CREコラム・トレンド
実現に向けて動き出した「日本版MaaS」
公開日:2020/12/25
複数の交通手段を最適に組み合わせて利用する「日本版MaaS」が実現に向けて動き出しています。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大で移動が制限されていますが、国や自治体は、都市や地方における交通変革の担い手として力を注いでいます。
MaaSは移動の最適化サービス
MaaSは「Mobility as a Service」の略で、ICT(情報通信技術)を活用して各種の交通機関のサービスを一元化して利用することです。私たちは通常、目的地まで電車やバス、飛行機など複数の交通手段を乗り継いで移動します。移動ルートはインターネットで検索できるようになりましたが、予約や運賃の支払いは各事業者に対して個別に行う必要があります。
こうした仕組みをスマートフォンなどで検索から予約、支払いまでを一度に行えるようにして利用者の利便性を改善し、効率よく移動することで都市部での交通渋滞や環境問題、地方での交通弱者対策などの問題の解決に役立てようとする考え方の上に立っているサービスがMaaSです。
2014年にフィンランドが首都ヘルシンキで域内の自家用車を2025年までにゼロにするロードマップを示し、2016年に同国の「MaaS Global」社が複数の公共交通を一括して検索・予約・決済できるスマホアプリ「Whim」の取り扱いを開始したのが始まりとされています。
キャッシュレス決済導入の交通事業者支援
MaaSを活用すれば、出発地から目的地まで最適な移動手段を受けることができます。このことは、人口減少や高齢化などで利用者が減ってサービス提供が困難になった地方での交通サービス確保につながります。都市部では移動手段にカーシェア、シェアサイクルなどを加えることで渋滞緩和や排気ガス減少による環境負荷の低減に結び付きます。
MaaSが注目される背景のひとつには、ライフスタイルの変化があります。若い世代を中心にシェアリングエコノミーが台頭し、自家用車や住居の保有率が減少傾向にあります。高額な自動車や持ち家の購入費、維持費の負担から解放されれば、その分の支出は趣味や娯楽に費やすことが可能になり、旅行などの人気が高まります。
地方などではマイカー通勤が少なくありません。こうした人々がMaaSを活用して電車やバスなどの公共交通機関やタクシーを使えば、交通機関はより多くの運賃収入を見込めるようになり、路線の廃止といった業務縮小にも一定の歯止めをかけることができるかもしれません。
わが国では2018年1月に政府のIT総合戦略本部が「第1回オープンデータ官民ラウンドテーブル」で「移動・観光」分野を取り扱い、鉄道やバスなどのリアルタイムの運行情報、時刻表情報、駅や停留所の位置情報などについて、交通情報を扱う民間企業からオープン化の要望が寄せられました。データを所管する国土交通省は2019年から公共交通情報のオープンデータ化を見据えて「公共交通分野におけるオープンデータ推進に関する検討会」を設置し、中間取りまとめを行いました。
そして2020年7月、日本版MaaSの実現に向けて9地域・9事業者を対象にキャッシュレス決済の導入で交付・支援決定を行いました。先行してAIオンデマンド交通(AIを使った効率的な配車システム)の導入支援を行っている6地域・6事業者と合わせ、日本版MaaSの推進に取り組む地域を拡大することにしたのです。
MaaSの定義とレベル
MaaSは比較的新しい交通の概念のため、その定義は諸説あります。一般的には自動車や自転車、バス、電車などの交通手段を移動手段としてではなくサービスの一つとして捉え網羅的に考えます。交通システムの世界的な集まりであるITS会議は2015年、MaaSのレベルを発表しました。ITSは「Intelligent Transport Systems」の略で、高度道路交通システムと訳されています。
それによるとMaaSレベルは4段階あります。「レベル1」は情報の統合で、利用料金や走行距離、出発地から目的地までのルートが一元化されている状態を指します。スマホアプリによる乗換案内サービスやGoogleマップなどがこれにあたるとされています。
「レベル2」は予約と決済の統合。異なる交通機関の予約や発券、決済が一括処理できサービスが統合されている状態で、交通系の電子マネーが充当します。
「レベル3」は異なる交通機関のサービス全体が事業として統合された状態です。
「レベル4」は政策として、MaaS自体が都市計画やインフラ整備と一体化して提供されている状態を指します。
図:MaaSのレベルと定義
こうして見てみると、MaaSは目新しいサービスのようでも意外に私たちの生活の中で既にある程度のレベルまで実現しており、「レベル3」の水準に達しているといえるでしょう。ただ、その恩恵に浴している人々がどの程度の数で、満足度がどの程度なのかが重要と思われます。
MaaSの普及で最も経済効果があるのは観光業界。交通のアクセスが改善され、名所旧跡の入場料や宿泊施設の予約がセットになれば、売り上げ増が期待できるでしょう。逆に大きな変革を求められるのが自動車業界です。自動運転やカーシェアリング、電気自動車へのシフトなど、逆風といわれる課題が押し寄せています。さらに、交通網全体への影響を考えれば、不動産や流通など、あらゆる業界、産業界に、大きな影響を与えるかもしれません。