1都3県に建てられる貸家はどのくらいあるのか?
公開日:2021/01/20
POINT!
・1都3県の貸家着工戸数は堅調で、年間10万戸~15万戸で推移、シェアも30%をキープ
・大きな経済ショックの後にシェアが上がる傾向は特に東京都で顕著
首都圏の中心に位置する1都3県(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)。そこに住む人口は約3680万人(2020年11月現在)で、全体の約3割が住んでいることになります。日本各地からの人口流入が圧倒的に多いこの地域では、どれくらいの貸家(国土交通省の統計での定義は、建築主が賃貸する目的で建てる建物)が建てられているのでしょうか?
人の往来などが盛んな都道府県をまたぐ広域を「●●圏」といいます。首都圏といえば1都7県を指し、地価などで登場する東京圏といえば、1都3県(と茨城県の一部)を指します。2021年年初に発令された緊急事態宣言が、人の往来が盛んな1都3県に出されたように、一体となった経済活動が見られます。今回は、この1都3県でどのくらい貸家が建てられてきたのかを分析してみます。
全国貸家着工戸数の長期推移
図1は、貸家新設住宅着工戸数における全国と1都3県の合計の戸数、そして1都3県の割合を示しています(注:年単位で表記。執筆時2020年12月分が未発表のため2019年まで)。
図1:貸家着⼯⼾数(全国、1都3県、1都3県シェア
国⼟交通省:「住宅着⼯統計」データをもとに作成
全国の貸家着工戸数は、バブル期後半(88~90年ごろ)には80万戸を超えていましたが、その後90年代は60万戸前後、2000年代は40~50万戸、そしてリーマンショック後は30~40万戸台で推移しています。2016~17年には、「2013年以降の金融緩和で貸家が多く建てられた」という報道が多く見られました。しかし、グラフを見ればわかるように、90年代、2000年代に比べればだいぶ少ない状況が続いていることがわかります。
経済ショックが起こると1都3県貸家着工戸数シェアが上がる
次に1都3県の貸家着工戸数の合計値数ですが、バブル後期は30万戸台前半、その後は1995年に15万戸弱となり、以降は多少の波を経ながら、概ね10万戸台の前半~半ばで推移しています。全国の貸家着工戸数が段階的に減少したことを考えると、1都3県の底堅さがよくわかります。
図1の1都3県が占める割合の折れ線グラフを見ると、バブル期~90年代前半は40%前後、その後90年代半ばには20%台半ばに落ち込みますが、2000年以降は30%台をキープし、リーマンショック以降は30%台後半を維持しています。
さらに、この長期グラフをよく見ると、ある顕著な傾向が分かります。
それは、「ショックの後に、シェアが増えている」という傾向です。バブル崩壊は株価では1990年、不動産では91年ごろからといわれていますが、91~93年ごろはシェアが上昇しています。また、2008年のリーマンショックの後もシェアが上昇します。ここからわかることは、大きな経済ショックが起こると、他の大都市や地方都市での貸家着工戸数が大きく落ち込み、相対的に1都3県のシェアが上昇するということです。
リーマンショック以降、増え続ける東京のシェア
1都3県の中心である東京にフォーカスして見てみましょう。図2は、図1と同じデータで、東京都の貸家着工戸数にフォーカスしたグラフです(注:年単位で表記。執筆時2020年12月分が未発表のため2019年まで)。
図2:貸家着⼯⼾数(全国・東京都・東京都シェア)
国⼟交通省:「住宅着⼯統計」データをもとに作成
バブル期前後の90年代後半は、東京都の貸家着工戸数は15万戸前後に達していました。ここ約30年で最も少なかったのは、リーマンショック後の2010年、11年に5万戸弱となりました。ここ数年は6~7万戸台で推移しています。
注目してほしいのは、貸家着工戸数の東京都シェアです。東京都の人口は約1400万人、全人口約11%を占めています。貸家着工戸数のシェアは、バブル前後頃は18%前後、その後90年代半ばには10%台前半に下がります。しかし、2000年代に入ると15%前後で推移し、リーマンショック以降シェアが増え、近年はバブル期の18%を超えました。2020年は新型コロナウイルスの影響で地方が大きく落ち込みましたが、東京都は堅調でしたので、20%を超えるものと思われます。大きな経済ショックが起こると、顕著に東京のシェアが相対的に上昇していますが、東京都のシェア上昇は、短期的なものではなく、長期的傾向だと思われます。
このような東京への集中は、今後も続きそうです。しかし、政府は集中しすぎないよう対策を強化しています。また、周辺各県でも受け入れ策を打っています。今後の行方に注目です。