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世界の環境共生住宅

Vol.12 小さくて暖かい木の家(ルーマニア・マラムレシュ地方)

Vol.12 小さくて暖かい木の家(ルーマニア・マラムレシュ地方)

ルーマニア、マラムレシュ地方

東欧のルーマニアは、カルパチア山脈をはじめとするいくつかの山地に囲まれた平原、盆地、丘陵地にわかれ、東部は黒海に面しています。

そのルーマニア北西部に位置するマラムレシュ地方は、山に囲まれており、他の地方へ移動するためには山間の谷を上り下りするか、峠を越えなければなりませんでした。そのため、時代の変化はゆっくりとマラムレシュにおよび、ヨーロッパの中世のような自給自足に近い生活を守ってきました。

移牧における夏山での羊と羊飼い

移牧における夏山での羊と羊飼い

木造教会

木造教会

この地方の暮らしの基本は、家畜を飼育すると同時に、その家畜から出た排泄物をもとにした有機肥料で土地の地力を維持する「有畜農業」※です。家畜には羊や牛、ヤギ、馬などがおり、特に羊はそれぞれの家で数頭から数十頭飼われ、5月には羊飼いが山の牧草地で放牧し、寒くなる8月末から冬の間は平地へ戻して家畜小屋の中で飼育します。

季節による生活の区切りとともに、キリスト教の祭日が人々の暮らしに大きく影響しており、春の復活祭、夏の聖母就寝祭、冬のクリスマスなど、一年をいろどる教会の祭日が農民の重要な農耕歴のサイクルと一致しており、それぞれの日に教会であげられるミサに参加することが、伝統的な生活の中に根づいています。

マラムレシュの人びとは非常に勤勉で、夏場は家の外で朝から晩まで農作業を行います。農業が休みになる冬場に、仕事を求めて南方に出稼ぎに出る人もいます。

※有畜農業…作物の栽培と家畜の飼育を組み合わせた農業形態。

伝統的な住まい

マラムレシュ地方には、豊かな森林を活かしたすばらしい木材加工の文化があります。モミの木やカシの木が手に入りやすく、食器やおもちゃ、農業道具などの生活用品に使われるほか、伝統的な住まいも木で造られています。道路沿いに豪華な彫刻を施した巨大な木造の門があるのが、マラムレシュならではの街並みです。

家の素材のほとんどはモミの木などの木材で、クギも昔はほとんど使いませんでした。壁の組み方は角材を用いた校倉造り※で、屋根は寄棟(4方向に傾斜する屋根)にするのが特徴です。屋根は「シンドリラ」と呼ばれるモミの木の板で作られており、軒先からはじめて棟の方向に板を重ねてゆきます。上にならべる板は下の板と互い違いにずらしながら重ねることで、屋根全体を覆います。しっかり組み合わせるので、雨もりにも耐えられます。この板は、40~50年ごとに葺き替えます。

※校倉造り…木材を水平に積み重ねて壁をつくる建築様式。

木造門

シンドリラ

シンドリラ

シンドリラ作りの様子

シンドリラ作りの様子

モミの木はやわらかいため加工しやすいのですが、そのぶん強度は低く、高い建物には向きません。そのため一般的な住宅は平屋建てで、一列にならんだ3部屋で構成されています。入口の左手に居間、右手にもう1部屋、真ん中の空間は手前が入り口につづくホールとなっており、奥は物置や貯蔵室に使います。また物置の部屋には屋根裏に上がるハシゴを設けます。屋根裏にストーブの煙を導いて、くん製用の空間にすることもあり、煙が充満することによる防虫の効果もあります。屋根には煙出しがあり、そこから煙が屋外に出ていきます。家の外には井戸のほかに家畜小屋やトイレ、果樹園や家庭菜園があります。

屋根裏のくん製

屋根裏のくん製

木造の家畜小屋

木造の家畜小屋

家族が集まる多機能な空間

居間と屋根裏の空間

家族の居住空間は、ほとんど居間に集約されています。居間の入り口近くの壁には、「ソバ」と呼ばれる、暖房と調理器具の機能を兼ねたストーブがあり、レンガや陶器でできています。燃料の炎で直接部屋を暖めるわけではなく、熱せられたレンガや陶器が熱を保ち、その熱が木の壁を暖めることで部屋中もじんわりと暖まります。このストーブの熱で煮炊きを行うことができるので、居間には台所の機能が備わっており、食事もこの空間でとります。

さらに、この部屋は寝室も兼ねています。この蓄熱性のあるストーブの壁が、炎を消しても夜どおし部屋を暖めてくれるので、ストーブのある部屋に家族みんなが集まり、一緒に眠るのです。部屋が複数ある家でも生活に使用している部屋は居間だけの場合が多く、もう1室ある場合は、おもに夫婦だけの寝室として使われるほか、さらに部屋を作る余裕がある場合には客人に見せたり泊めるときに使われたり、娘の嫁入り道具を保管するために使われています。嫁入りの道具はクッションや刺しゅうの入った布などで、娘が小さい時からお母さんが冬の間に織るのです。客人も普段は居間に通されることが多く、居間の壁に据え付けられたベンチに座ってツイカ(蒸留酒)を飲みながら語らいます。

調理兼用ストーブ「ソバ」

調理兼用ストーブ「ソバ」

冬に備えて夏のストーブ作り

冬に備えて夏のストーブ作り

マラムレシュの家は、このストーブを中心とした空間に、居間・台所・食卓・寝室・客間の全ての機能が備わっているのです。衣類を入れる長持ちも、食器棚もベッドも同じ部屋にあります。コンパクトな家屋のそれほど広くない空間に、夜通し暖かいストーブの壁から伝わる熱、そして保温性のある木材を家の素材として用いて、長い冬を暖かく過ごすことがマラムレシュ地方の暮らしの特徴です。一方、夏は戸外に調理用ストーブなど加熱場所を作り、家の中に熱がこもらない工夫をしています。

資源をムダなく使う生活

川の水を利用した木造洗濯機

川の水を利用した木造洗濯機

伝統的なマラムレシュの家には水回りがありません。炊事やお風呂は、屋外にある井戸の水を水がめやバケツに入れて、家に持ち込んで使います。また、洗濯は川で行います。水流でじゅうたんなどを洗う木造洗濯機があり、集落で共有して使っています。水車も共有で、小麦を挽いたり、フェルトをたたくために利用します。さらに村によっては蒸留所があり、村人が持ち込んだ果物から蒸留酒を作ったりします。

そして、動物たちとの共存も欠かせません。大切に育てた家畜が貴重な食料になるだけではなく、屋外のトイレと家畜小屋から出た排せつ物はまとめて発酵させ、家庭菜園や少し離れたところにある畑で、野菜や果樹の有機肥料となるのです。

マラムレシュには豊かな森林と狭い土地を利用した有畜農業にもとづいた生活があり、その限られた資源や生業の中で何代にもわたって暮らしてきました。子どもたちは学校から帰ると、家族の仕事の手伝いや農作業をこなします。家の中では居間に集まり、そこでも一日中家族と一緒に過ごします。そのように人びとが親密に過ごし、ともに働く生活が、村の伝統を受け継ぐための重要な役割を果たしてきたといえます。

丘から見た春の村

丘から見た春の村

居間での家族団らん

居間での家族団らん

POINT

  • 長くて厳しい冬に、居間で快適に過ごせるように、家を小さくつくるのね。
  • ストーブがコンロの役割も果たすので、料理をしながら、部屋もポカポカ暖まるんだね。
  • 暖房の煙を屋根裏に流して、燻製をつくったり、木造の家の防虫の効果に役立てたりするんだね。

参考文献:新免光比呂「木の家はあたたかい(ルーマニア人|東ヨーロッパの有畜農耕民|ルーマニア)」
佐藤浩司編『住まいにいきる』学芸出版社、1998年、155-170頁

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