技術研究トレンド
技術トピックス
物流は経済活動や暮らしを支える大動脈であり、物流拠点となる「物流倉庫」は、今や社会インフラとして欠かせない存在です。大和ハウス工業でも、物流業界の要となる「物流施設ソリューション」を事業展開しており、2023年3月現在、日本全国での総開発面積は14,291,910平方メートル。総開発棟数は365棟に及びます。
現在、物流倉庫は以前と比べて大型化し、これまでになかった建物の性能や安全性が求められるようになりました。時代や事業環境の変化によって、ますます重要な役割を果たす「大型物流倉庫」の性能評価に関する技術開発の取り組みについてご紹介します。
一般的に「倉庫」といえば物品の保管を主目的とした建物のことで、搬出入の頻度が低く、出入口の数も少ないのが特徴でした。一方、近年になって増加している大型物流倉庫は「物流センター」とも呼ばれ、さまざまな物品の入庫から保管、注文に合わせたピッキングなどの流通加工、梱包・包装、出荷までの一連のバックヤード業務を担います。多くの荷物を取り扱うため、搬出入の頻度や出入口が多いのが特徴で、拡大する物流需要を満たすために建物の大型化が進んでいます。
こうした変化の要因として挙げられるのは1990年代後半から2000年代のIT化の進展とEC市場規模拡大です。例えば、BtoCの物販系EC市場規模の推移を見てみると、2013年に5兆9,931億円だったものが2022年には13兆9,997億円と2倍以上に成長しました(※)。多品種の商品を取り扱う大手ECサイトをはじめ、量販店やメーカーがEC事業に参入して規模拡大を図っていったのもこの時期でした。
また、2020年からのコロナ禍では「不要不急の外出自粛」の影響により、いわゆる「巣ごもり消費」に伴うECサイト需要が急増するとともに、生活維持に欠かせないエッセンシャルワーカーとしての運輸・物流業に注目が集まりました。このように、物流倉庫は単に物品を保管する建物としての役割を超えた社会インフラになっています。
社会インフラとしての物流センター(大型物流倉庫)は以前と比べて大型化し、これまでの倉庫にはなかった建物の形状も誕生しました。例えば、1万坪を超える規模によく見られる「中車路」はその一つです。倉庫内の中央を貫く通路で、荷物を搬出入するためのトラックが通るためのものです。こうした新たな建物の形状は最適な業務の運用を実現するものですが、法令で定められた基準をクリアし、高い安全性を兼ね備える必要があります。
近年の地球温暖化、異常気象などにより日本に上陸する台風の規模が大きくなり、各地で多大な強風被害が発生していますが、物流センター(大型物流倉庫)も例外ではありません。一般的に、強風による被害事例の多くは外装材であるのが実情ですが、実は建築基準法や建築学会指針などに示されている設計用風荷重算定のための風圧係数は、基本的な部位、形状に留まっています。先述の「中車路」も特殊部位の一つで、風圧係数は明示されていません。
このような状況も踏まえ、企業としての社会的責任の観点、また大和ハウス工業の技術力向上といった観点からも「風」に関する技術を深めていくことが必要と考えます。実験などによるデータ蓄積や解析をもとに新たな設計基準の整備を行い、耐風設計における信頼性の向上を図る。これは私たちの社会に欠かせない物流インフラ基盤を「建物」から支えるための研究開発ともいえるでしょう。
大和ハウス工業が手がける「大型物流倉庫と風」の関係を研究テーマの一つとしているのは西村元吾研究員。大学と大学院ともに理工学部建設工学科で「耐風工学」が専門の建築系研究室に所属していました。卒業論文「アーチ型高層タワーの耐風特性について」、修士論文「陸屋根周りの気流性状及び風圧力に関する実験的研究」というテーマからも分かるように、風が建物に及ぼす影響について研究を重ねてきました。
現在、西村研究員は総合技術研究所信頼性センターに在籍し、主に新商品の開発に伴う構造安全性能や日常安全性能の検証業務などを担っています。
物流倉庫(例)
風洞実験状況(株式会社フジタ 技術センター)
西村研究員は、大型物流倉庫の中車路において、風圧が建物にどのような影響を及ぼすのかを検証するための風洞実験を株式会社フジタとの共同研究として実施。その実験結果から導き出された風圧係数は、大和ハウス工業が開発する物流施設「DPL(ディープロジェクト・ロジスティクス)」の最新設計基準として盛り込むべく、開発部門との社内協議が進められています。
西村研究員が専門とするのは「耐風工学」ですが、広義には「風工学」の技術分野に含まれます。より詳しい定義を専門書『構造物の耐風工学』[社団法人日本鋼構造協会(編)、東京電機大学出版局]を参考にご紹介すると、「自然風と構造物、ならびにこれに関連する要素、事象との係わりを扱う工学、技術の分野を、広くは『風工学』、少し狭く『耐風工学』あるいは『耐風構造』という」と定義されています。
現在、建築業界の中では「耐風工学」を専門とする研究者は少なく、西村研究員はそのうちの1人です。そのため、「風」に関する設計・評価基準などについて、社内からアドバイスを求められる場面も少なくありません。
先にも触れたように、大型物流倉庫の中車路については、耐風設計の基準が明確ではありませんでした。これは特殊部位の風圧係数が、建築基準法や建築学会指針などに明示されていないためであり、過去の研究論文でも明らかになっていなかったのです。そこで、実験を通して社内基準作成のための研究を進めることにしました。
基本的に大型物流倉庫を設計する場合、設計部門が風の影響も含めて建築基準法や学会荷重指針にもとづいて設計しています。しかし、これらの規基準には、外装材の設計荷重を算定するために必要な「外壁や屋根などの風圧係数」は記載されているものの、トラックが通る中車路のような特殊な場所における風の影響、風圧係数は、風洞実験で確認しないと明らかになりませんでした。
「DPL(ディープロジェクト・ロジスティクス)」などの物流倉庫においては、建物規模によって中車路形式が採用されています。それもあって、数年前から「シャッターの耐風性能を設計するにあたって、適切に設計するためにはどういった風圧係数を設定したらよいか?」という問い合わせが西村研究員に寄せられていたのです。
試験体一例(試験体No.3)
導圧チューブと圧力測定孔
それまで「耐風工学」を専門とする西村研究員でも、物流倉庫の中車路内部のシャッターや壁面、天井などの風圧係数の明確な数値を把握できていませんでした。そのため、縮小模型を用いた風洞実験を実施、中車路壁面の正確な設計荷重を算定するための「外装材設計用風圧係数を確認」することに。
縮小模型は、中車路のある物流倉庫を想定した形状のものを用意しました。風洞実験からは、中車路壁面の耐風設計に資するピーク風圧係数とその分布の特徴が明らかになりました。
西村研究員はこの実験結果を踏まえて、適切な風荷重を算定するための社内基準を作成。この研究開発の取り組みにより、大型物流倉庫の安全性向上はもちろん、最適な設計によるコストダウンへもつながるものと期待されています。また、研究結果は学会等で積極的に社外へ発信し、自社のみならず物流倉庫全体の進化を安全性の面から支えていくものと考えています。
建物の安全性や品質基準は、人々の暮らしと直結し、大型物流倉庫のように社会インフラを支える重要な建物にも欠かせないものです。時代や事業環境の変化に伴って建物に求められる安全性の課題も変化しますが、それらが顕在化する前に先取りして検証を行い、将来の技術開発に活かす視点が重要です。
物流倉庫の建設にあたっては、風荷重の算定条件として風圧係数のほか、建設地に応じた基準風速(建築基準法告示)を設定します。現在、物流倉庫の法令上の安全性は「基準風速の再現期間(一定強度の自然現象が再び発生するまでの年数)として50年」を満たしていれば問題ありません。しかし、建物の用途、重要度、部位に応じて「再現期間100年以上」とするなど、耐風性能を検討する必要があると考えています。
大和ハウス工業は、時代の要請とともに変化する建物の形状に合わせた新たな耐風設計基準の策定を目指しています。今後も、建物の安全性と品質に関わる課題に着目し、さまざまな専門領域の知見を活かして技術開発に取り組んでまいります。
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