相続税・贈与税の基本(4)成功する生前贈与のポイント
公開日:2024/01/31
贈与契約の成立要件は意思表示の合致
贈与契約とは「ただでものをあげること」というのが私たちの常識ですが、本来の贈与とは民法上、「贈与の当事者同士が贈与契約を交わすこと」ことです。つまり、一方が自分の財産を相手方に「ただであげる」(片務)、相手方が「はい、いただきましょう」(諾成)といって初めて成立するわけです。当然、どちらかが知らないといったことはあり得ません。贈与は贈与者と受贈者の意思表示と物の引渡しが成立要件です。
相続が発生してから他の相続人や税務当局ともめないように、しっかりと贈与を立証しておくことが重要です。
例えば、相続税の申告に際し、孫が申告を依頼した税理士から「あなたは小さいころから、お祖父さんに毎年100万円もらっていましたか?」と聞かれて、「よく覚えていませんし、祖父とそんな話をしたこともありません」と答えれば、当然に祖父と孫の贈与契約は成立していないことが判明します。よって、孫名義の預金は祖父のものとされ、相続財産に含めて申告しなければならないのです。
だからといって、もらった覚えもないのに「はい。毎年もらって、私が管理していました」等と言い、あとで自分が全く知らなかったことが発覚した場合には、仮装隠蔽をしたとして脱税とみなされ、思わぬ追徴税がかかりますのでご注意ください。
贈与の成立時期
贈与契約は口頭でも書面でもできますが、民法の規定によれば、口頭の場合は物の引渡しが済むまでは、いつでも撤回できます。
よって、所有権の移転登記又は登録の目的となる不動産や株式の贈与がいつあったかについては、一般的にその登記や登録のあった日により判定することになります。
登記や登録の必要がない預貯金などの場合、お互いの意思を確認するために、贈与する際には贈与した人ともらった人が署名押印をした贈与契約書を作っておくと良いでしょう。贈与事実の強力な証明になり、さらに、契約書に公証役場で確定日付をもらっておけば、贈与時期についてもより確実になります。
相続税と贈与額の比較
相続税と比較すると贈与税のほうが、負担は重くなっています。
しかし、適切額を繰返し贈与する、評価を下げて贈与するなどを実施すれば、贈与はシンプルで有効な相続対策といえます。
相続税は人が亡くなったときに納める税金ですから、生前に全部の財産を贈与して遺産がなくなってしまうと、相続税はかかりません。このような不公平な事態をなくすために、相続税を補完する税金が贈与税です。したがって、贈与税の累進税率は相続税の累進税率よりはるかに高く、また、贈与税の基礎控除額(年間110万円)は、相続税の遺産に係る基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)とは比較にならないほど小さな金額になっています。
家族に財産を生前に贈与して贈与税を納めるか、又は相続が発生してから相続税を納めるか、どちらのほうが税金の負担が軽くてすむかはケースによって異なります。
例えば、一時に全財産を移転する場合は、実効税率の低い相続税の方が有利といえるでしょう。しかし、贈与は贈与者が選んだ時に、選んだ人に自由にできますから、相続税の実効税率よりも低い税率の範囲内で贈与するならば、贈与のほうが税法上有利といえるでしょう。
図
第4回税制調査会 説明資料(資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築等について)(財務省)
贈与税には基礎控除額がある
注目したいことは、贈与税には年間110万円の基礎控除額があることです。この基礎控除額を利用して生前贈与を行うことは、相続税対策として効果のある方法でしょう。相続財産を減少させることができる上、年間110万円以下の贈与額ならば贈与税はゼロだからです。しかし、あまり少額な贈与では相続財産を減少させる効果はほとんどありませんし、高額すぎる贈与は、相続税の税務対策効果は大きくても贈与税の負担が非常に重くなるので、結果的にはマイナスになることも考えられます。
令和5年度の税制改正で、この生前贈与が相続税に加算される期間が3年から7年に改正されました。また、相続時精算課税制度についても、新たに年間110万円の基礎控除が設けられました。
高額資産家は早期に暦年課税を活用しましょう
財産総額が多額な人に相続が起きると相続税は累進税率となっており、法定相続分に応ずる各人の取得価額が2億円超には45%、3億円超には50%、6億円超には55%の税率がかかります。贈与税の税率は18歳以上の者が直系尊属から贈与を受けた場合で、110万円の基礎控除後の課税価格が1,500万円超で45%、3000万円超で50%と相続税の税率に比べると非常に高くなっています。
しかし、1000万円贈与した場合の贈与税は177万円で実質負担割合は17.7%です。贈与をすると相続税の最高税率がかかる部分が減少しますので、実質負担割合と最高税率の差の分だけ税負担が軽減できます。もっとも、死亡の前7年分はその効果を失いますので、できるだけ早い時期から実行することが重要です。
110万円の基礎控除分を活用するなら相続時精算課税
110万円の基礎控除部分だけの贈与をする人は相続時精算課税を選択しておくと、令和6年1月1日以後の贈与から贈与者が死亡した際に110万円の基礎控除部分は相続税の計算上加算されませんので税務上有利です。ただし、一度相続時精算課税を選択すると暦年課税に戻ることができないので、選択後多額の贈与をしたいときには相続時精算課税を選択すると税務上不利になる可能性もあります。なお、110万円の基礎控除を利用して相続時精算課税の適用を受ける場合には最初の年に届出が必要ですのでご留意ください。
生前贈与を成功させる
生前贈与を成功させるためには、「適切な贈与額」を見つける必要があります。相続開始までの期間が長いと予想される場合には、少額な贈与で基礎控除額や低い税率を活用しながら、多額の財産を移転することができます。しかし、相続の発生が比較的短期のうちに予想される場合には、一般贈与よりも税負担の軽い18歳以上の子どもや孫への特例贈与により、ある程度の贈与税の負担をしても、思い切って贈与する方が、税負担が少なくなることが考えられます。
つまり、相続開始までの期間を予測し、相続税と贈与税の実効税率をしっかり比較検討した上で効率良く計画的に贈与を行っていくことが大切です。
贈与税負担軽減例
ケース1)1人の人に集中せず、複数の親族に贈与する
長男に1,500万円贈与する代わりに、長男、長男の妻、長男の子3人の計5人に300万円ずつ贈与すると、贈与税の負担は、366万円から、5人分の合計税額95万円となり、税負担が非常に軽くなります。ただし、この場合は各人それぞれに渡していることを確実に立証できるようにしておくことが重要です。
ケース2)一時に贈与せず、複数年にわたり贈与する
令和6年中に1,500万円を長男に贈与する代わりに、令和6年中に500万円、令和7年中に500万円、令和8年中に500万円と3年間にわたって贈与したとします。贈与税の負担は366万円から、3年分の合計税額145.5万円となり、税負担が半額以下になります。
どのように贈与するかにより、贈与税の負担は軽くなるのです。
納税資金に注意する
贈与税は、贈与を受けた人が納めなくてはなりません。納税資金が不足する場合もあるでしょう。特に、不動産をもらった場合が問題となります。そこで、手元に納税資金がない人へは、地代の安い土地や収益を生まない建物などではなく、高収益の見込まれる不動産の贈与が良いでしょう。
なお、贈与税にも相続税と同様に、延納の制度がありますので、これを利用することもひとつの方法です。ただし、延納期間は最長5年間に限られ、また非常に金利が低くなったとはいえ、利子税もかかることを忘れないようにしてください。