技術研究トレンド
オープンイノベーション
新型コロナウイルス感染症の流行により、オフィス環境の在り方は大きく変化しました。ビジネスシーンではオンライン会議が増加し、周囲を気にしないでオンラインコミュニケーションに集中できる「個室型ワークブース」に注目が集まっています。
大和ハウス工業では2020年秋から個室型ワークブース「ハコノワ®」の研究開発を進め、2023年7月に商品化を果たしました。
快適なオフィスワークをサポートする「ハコノワ®」。その技術開発の軌跡をご紹介します。
2019年に発生した新型コロナウイルス感染症により、私たちの社会は、日常生活やワークスタイルに大きな変化を余儀なくされました。感染対策は生活のあらゆるシーンに広まりましたが、ビジネスシーンにおいても同様です。ワークスタイルの変革が求められ、オフィス環境は大きく変化しました。
従業員それぞれが固定デスクを持たない「フリーアドレス制」や、活動する時間と場所を自由に選択する「ABW(Activity based working)」など、新しいワークスタイルを採用する企業が増えています。また、バーチャルな環境下における新しいワークスタイルが定着して、社内のコミュニケーションはもちろん、顧客営業、取引先との打ち合わせは、当たり前のようにオンラインで行われるようになりました。
このように、ニューノーマルな時代におけるオフィス環境の在り方は、社会課題のひとつとなっています。
大和ハウス工業では日頃から、多様な専門分野の研究員たちがそれぞれにテーマを探求し、さまざまな社会課題解決に向けた事業に全社横断で取り組んでいます。
ニューノーマルな時代におけるオフィス環境の課題解決への取り組みとなった、個室型ウェルネスワークブース「ハコノワ®」もそのひとつ。植物・農業を専門とする研究員が、一見すると畑違いに思われるかもしれない個室型ワークブースの研究開発に着手し、商品化に成功しました。
個室型ウェルネスワークブース「ハコノワ®」の研究開発を推進したのは、総合技術研究所環境エネルギー研究部地球環境グループの岡村信弥(おかむらのぶや)研究員。農学系の大学院で研究した野菜や草花を室内で育成する「植物工場」の経験、知見をもとに、大和ハウス工業入社後は、植物工場システム「agri-cube」、ミニ胡蝶蘭「COCOLAN」などの開発に携わってきました。
そして、予想もしていなかった新型コロナウイルス感染症の流行は、大和ハウス工業におけるオフィスの在り方、そして岡村研究員自身のワークスタイルにも大きな変化を及ぼしました。新たな研究テーマを探る中、改めてオフィスの在り方や働き方の変化に着目。周りの研究員にワーカーの立場としての意見を聞いたり、ニーズ調査をしたりすることで課題を洗い出していきました。
岡村研究員は「一人でも快適に働ける場所」をコンセプトに設定し、このビジョンを具現化するために個室型ワークブースの開発に着手。テレワーク空間が求める「要素」を大きく次の2点に整理しました。
ここで注目したのは「バイオフィリックデザイン」でした。室内に植栽や自然光など自然を感じさせるものを取り入れる空間デザイン手法です。人間がストレスを感じやすい小さな空間に組み込むことで、閉塞感を軽減して、リラックス効果を得られるのではないかと考えたのです。
2020年10月にスタートした個室型ウェルネスワークブース「ハコノワ®」の開発に要した期間はおよそ2年。プロジェクトメンバーとしては、主担当の岡村研究員のほか、グループ長、補助研究員という少人数のチームでした。コロナ禍でワークブースの市場ニーズが高まっていたこともあり、研究開発と実用化へ向けたアウトプットは、急ピッチで進められました。とはいえ、ワークブースの設計・開発は専門外。製品実用化のためには、各専門領域の研究員や他部署の協力を得ることが不可欠でした。
大和ハウス工業には、建築系のみならず、エネルギー系、農業系、バイオ系など、さまざまな専門分野の社員、研究員が在籍しています。多種多様な分野のプロフェッショナルが集結していることは、大和ハウス工業の大きな強みです。ワークブースの性能面では早い段階で目指すクオリティを実現できていましたが、研究メンバーはデザインにおいては素人。機能性とデザインの両立に苦労しましたが、ときに厳しい評価をデザイン部門から受けることで、デザインクオリティを高めていくことができました。
大和ハウス工業は、オープンイノベーションを大切に考えています(※)。「一人ひとりの未来を築く」ための手段として、自社組織内だけでなく、他企業や行政などとも連携して情報や技術をやりとりし、社会に新しい価値を生み出すことを目指しています。
個室型ウェルネスワークブース「ハコノワ®」においては、同時期にWeb会議用ブース開発を検討していたイシモク・コーポレーションとタッグを組みました。異なる企業間ではコミュニケーションがスムーズにいかないケースもあります。しかし、以前から大和ハウス工業と取引があったイシモク・コーポレーションと連携したことで、本来の開発業務に注力でき、スピード感を持ってプロジェクトを進めることができたのです。
個室型ワークブース「ハコノワ®」ウェルネスタイプの外観と内観
一般的なワークブースは、仕事に集中できる環境を提供することを目的に作られています。ブースの中でも快適に過ごすための基本条件として、遮音性能や温熱環境の最適化が必要です。
合わせて、個室型ウェルネスワークブース「ハコノワ®」では、「ブース利用時のリラックス効果」という付加価値の提供を目指しました。そのために開発したのが、植栽を取り入れ、仕事中に目線の先に自然とつながりを感じられる「バイオフィリックウィンドウ」です。
開発プロジェクトでは、まず始めに、ワークブース使用時の実態について定量的・定性的に検証を行いました。研究所内に実物大の「テレワーク検証ブース」を設置。協力を得た他部署のスタッフや研究所員を被験者とし、ブース内の快適性やストレス状態に関する評価試験を行いました。
評価試験の結果、狭小空間が人に与えるストレスやリラックス効果に関する検証データを得ることができ、それに基づき開発されたのが「バイオフィリックウィンドウ」です。窓越しに植物を眺められる植栽ユニットを設置。最大5段階に調光調色が可能なLED照明は、植栽生育の光源となるよう自動調光調色運転が可能です。利用者の好みに合わせて手動で設定することもできます。
狭小空間のワークブース内でも「閉塞感」を感じることなく、リラックスして業務に取り組める空間を実現させました。
研究所に設置した検証ブース 例
ワークブースのような狭小空間では、ブース外への換気量が足りないとブース内の温度が上昇してしまいます。しかし、これを解決するために大風量のファンを設置したり、ブース上部を開放したりすると、「ファンの稼働音が大きくなる」「周囲の騒音となる」「ブース内でのWeb会議に支障をきたす」といった新たな問題が生じるのです。
個室型ウェルネスワークブース「ハコノワ®」は、扉面・壁面ともにD-30レベルの遮音性能を備えています。ブース内で普通の会話レベルの音量でWeb会議を行った場合、60dB程度の騒音になりますが、ブース外では30dB(ささやき声や図書館レベル)に抑えらます。これは「ブース内の人が何か話をしていることは分かるが、話の内容までは分からない」というレベルの遮音性で、ブース内のスピーチプライバシー確保を実現しました。Web会議の内容が外に漏れたり周囲の業務の妨げになったりすることもありません。
また、個室型ブース内には遮音性が求められる一方で、もしもオフィスなどで火災や地震などが発生した場合、非常放送や警報音がしっかりとブース内に聞こえるようにしなければなりません。「ハコノワ®」は、この消防法の基準(※)にも適合する仕様となっています。
「ハコノワ®」開発の大きな特徴は、ワークブース利用時のリラックス効果への着目です。実際に個室型ウェルネスワークブースを研究所(開発時)や社内オフィス(発売前)に設置し、社内利用者を対象にアンケート調査を実施しました。
その結果、「目の前が壁のブース」に比べて「バイオフィリックウィンドウを搭載したブース」は、リラックスしながら作業できる傾向があることが確認できました。同時に設置した「バイオフィリックウィンドウ」が搭載されていない他社商品と比較しても、ストレス軽減効果を感じる割合は多かったのです。一度利用した社員は「バイオフィリックウィンドウ」があるブースのほうが快適だと感じ、リピート利用しています。
あるスポーツクラブ店舗に試作機を設置して行った調査でも、同様の評価を得られました。今後の利用動向を尋ねたところ、回答者全員が「間違いなくまた使う」「たぶんまた使う」とリピート利用を希望するという期待以上の結果となっています。
ニューノーマルな時代のオフィス環境づくりが社会課題となっている中、大和ハウス工業が培ってきた知見や多様な技術研究の成果を活用して開発したのが、個室型ウェルネスワークブース「ハコノワ®」です。
社会課題を解決する新しいアイデアを実現するために、独自の専門知識と技術をベースに、多岐にわたる専門分野の知識を統合して技術開発を進められることは、大和ハウス工業の強みのひとつです。また、外部の専門家やパートナーと連携するオープンイノベーションを取り入れたアプローチは、ユニークで付加価値の高い商品を世に送り出すカギとなりました。
今後も大和ハウス工業は、テクノロジーを活用したオフィス環境やワークスタイルの課題解決に着目するとともに、高い専門技術やオープンイノベーションの力を結集して、より快適なオフィス環境の実現を目指してまいります。
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