トレンド
今仲清の事業承継シリーズ(3)中小企業経営承継円滑化法による三つの支援策
公開日:2017/12/25
平成28年4月1日、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律等の一部を改正する法律」(中小企業経営承継円滑化法)が施行されました。
この中小企業経営承継円滑化法では、事業承継をスムーズに行えるよう三つの支援措置「遺留分に関する民法の特例、金融支援措置、課税の特例」を盛り込んでいます。
三つの支援措置
日本経済の基盤となるべき中小企業の経営承継の円滑化を図るために、(1)遺留分※1に関する民法の特例、(2)金融支援、(3)課税の特例(相続税・贈与税の納税猶予制度)という三つの支援措置が認められています(図1参照)。
また、中小企業経営承継円滑化法では、これまで旧代表者の推定相続人※2に限定されていた対象者が、推定相続人以外(他人)に拡充されることになりました(平成28年4月1日以降に合意したものに限る)。
- ※1…遺留分:相続人のうち配偶者や子などに最低限の相続権を保障するもの。民法で規定されており、遺族の生活保障や相続人間の最低限の公平の確保が目的で、分配された財産がこの遺留分を下回った場合は、多く受け取った者から取り戻すことができる。
- ※2…推定相続人:現状のままで相続が開始された場合に、相続権があるであろうという人のこと。法律で定められた法定相続人だからといって、実際に相続が発生した場合、絶対に相続人になれるわけではない。 たとえば「相続の欠格」が ある。相続の欠格とは、他の相続人を殺害しようとして自分の相続分を増やそうとしたり、遺言書を自分の有利になるように改ざんするなどしたら、法定相続人の地位をはく奪すること。このように相続は、現実に発生するまで相続権は確定しない。
図1:中小企業経営承継円滑化法の三つの支援措置
二つの民法の特例
事業承継に際して、次のような問題が起こることがあります。
・生前に後継者となる人に自社株式を全て贈与し、遺言書も作成しておいたが、相続発生後に長女から遺留分の減殺請求※3を受け、自社株式を分割せざるを得なくなった。
・事業承継する後継者には株式を生前に相続時精算課税制度※4を活用して贈与しておき、同時に他の相続人にも金銭贈与した上で遺留分放棄の手続きをしておいたが、相続発生後遺留分放棄の撤回手続きをとられ、結果的に(1)と同じ事態になってしまった。
- ※3…減殺請求:遺留分の侵害(相続によって遺留分権利者の受けた現実の額が遺留分の額に達しない状態)があるときに、遺留分権利者およびその承継人が、自分の遺留分を保全するに必要な限度で、目的物の返還を請求し、あるいは設定された権利を消滅させる意思表示のこと。
- ※4…相続時精算課税制度:この制度の特別控除額を活用すれば、贈与税がかからない場合もあるが、その代わりに相続のときには、贈与された財産と相続された財産を足した額に相続税がかかる。
その結果、多額の相続税を納税した上に株式を買いとらざるを得なくなるため、会社は資金繰りが大幅に悪化し、激しい競争に勝つための先行投資が困難になってしまうことがあります。このようなことを避けるために、次のような二つの民法特例を設けられました。
- (1)当事者の合意があれば贈与株式等を遺留分算定基礎財産から除外できる
- (2)贈与株式等の評価額を予め合意時点の評価額で固定化できる制度を創設
金融支援(信用保証協会の保証枠の拡大、日本政策金融公庫の融資制度の拡充)
高額な贈与税の負担、非後継者である相続人に渡った事業用資産や株式等の買取資金等について、以下の2点が拡大・拡充されました。
- (1)後継者に対して信用保証協会の保証枠の拡大
- (2)日本政策金融公庫の融資制度が拡充
課税の特例(相続税・贈与税の納税猶予制度)
平成20年度税制改正要綱における中小企業経営承継円滑化法の制定を踏まえ、平成21年度税制改正において後継者を対象にした「取引相場のない株式※5等に係る相続税・贈与税の納税猶予制度」が創設されました。これによって、相続等により取得した議決権株式等に係る課税価格の80%に対応する相続税の納税を猶予することができるようになりました。贈与税については相続時精算課税によって贈与した場合の贈与税額の全額について猶予され、贈与した先代経営者が死亡した際に相続税の課税価格に算入され、その時点で適用条件を満たしていれば相続税の納税猶予の適用対象となります。
- ※5…取引相場のない株式:全国の各証券取引所に上場されている株式および気配相場等のある株式以外の株式のこと。その評価は、同族株主等は原則的評価方式で評価し、同族株主等以外の者は特例的評価方式(配当還元方式)で評価する。
法律の適用対象となる中小企業
適用対象となる中小企業は、資本金の金額と従業員数の区分に応じて、図2のようになります。この範囲は中小企業基本法に定められている「中小企業」と同じであり、三つの支援策は図2の中小企業に限られます。また、会社だけでなく個人事業も含まれます。
図2:中小企業経営承継円滑化法の適用対象となる中小企業
業種 | 資本金 | 従業員 |
---|---|---|
製造業その他 | 3億円以下 | 300人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 100人以下 | |
ゴム製品製造業 (自動車又は航空機用タイヤ及びチューブ製造業並びに工業用ベルト製造業を除く) |
3億円以下 | 900人以下 |
ソフトウェア業又は 情報処理サービス業 |
3億円以下 | 300人以下 |
旅館業 | 5,000万円以下 | 200人以下 |
異なる三つの支援の適用対象
中小企業経営承継円滑化法による三つの支援策は、それぞれの適用要件が微妙に異なります(図3参照)。
- (1)民法の特例(贈与株式等を遺留分算定基礎財産から除外できる、贈与株式等の評価額を予め合意時点の評価額で固定化できる):会社法で定められている株式会社、特例有限会社(会社法では株式会社とみなされる)、合同会社、合名会社、合資会社の株式は出資が対象となります。さらに、3年以上継続して事業を行っていることが必要です。
- (2)金融支援(信用保証協会の保証枠の拡大、日本政策金融公庫の融資制度の拡充):個人事業主や後継経営者個人も対象となります。
- (3)課税の特例(相続税・贈与税の納税猶予制度):「取引相場のない株式等の相続税・贈与税の納税猶予制度」については、株式等が対象になりますが、「個人資産の管理等を行う法人の利用等による課税回避行為を防止する措置」が講じられており、民法の特例の適用範囲(一定の要件を満たす中小企業の後継者が、遺留分権利者と合意し、所要の手続きを経た場合に、遺留分算定で特別な計算ができる)よりも狭くなっています。
図3:三つの支援の適用対象の範囲のイメージ