などのプロジェクトを行っている。
設計やデザインを手がける人にとって、アウトプットは作品であり、自己表現でもあります。住宅設計士が多様であることは、家づくりにどのように作用するのでしょうか。女性であり、親であり、建築士であるという同じ属性を持ちながら、藤井さんと野口さんが、それぞれの個性をどのようなアプローチで作品に反映しているのか、その共通点と違いに着目してみましょう。
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女性 vs わたし。
歩んできた人生が作品に投影されていく
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私は主に住宅設計を手がけているので、お客さまにお会いして、ニーズをお伺いして、それをプランニングするという仕事をしています。
私も手描きで図面やパースを描くことを大事にしているのですが、野口さんのすてきなイラスト作品を見て、その世界観にすごく興奮しました!普通とは違う、建物の中に吸い込まれそうになる感覚がありますよね。
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ありがとうございます。うれしいです。
元々絵を描くのが好きなのですが、藤井さんのように建築では手描きでプレゼンテーションすることがあるので、それをきっかけに建物の絵を描き始めました。私の中で建築とイラストは、そんなに分かれたものではなくて、クライアントさんから頂いた要望を形にするときのアウトプットの方法が違うだけで、プロセスや考え方は、同じひとつの流れになっています。
野口さんが手がける作品の多くには、街や建物の未来像が描かれる。
「渋谷駅周辺の未来のイラスト」(渋谷区 都市整備部 渋谷駅周辺整備課)
©イスナデザイン
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藤井さんの作品も拝見して、海が見える自邸がとても好きだなと思いました。こう暮らしたいっていう考えがはっきりしていて、それによって建物の形が導かれてきたのだろうなと感じました。特に自然と人が囲めそうなレイアウトのキッチンがすごくいいなと。
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ありがとうございます。自邸は、夫と共同で設計しました。二人とも海が好きで、海とつながっているような感覚になれる広いウッドデッキがあり、家のどこからでも海が見えるつくりになっています。ご指摘のとおり、キッチンはみんなが集まる場所ですし、いろいろな要素が詰まっているので、レイアウトを工夫したのですが、それを自分の家で表現できて良かったと思っています。
実は、夫は料理がとても上手で、家事も私より圧倒的にしているんです。
今日は設計士の多様性がテーマですが、男性でも、家事をして育児もこなしてる人であれば、その経験を活かしたアウトプットができると思います。 -
うちも、夫が子育ても家のこともやってくれていますが、家事は分担しなきゃとか、これから男性はイクメンだ!みたいな気負った感じはなく、単純に好奇心でやっているんですよね。
やっぱり家事も仕事も、本人の好奇心、興味が向かうところや、それぞれに得意不得意がありますよね。そういう違いをみんなが受け入れられるようになればいいんだろうなと思います。
藤井さんが手がけた自邸 「海に続く家」のキッチンとリビングスペース。家のどこからでも海が見えるつくりになっている。
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私が入社した頃は、女性の設計士が今よりずっと少なかったせいか、「女性だからキッチンの設計が得意でしょ」とか、「女性だからインテリアも兼任して、トータルに設計できるよね」とか、言われたことがよくありました。
同期の男性は、そういう仕事をしていないのになぜ?と当時は思いながらも、いまや建築とインテリアは一体で設計しないと良いものにならないですし、「女性だから」を理由に振られた仕事の経験が、結果として自分の得意なことを増やしたとも言えますが。
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私が建築事務所に入った頃は、多くはないものの女性の建築士がまわりにいたので、特に女性を意識して仕事をするということは幸いにもなかったですね。自然に女性と一緒に働けていたので、ある意味恵まれた環境ではあったんだなと。
女性の場合は、どうしても子育てなどで働き方の変化が出てきますが、「女性だから」というようなことが話題にのぼらなくなることが一番いいですよね。
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男性、女性の違いというよりも、それぞれに歩んできた人生が違うから、同じ設計士でも、アウトプットするものが違うんですよね。
それから、子育てに関して言えば、昔の自分と子どもを持った今の自分とでは、家族のつながりを重視するとか、設計上の視点の変化があって、私自身のアウトプットにも違いが出てきたかなと思います。例えば、テレワークでも、子どもの気配を感じながら仕事をしたいと私は思うので、自邸はオープンスタイルの設計になっています。
大きな窓から海が望めるワークスペースの入口はロールスクリーンで仕切ることができ、廊下を挟んだ手前側に子どもの学習スペースがある。
あえてダイニングテーブルは置かず、リビングに大きめの座卓を設置。食事や仕事、子どもが宿題をするなど多用途な空間となっている。
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相手との視点の「違い」を知ることで、
アイデアは強くなる
野口さんが夫の一瀬さんと主宰するイスナデザインのオフィス兼自宅。
メゾネットタイプの1F部分がオフィス、2F部分が居住スペースになっている。
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私の場合は、毎回違うアウトプットができるように、あらかじめプロセスに違いが生まれるような仕掛けを取り入れるようにしています。
例えば、なるべく複数の人間でひとつのプロジェクトに関わるようにしていて、夫である一瀬や、学生のアシスタントさん、外部のデザイナーさんと組むなどしています。私、藤井さんにお伺いしたいことがあって。お客さまごとの要望や暮らし方の違いから、案件ごとに新たなアイデアが生まれることはあると思うんですけど、何かそれ以外にも、ご自身の視野を広げたり、変化をつけたりするためにしていることはありますか?
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設計担当は、どうしても孤独になりがちでもあるので、営業担当と設計担当でチームを組んで、お客さまの家に行ったり、一緒にご要望を伺ったりしますね。それから、デザインレビューといって、設計課の中で、誰か設計したプランをやっぱりみんなで見て、違った視点から意見を出し合うなどしています。
最近は医院併用型や店舗併用型の案件も増えていて、法令などの専門知識が必要になることもあるので、そうした場合には、チームを組んで、二人体制で設計することもあります。お客さまのご要望の変化に応じて、私たちの体制やプロセスも変わりつつあります。
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デザインレビュー、いいですね。お互いがプロセスを共有するのは大事だなと思います。設計が終わって竣工した後ではなくて、設計の途中段階でやるんですか?
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そうですね。途中段階で、設計図面を見ながら、「ここって、こうしたらもっと面白くなるよね」ってやりとりできるのが理想です。もしくは、完成した図面データをお互いに送り合うだけでも、十分刺激になります。他の人の設計を見るのってすごく大事だなと思います。お互いに完成物件を見て、意見交換もします。
ちなみに、野口さんは、ご主人と作品や建築についてどんな時に話をしますか?
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今、家と事務所が一緒の状態なので、ご飯の準備をしてるときに建築の雑誌が目に入って、会話が始まったり、何気ない一言にびっくりしたりすることが幸いいまだによくあるので、それはいいことだなと思っています。
私と一瀬は好みが全然違っていて、それぞれに見ているところも全然違うんですよね。同じ建築を見ても、ぽろっと出てきた感想に、「あ、そこ見てるんだ」とか、「そこからそういう解釈するんだ」ということがあって、はっとします。
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すてきですね。うちの場合は、ちょっと困ったときに相談することがあるくらいですが、「旅先では必ず建築を見ようね」ということにしています。意見交換が目的、というほどではないですが、二人で一緒に作品を見るのを大事にしています。
子どもが生まれてからは、「小さい時からいいものを見せておくべきだ」ということで、何も分からないだろうなあ、という頃から一緒に連れ回しています。
藤井さんの夫も設計士。「海辺に住みたい」という二人の夢を形にした自邸は、まさに「海に続く」広いウッドデッキから見事な眺望を楽しめる。
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ルールは制約じゃない、
自由な発想のきっかけにつかうもの
5mmグリッドの"ゆるやかなルール"のもと、野口さんらが3人で制作したイラスト。
教科書『PROMINENCE English Communication III』(東京書籍)装画
©イスナデザイン
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最後に、ひとつ作品を紹介してもいいですか?アウトプットに変化を持たせるために、イラスト制作にチームで取り組むというお話をしましたが、それは多様な視点を1枚のイラストの中に表現することを意識してのことでもあるんです。
これは教科書の表紙になったイラストで、3人の人間がばらばらに違うところを描いて仕上げたものです。絵の背景に5ミリのグリッドを引いていて、その中でおのおのが表現したいものを模様で表現するというルールを作って描いているんです。
グリッドを使うことで、3人の人間がばらばらに作業しても、全体としてちょっとゆるく統一感のあるイラストになりました。それでもひとりひとり解釈が違うので、よくよく見ていくと違う表現になっていたりして。何かこれは、ある種の多様性を表現できたのではないかなとずっと自分では思っているものです。
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すごくすてきですね。
何というか、ひとつの世界観はありながら、その中で変化があるっていうのが面白いなと思います。 -
そうですね、価値観や"ゆるやかなルール"のようなものがベースにあると、お互いに理解しやすくなったり、他の人の状況や考えを自分のことに置き換えて考えられたりするのかなとも思います。
藤井さんが設計されるときは、大和ハウスとしての軸というか、会社として、こういったところは大事にしましょう、というような共通認識みたいなものはありますか?
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決まり事、たくさんありますよ。ルールがあって、その中でやっていく。お客さまは大和ハウスが開発していることを魅力に感じて注文してくださる側面もありますから、その強みを活かしながら、他にはない、ご家族のためだけに考えた注文住宅であるという、オンリーワンを意識して設計しています。
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ルールという言葉を制限と取るのではなく、新たな解釈や、可能性を見つけていく「きっかけ」にしたり、ルールの共有によって違いをひとつのものにしていくことが、すごく大事ですよね。藤井さんのご自宅も、きっと規格品の部材や建具などを組み合わせて使っているのに、見たことのない形をしていて、すごくびっくりしました。
ルールをネガティブに制約として捉えるんじゃなくて、ルールを基点に藤井さんが自由に発想した結果、きっと、大和ハウスの人が見ても、分からないぐらい新しい形になったのだろうと思います。
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そう言っていただけると、とてもうれしいです。実際に、私の自宅を「外観で大和ハウスだと気づかなかった」と言う社員もいました(笑)。共通の部材は使っていても、雰囲気でそう見せないというやり方もあります。物件ごとにさまざまだとは思いますが、やっぱりルールの中でも自由度を活かしてうまく設計していけたらと思っています。
「海に続く家」の外観は、社員が見ても大和ハウス工業の物件と気づかないことがあるそう。
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まとめ
設計士それぞれの個性や経験にもとづく多様な視点と、「ゆるやかなルール」から生まれる新たな発見と調和が、住む人の多様なニーズへの共感力と提案力につながっていく。
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対話をつなげよう
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野口さん、藤井さんは、女性、母、建築士という同じタグを持っていながら、住まいや暮らしへのアプローチが異なります。また、お二人の経験や感性にもとづく視点や想いの「違い」が形となり、作品や建築を通して個性を感じることができます。多様性の本質は、まさにここにあります。
「この住宅を設計した人に会ってみたい」
「このイラストを描いている人はどんな人なんだろう」私たちが興味を抱きワクワクする気持ちは、性別を超えた個性への共感の現れではないでしょうか。
これからは、女性だからという理由だけでこれをやって、という上司はもういなくなり、このダイアログで語られたダイバーシティ&インクルージョンの醍醐味がいたるところで発揮されていくことを期待します。そこから、誰もが自分らしく暮らせる住まいや社会が実現できると信じています。
サステナビリティ企画部 次長
鳥生 由起江