大和ハウス工業株式会社

DaiwaHouse

土地活用ラボ for Biz

土地活用ラボ for Biz

コラム No.1

CREコラム

Vol.1 CSRとCRE戦略の在り方 インタビュー 百嶋 徹氏(ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員/明治大学経営学部 特別招聘教授)

公開日:2016/03/25

記者(以下Q):改めて「CRE戦略」をどのように定義されますか。

百嶋(以下A):CRE(Corporate Real Estate)とは、企業が事業を継続するために使うすべての不動産を指します。
そして、この不動産を重要な経営資源の一つに位置付け、その活用、管理、取引(取得、売却、賃貸借)に際し、企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)を踏まえた上で、企業価値最大化の視点から最適な選択を行う経営戦略を「CRE戦略」と呼んでいます。
経営資源には、ヒト=人的資源(human resource)、モノ=設備・施設、カネ=資金、情報など様々なものがあります。不動産も「モノ」を構成する経営資源の一つです。これまでのように、単なる担保資産や財テク資産という視点ではなくて、経営資源として捉えるということです。

ここで言うCREは、あくまでも、事業活動に供している不動産を指しています。ですから、そういう意味では遊休地は含めていません。遊休地の保有は本来一時的状況と捉えるべきなのです。別の用途で社内で使うことができるのか、あるいは売却するのか賃貸として転用するのかを考える必要があります。
ただし、遊休地を賃貸事業に転用する、あるいは売却するというのは、あくまでCREの「出口戦略」であることに留意すべきです。CRE戦略というのは、基本的には、本業の事業活動に継続利用している不動産を対象とした経営戦略であることを忘れてはいけません。

企業はCSRを実践し社会的価値創出に取り組み、結果として利益最大化を図らなければならないと私は考えています。
企業の利益は、事業ポートフォリオ、立地、設備投資、研究開発(R&D)、知的財産管理、資材調達、生産管理、マーケティング、企業財務、人的資源管理(HRM:Human Resource Management)、CRE、ファシリティマネジメント(FM)、ITなど、あらゆる経営資源を変数とする関数と見なすことができます。
ここで、利益最大化を図るためには、個々の戦略の部分最適ではなく、CSRの視点を踏まえた上で、あらゆる経営資源の全体最適化を図る必要があると私は考えています。これを経済学的に言えば、「企業のとるべき利益最大化行動とは、CSRという制約条件の下で利益最大化を図るための、あらゆる経営資源の全体最適解を求めることである」ということになります。
経営者は利益最大化プロセスを実行する上で、必ずCSRの視点を踏まえなければならないということです。

ですからCRE戦略というのは、経営者から見れば、全体最適を行う際の変数の一つになるわけです。不動産だけの部分最適を行っているだけでは不十分なのです。あくまで、CSRを踏まえた経営資源の全体最適化行動の中でCRE戦略も意思決定しなければなりません。
とは言っても、CREの担当者がすべての経営戦略や経営資源に目配りすることは難しいでしょう。勿論そういう意識で取り組むことが重要なのですが、実際には、人事や財務、経営企画、ITあるいは事業部門といった、CREと関連性の強い戦略や部門と整合性を図りながら、連携をとっていくことになるでしょう。

Q:CSRの視点が必要なのはなぜですか。

A:そもそも企業経営には、社会的ミッションを起点とする発想が必要であると私は思っています。社会課題を解決し社会的価値を創出するために企業は存在していると考えます。
マネジメントの父と称される、ピーター・F・ドラッカーは、企業や組織の存在意義について次のように述べています。

「企業をはじめとするあらゆる組織が社会の機関である。組織が存在するのは組織自体のためではない。自らの機能を果たすことによって、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たすためである」
「社会の問題の解決を事業上の機会に転換することによって自らの利益とすることこそ、企業の機能であり、企業以外の組織の機能である」 「マネジメントには、自らの組織が社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題の解決に貢献する役割がある」

ピーター・F・ドラッカー 『エッセンシャル版マネジメント』
ダイヤモンド社 2001年

つまり、「事業活動を通じた社会問題解決による社会変革(ソーシャルイノベーション)」は、営利企業、非営利組織、行政など営利・非営利を問わず、あらゆる組織の社会的責任(SR:Social Responsibility)であると言えます。
社会的企業(ソーシャルベンチャー)を創業する社会起業家が、ソーシャルイノベーションの旗手として脚光を浴びるようになってきましたが、社会的企業やNPO・NGOだけが「社会的」であるのでなく、あらゆる組織が「社会的事業体」であるべきなのです。
営利企業の存在意義も、単なる財サービスの提供ではなく、それを通じた社会的価値(social value)の創出にこそあるべきであり、経済的リターンありきではなく、社会的ミッションを起点とする発想が求められると私は考えています。
CSR活動と言うと、多くの企業が、本業で経済的リターンを獲得する活動と社会的価値を創造する活動を二分法的に別々のレイヤー(階層)として考えているのではないでしょうか。そうではなく、企業が社会的価値の創出と引き換えに経済的リターンを受け取るということが、本来のあるべき姿と捉えるべきなのです。
両者は密接に関連し不可分の関係にあり、かつ社会的価値の創出が経済的リターンに対する「上位概念」であると捉えるべきである、と私は考えています。社会的価値の創出と経済的リターンを二層構造で捉える限り、CSR活動と利益追求が別々の活動となりかねません。また無理やり両者を接合するための概念として、CSRと経営戦略を混同した「戦略的CSR」という造語を持ち出さなければならなくなるのではないかと思われます。

2015年は内外で業界を代表する名門企業の不祥事が相次ぎ、創業以来の危機に直面する企業も見られます。これらの企業不祥事の直接的な原因は様々でしょうが、共通する重要な要素として、目先の利益追求を優先する企業経営のショートターミズム(短期志向)が挙げられるのではないでしょうか。
「社会的価値の創出が経済的リターンに対する『上位概念』であると捉えるべきである」と先程述べましたが、相次いだ企業不祥事では、その関係が逆転し、経済的リターンの追求が上位概念に位置付けられてしまっていたとみられます。
目先の利益追求を優先する短期志向の経営が企業不祥事にまでつながってしまうと、企業価値の大きな毀損を招くことは明らかですが、企業不祥事に至らなくとも、経済的リターンの継続的な創出には結局つながらないことに留意すべきです。
日本の大企業の多くは、外国人投資家の台頭や四半期業績の開示義務付けなど、資本市場における急激なグローバル化の波に翻弄され、2005 年前後を境に株主利益の最大化が最も重要であるとする「株主至上主義」へ拙速に傾いた、と私は考えています。
多くの大企業は、短期志向の株主至上主義の下で、労働や設備への分配を削減して将来成長を犠牲にする代わりに短期収益を上げ株主配当の資金を捻出するというバランスを欠いた付加価値分配に舵を切り、リーマン・ショック後には大手メーカーなどが派遣労働者の大量解雇に走りました。多様なステークホルダーからの共感が得られる「誠実な経営」には程遠く、社会的ミッションが軽視され、社会変革を起こす突破力が沈滞したとみられます。
短期志向の経営は、結局縮小均衡を招くだけで継続的な付加価値創造、つまりGDP成長にはつながらなかったため、日本経済の「失われた10 年」を「失われた20年」に引き延ばした主因の1つになってしまったのではないでしょうか。

本来日本の企業が持っている強みというのは、従業員、株主、取引先、顧客、地域社会、行政など多様なステークホルダーに配慮してCSRを果たす、長期志向の経営にあったはずです。
しかし、皮肉にも、2003 年が「CSR元年」と言われ、CSRという言葉が急速に広まった2005年前後を境に、短期志向の株主至上主義経営が台頭することになってしまいました。
日本の持つ本来の強みを取り戻すためにも、また持続可能な社会を構築するためにも、営利・非営利を問わず、あらゆる組織の原動力が社会的価値の創造という社会的ミッションにあるべきであると私は考えています。

Q:不動産をコストと捉える人も多くいらっしゃいますが。

A:もちろん、企業経営にとってコスト意識も重要です。コストを全く軽視してよいわけがなく、賃借料、租税公課、水道光熱費など不動産の維持・運営・管理に要するコストも当然重要です。
しかし、コスト意識だけの経営では、先程述べました目先の利益追求を優先する短期志向の経営に陥り、結局継続的な付加価値創造や企業の成長が望めず、ステークホルダーの誰も幸せにならないでしょう。
CREは、社内に専門的・共通的な役務を提供し企業活動を支える「シェアードサービス(Shared Service)型」の経営資源です。つまり事業活動に供してはじめて価値を生み出しますので、CRE単体の利益貢献は本来算出し得ないと思います。
事業に継続的に供している不動産(事業用不動産)の利益貢献を例外的に定量把握できるのは、ファシリティ費用など不動産関連コストを削減したときですから、多くの日本企業はそこにフォーカスを当ててくるのですが、それがすべてかと言うと、まったくすべてではありません。
ビルオーナーとの賃料交渉によるオフィス賃料の減額、利活用が見込まれない遊休地の売却による固定資産税削減などコスト削減の成果を出すことは、不動産管理業務として当然やらなければならないことです。
しかし、それだけでは十分ではなく、企業の持続的成長などに資する中期的な経営戦略の遂行を不動産の視点からサポートする役割にフォーカスを当てるべきだと私は考えています。私は、このような役割を「経営層の意思決定に資する」という意味で、「マネジメント・レイヤーのCRE戦略」と呼んでいます。マネジメント・レイヤーのCRE戦略を立案・実行することこそが、CRE部門が担うべきコア機能であり、最も重要な業務なのです。
グローバル競争が激化する中で、従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出し、イノベーション創出につなげていくための創造的なオフィスづくりが、戦略例の一つとして挙げられます。創造的なオフィスづくりは、単なるコストではなく、イノベーション創出をサポートするための戦略投資と位置付ける必要があります。
先進的なグローバル企業は、既にこのような考え方を実践しており、世界的には、欧米を中心にオフィスづくりの創意工夫を競い合う時代に入っています。

不動産の利益貢献を定量把握できるもう一つのケースが、売却を行ったときです。しかし、それだけではCREの出口戦略をとっただけに過ぎません。利活用が見込まれずに売却対象となった不動産をできるだけ高値でタイミングよく売却することは、不動産管理業務として当然求められますが、単なる不動産売却はCRE戦略の目的ではありません。
経営トップが企業価値を継続的に向上させていくには、資産売却だけでは不十分であり、売却により回収した資金をコアビジネスに再投資し、資産構造や事業ポートフォリオを入れ替えるということが必要となります。
経営トップがコアビジネスへの再投資を打ち出した際に、不動産の視点からそれをサポートすることもマネジメント・レイヤーのCRE戦略に他なりません。
たとえば、経営トップが中長期的な成長のために、コアビジネスに関わる新工場の建設や最新鋭設備への更新投資を新規立地で行う、コア技術を磨き次世代技術を探索する研究開発拠点を新設する、といった戦略を打ち出したとき、複数の立地候補地の不動産情報を迅速に提供し、そして立地地域が絞り込まれた際には、地権者との交渉を迅速にまとめることを含めて、適地に事業用地を迅速に確保することが、CRE部門の非常に重要な役割となります。
また、経営トップがコアビジネスを強化するためのM&Aを打ち出したときも、CRE部門は不動産の視点からサポートしなければなりません。たとえば、買収する企業や事業に所属する従業員が入居しているオフィスと自社のオフィスを統合・集約する際に、CRE部門は不動産の専門的知見を活かして主導的な役割を果たすことが求められるでしょう。
ただ、こうした業務を十分に遂行するためには、普段から社内の経営層や事業部門から的確なニーズをつかみ、社外の自治体や不動産ベンダーからは情報収集を行うなど、社内外でのコミュニケーションを深めて人的ネットワークを築き、アンテナを張っておく必要があります。
CRE部門は、遊休不動産の売却による投資資金の捻出だけでなく、その資金を用いた戦略投資の遂行においても、こうした貢献が求められるわけです。しかし、ここでの役割は、「社内ベンダー」としてのCRE部門が経営層や事業部門など「社内顧客」に不動産サービスを提供することですから、こうした貢献を金額換算することはできません。利益貢献の定量把握はできなくとも、ここで示したマネジメント・レイヤーのCRE戦略例は、中期的な経営戦略を遂行する上で極めて重要な役割を担うものです。
ですから、CRE戦略の成果をコスト削減など金銭換算できる指標だけで測ると、CRE戦略の目的がコスト削減一辺倒となってしまい、ショートターミズムに陥るリスクが高まります。そうすると、定量評価はできなくともCRE戦略で最も重要な機能であるマネジメント・レイヤーのCRE戦略に踏み込めなくなってしまいます。
CRE戦略の利益貢献が必ずしも定量的に測ることができないことが、CRE戦略の導入を検討する際の難しさとなるかもしれませんが、本来は経営トップ自らがCRE戦略の重要性を理解し、コスト削減だけではないCRE戦略の取組をトップダウンにより組織に根付かせることが望ましいと私は考えています。
CREの担当者も、経営トップにCRE戦略の重要性を理解してもらうための地道な活動を積み重ねることが欠かせません。たとえば、必ずしも不動産の専門知識を持たない経営トップから不動産に関わる報告を求められた場合、CREの担当者は専門的知見に裏打ちされた説得力のある説明を迅速に行うことが求められます。説明の際に同業他社の情報も加えることができれば、経営トップの関心を一層引くとともに説得力も増すでしょう。さらに、CRE担当の責任者は経営トップへのレポートラインを通じて、日頃の活動内容などを報告する機会を確保することも必要でしょう。

  • 次の記事へ次の記事へ

土地活用ラボ for Biz アナリスト

百嶋 徹(ひゃくしま とおる)

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員 / 明治大学経営学部 特別招聘教授

1985年(株)野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント(株)出向を経て、1998年(株)ニッセイ基礎研究所入社。2014年から明治大学経営学部特別招聘教授。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、CRE(企業不動産)、環境経営・CSR(企業の社会的責任)などが専門の研究テーマ。日本証券アナリスト協会検定会員。1994年発表の日経金融新聞およびInstitutional Investor誌のアナリストランキングにおいて、素材産業部門でそれぞれ第1位。2006年度国土交通省CRE研究会の事務局を担当。国土交通省CRE研究会ワーキンググループ委員として『CRE戦略実践のためのガイドライン』の作成に参画、「事例編」の執筆を担当(2008~2010年)。共著書『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』(東洋経済新報社、2006年)で第1回日本ファシリティマネジメント大賞奨励賞受賞(JFMA主催、2007年)。
公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)CREマネジメント研究部会委員(2013年~)。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努めてきた第一人者。

メールマガジン会員に登録して、土地の活用に役立つ情報をゲットしよう!

土地活用ラボ for Owner メールマガジン会員 無料会員登録

土地活用に役立つコラムや動画の最新情報はメールマガジンで配信しております。他にもセミナーや現場見学会の案内など役立つ情報が満載です。


  • TOP

このページの先頭へ