「見える化」と「磨き上げ」でスムーズな事業承継を
公開日:2023/08/31
2025年問題が迫る中、多くの中小企業が事業承継の問題を抱えています。親族内での承継が一般的ですが、親族内に後継者がいない場合、幹部や社員、第三者の中から探すことになります。また、事業承継には経営者保証 ※1という問題もあります。日本では諸外国に比べて創業する数が少なく、廃業が増えて会社数も減少しています。事業承継に悩む経営者の話を聞くと、最近、経営者になることや、自分で事業を営むことを望まない方が若い人の中で増えてきているようです。経営責任をとりたくないのでしょうか、ナンバー 2としての存在でいい、と言う方が多いそうです。
- ※1 中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者個人が会社の連帯保証人となること(保証債務を負うこと)。企業が倒産して融資の返済ができなくなった場合は、経営者個人が企業に代わって返済することを求められる(保証債務の履行を求められる)。
(中小企業庁ホームページより)
事業承継のキーワード:「見える化」と「磨き上げ」
私が所属するTKC全国会では、経営者保証のガイドラインの推進に取り組み、保証が必要とされない良い会社となるための経営改善の支援を行っています。
事業承継のキーワードは2つで、「見える化」と「磨き上げ」です。会計でしっかり現状をつかんで「見える化」を図り、会社を強くするために経営改善計画の策定等により「磨き上げ」をします。良い会社になれば、経営者保証は不要となり、「継がせてください」と言う方が現れると思います。逆に継ぐに値しないような会社は敬遠されるでしょう。ましてや経営者保証があるとなれば誰も継ぎたくありません。
事業承継の事例として家族経営をしている会社を紹介します。社長が「専務である長男に事業を承継したい」「社長が会社の借入れを個人で保証しており、承継後は長男がそれを引き継ぐことになる」と長男に意向を伝えると、「覚悟はできている」と長男は承諾しました。ところが、長男は帰宅して妻にその旨を伝えると猛反対されました。妻は、「万が一のことが起こったらどうなるの」と経営者保証を継ぐことに不安を抱いたのです。
そこでこの不安を払拭するために、経営者保証の解除を目指すことにしました。法人と経営者との関係の明確な区分・分離を行い、財務基盤を強化。さらに財務状況を正確に把握し、情報開示などによる経営の透明性の確保にも取り組みました。これらは容易なことではなく、3~5年のスパンで考える必要があります。事業の承継には時間がかかるので、早いうちから取り組むことをお勧めします。
事業承継においては、資産や負債、経営状況、経営課題などを共有し、認識する必要があります。つまり「見える化」をしなければ、後継者の不安や疑問は解決できません。そして何より大切なのが、後継者が継ぎたくなるように会社の価値を高めること、つまり「磨き上げ」です。会社の業績や財務体質を改善し、競争力を強化することで企業価値を高め、後継者にとって魅力的な会社にするのです。収益力や財務健全性が高まり、一定の要件を満たせば、経営者保証が外れる可能性が出てきます。一方、会社の価値が高まれば自社株の評価も上がります。事業承継時における贈与税や相続税の負担が増すので、毎期、株価の試算等を行いながら対策を立てることも忘れてはなりません。
「人(経営)」「資産」「知的資産」の3つに分けて考える
事業承継では、承継するものを「人(経営)」「資産」「知的資産」の3つに分けて考えます。ひとつ目の「人」は後継者についてです。選定、育成、教育、経験などにより、後継者の育成には5~10年ほどかかります。後継者探しから始めるとなると、なおさら早めに取り組む必要があります。
ある老舗会社のケースでは、2人の娘さんがどちらも家を出ており、歴史ある事業の承継に悩んでおられました。そんな時、長女の夫が古くから継続している地域に根差した事業に興味を持ち、事業を引き継ぐ意思があることを申し出てくれました。その時点で社長は65歳。事業承継はまだ先と考えていましたが、事業承継には時間がかかるため、元気なうちにプランを立てて実行しよう、とさっそく準備に取り掛かりました。会社員であった後継者は、経営に関しては未経験でしたが、早期に準備を始めたこともあり、後継者の教育と経験を積むことにじっくり時間をかけることができました。
2つ目の「資産」は株式、許認可、資産、事業用資金などです。ここでは経営者の個人資産と会社との関係を整理します。そこで、社屋が建っている社長個人が所有している土地を会社に売却しました。また、経営権を引き継ぐには自社株の承継が必要になります。このケースでは評価額が約1億円あり、すべての株式を後継者に贈与すると多額の贈与税がかかるため、株価対策として、先代経営者へ退職金を支給することで評価額を下げてから株式を贈与する計画を立てました。
3つ目の「知的資産」は、経営理念や経営者の信用、人脈、顧客情報、ノウハウなどです。後継者と共に得意先回りやさまざまな会合に出席したおかげで、徐々に人脈を広げることができました。
以上の項目に着実に取り組んだことで、5年後、社長は会長職となって代表権を譲り、最大の問題だった自社株の移転も「特例事業承継税制」※2を利用したことで贈与税を負担することなく贈与することができました。
- ※2 「特例事業承継税制」とは一定の手続きによって後継者に一括で贈与等をした非上場株式等の贈与税額が全額納税猶予および免除される制度。
経営計画で未来を描く
中小企業では事業承継がなかなか進んでおらず、経営者の高齢化が心配されます。○○業が厳しい、というような業種・業態での一括りではなく、同じ業種・業態の中で勝ち組、負け組がはっきりしてきたのが昨今の特徴です。経営外部環境の変化にいち早く対応することで急成長している会社もあれば、旧態依然の経営をしている会社は仕事が減り、後継者がいないから自分の代で廃業する、という会社もあります。
私の経験上、業績の良い会社には経営計画があり、月次決算にて予実対比等を行い、タイムリーに経営改善に取り組んでいます。つまりPDCA サイクルが定着している会社は目標が明確なので、効率的・効果的かつ生産性が高い経営をしているのです。これらができていない会社は、一定のところまでは社長一人の経営力で成長できますが、その後、組織力不足から伸び悩む会社が多いようです。
私は、人が動くには2 つの要因が必要であると考えています。まずは「危機感」です。このまま何もしないでいるとどうなるのか、厳しい状況に陥るのではないか、と想像すると危機感が醸成され、何らかのアクションを起こさなければ、と考えるようになります。しかし、危機感ばかりでは真のやる気が湧いてきません。そこで、「夢を描きましょう」というのが2 つ目です。会社を作った目的は何だったのかを改めて思い返すことが重要です。そしてその夢を叶える、明るい未来を描く経営計画を立てるのです。誰しも不幸になる計画は作りません。夢と希望を持って作ることで、皆が笑顔になり、目標に向かって進んでいけるのです。人の命には限りがありますが、会社は永遠に継続することが前提とされています。よってどこかで必ず事業承継をしなければなりません。その承継を円滑に行うためには、経営計画、事業承継計画が必須となるのです。私たち税理士は、会社にとって最も身近で親身な相談相手です。月次巡回監査を通じて会社の夢の実現に向けてしっかりと経営支援をし、共に成長できるベストパートナーでありたいと思います。