岡山県・倉敷は天領地の
歴史と文化が根づいた町。
かつて進取の気風に富んだ市民は
新しい産業を興し、
民藝運動という新しい文化を支えてきました。
倉敷美観地区に、今もその力を受け継ぐ
倉敷民藝館を訪ねました。
2024.6
「世界の籠」の展示から。
独自の文化を育んだ町で
民藝の世界に触れる
白壁に黒い貼り瓦、川沿いの柳並木が美しい倉敷美観地区。その一角に位置する倉敷民藝館は1948年に開館。国内で2番目に誕生した民藝館として知られます。
東京に次いで倉敷に創設されたのは、古くから民藝運動と深いつながりがあったから。それは倉敷の町の成り立ちにも関わっています。
倉敷美観地区を流れる倉敷川。江戸時代は運河として活用され町の繁栄を支えた。
「倉敷は天領地として栄えた歴史から民間主導の気風が今なお強く残る町なんです。明治になると民間がアイデアを出し、資本を提供し、紡績会社を興し、新しい基幹産業を生み出したんです」と倉敷民藝館館長補佐・柳沢秀行さん。
紡績会社の二代目・大原孫三郎は町に新しい工芸運動を興すことも見据えて「倉敷文化協会」を開設。その協会が1920年代に柳宗悦を中心にした民藝運動と早くから関わるようになりました。
「大原家というのは新しい価値観を創出するのが大好きでしたから。民藝運動は、『上手物(じょうてもの)』に対して、民衆の生活を支えた名もなき作り手による『下手物(げてもの)』と呼ばれていたものにスポットを当てた。そういった価値転換をはかる試みに惹かれたんでしょうね」
東京の日本民藝館をも援助した大原孫三郎、その息子の總一郎もまた、戦中の厳しい時代に支え続けるなど、大原二代は民藝運動を深く支援します。そして戦後間もない1948年、倉敷民藝館が開館。江戸時代の古い蔵を活用した建物には、古今東西の民藝品が集められ展示されました。
初代館長であり、自らも染織家であった外村吉之介の言葉を借りれば、民藝の心とは「用即美」、「用の美」といわれる感性を持つこと。
「さまざまな解釈がなされますが、『日々使うものが、そこにある美しさを見いだしてほしい』『美しいと思うものを生活に取り込んでほしい』ということですね。質が高いなとか、心躍るなとか、このうつわに口をつけたらスッと心和むなって。そういう感覚的なものを一切含めて『美』と言ってしまっていいんだと思います」
1階、外村吉之介が記した掛け軸の前で。「用の美はまずわかりやすく言えば実用品の美。さらに踏み込めば、使うという出来事、行為そのものが美しいということ」と倉敷民藝館館長補佐・柳沢秀行さん。
岡山のものから、
古今東西のものまで
民藝品が集まった展示室へ
倉敷民藝館入り口から。門をくぐると、白壁に黒い貼り瓦の建物がコの字型に連なる。
民藝品にさりげなく生けられた花に迎えられる。
柳宗悦らは各地を巡り、過去に遡って自分たちが素晴らしいと思うものを集めました。「同時に、各地の生産拠点も巡って、てこ入れしたんですね。ここでは全国から集められたものだけでなく、てこ入れされて新たに生まれてきたものを積極的に紹介し販売することを大事にしてきました」
民藝は現代にも綿々と続くもの。展示品にはかつてあったものや途絶えてしまったものもあれば、現代のものも。新たな作り手によって、時代に沿う姿で、民藝の心が受け継がれているのがわかります。
それでは展示の一部をご紹介しましょう。
2号館2階・地元、岡山の民藝品を集めた常設展。「県南は江戸時代から干拓された土地では塩分が多く米ができない、だからイ草栽培が盛んで畳表やイ草籠が作られたんです」。ほかにも土地ごとの材で作られ続けたものが並びます。
備前焼や羽島焼、イ草の織物や緞通(だんつう)、倉敷ガラスなど岡山の民藝品がずらり。古い建物にもなじんでいる。
倉敷の酒津焼。たくさんの窯の総称として呼ばれたが、昭和の時代には作家名で焼く人も現れた。新旧の作品がケース内に並ぶ。現代の窯元の作品は売店で購入できる。
クリスマスのオーナメントを吹いていたガラス職人の小谷眞三さんが、外村吉之介や関係者に支えられてグラスを作ったことを機に倉敷ガラスを興したという。深みのある静かな青は「小谷ブルー」として世界に知られている。
3号館2階・世界各地の籠を集めた常設展。暮らしの道具でありながら、美しい佇まいに圧倒される展示。創意工夫の素晴らしさにあらためて気づかされます。「今は作り手が本当に減ってしまいましたが、もしそういう方たちが見たら、この部屋はもう宝物。ものすごいリソースだと思いますね」
形も佇まいも異なる数々の籠が圧巻。これは何に使うための籠だろうかと思わず想像してしまう。
「世界の籠」から、上は柳とつるで編まれたイギリスの手提げ籠、下は竹で編まれた産地不詳の手提げ籠。
籠以外の編組品なども並ぶ。用に耐え得る形や機能、そのためだけに存在するものの美しさ。わが家にも置いておきたい気持ちになる。
3号館1階・畳に囲炉裏のある和空間とウィンザーチェアなどを配した洋空間では企画展を開催。畳に上がったり、椅子に座ったりが可能。「展示品であっても花を生けたりします。そういうあり方によって、見る人の暮らしの中に、おお!と気づきをもたらすことができたらと思っています」
手前の洋空間には順番に腰掛けてみたくなるイギリスや日本各地から集められた椅子が並ぶ。使い込まれた姿が美しい。
和空間は昔ながらの空間を保存する意図もあって造られたそう。「戦後、岡山の民藝運動の一環で建築が注目され、なくなっていくものをきちんと残すということが重視されていたんです」
取材時は倉敷の「羽島焼」を特別企画展示。戦後、酒津焼の職人・小河原虎吉が岡山県民藝協会の後押しを受けて開いた窯。各地の焼き物の要素を生かした多様なうつわが数多く焼かれたという。
暮らしから生まれた民藝品の展示が
今の暮らしへのプレゼンテーションに
館内にはそのほか企画展や常設展の部屋が続き、3つの棟を巡るようになっています。さまざまな展示品にはごく最小限の説明のみ付けられ、自ずと、ものそのものと向き合うように誘導されます。
「世界の金工品」の展示から。入れ子に出来るグアテマラの分銅、材料は真鍮。
外村吉之介による書籍『少年民藝館』掲載作品から選んでの展示。写真はアメリカ・ナヴァホの敷物、ペルーの肩掛け袋など。
「美術館というと理解しなきゃいけないっていうアプローチになりがちですが、ここにあるものは使うものですから。理解する行為ではなくて、それがスタートになってほしいんです。『これにパスタを盛ってみたいな』とか『これで一杯飲みたいな』とか、その人のイマジネーションとかクリエイティブな感覚が発動する、それが理想で、民藝の根底にある『生活の質を上げる』に通じるものだと思っています」
昔のものを懐かしむだけでなく、「跳び箱の踏み切り板のように」きっかけにしてほしいとも。外村吉之介が当時残した言葉――民藝館の役目は、誰でも何時でもできる「美しい生活」をひろめることである――その精神は受け継がれ、今もなお訪れる人々に、特別な時間を提供しています。
自分の暮らしにも民藝を。
使ってみたいと思ったら
1階の売店では岡山や西日本を中心に各地の民藝品を販売しています。数々の展示を見てイマジネーションが湧いたら、暮らしにも取り入れて。使うことで、毎日が少しずつ変わっていくさまを楽しみましょう。
「倉敷美観地区にはほかにも民藝やクラフトに関わる店が本当に数多くあります。ぜひいいものと出合ってほしいですね」
焼き物や織り物、染め物など多様なものがそろう。丁寧に作られたものは今の暮らしにもなじむ。
熊本県のまゆみ窯の陶器。皿1,800円~、湯呑み1,980円~ほか。
周辺には寄ってみたい
見どころもいろいろ
風情のある町並みも楽しんで。街灯がともる夕景も素敵。
「美術館はよどんだ倉庫ではなく、生きて成長しなくてはならない」と、今を生きる人に意味のある美術館を目指した大原總一郎。そんな理念に基づいた大原美術館の工芸・東洋館では、民藝運動を主導した濱田庄司や河井寬次郎、棟方志功らの作品も見られます。ほかに倉敷考古館、日本郷土玩具館などミュージアムが点在。さまざまな視点から倉敷を知ることができます。
倉敷民藝館
岡山県倉敷市中央1-4-11
tel. 086-422-1637
10:00~17:00(入館受付は16:30まで)
月曜休み(祝日の場合は翌日)
※休館日および開館時間は臨時に変更する場合があります。
※表示価格は消費税込み2024年6月現在。
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