ダイワハウスの設計士と、建築家、プロダクトデザイナー、
職人などさまざまなジャンルのデザイナーが語り合い、
いい家づくりのプロセスや、これからの住まいのあり方について、
とことん深堀りしていく「デザイナーズトーク」。
第4回目のゲストは、建築家の伊礼智さんです。
伊礼さんは「小さくても豊かな家」を設計思想とされ、
空気、熱、性能、手触りといった見えないものにまでデザインされた
実用的で居心地のいい住まいを得意とされています。
お迎えするのは、ダイワハウス技術主幹・シニアメンターの奥田俊彦。
インタビューが行われたのは、東京・目白の閑静な住宅街にたたずむ伊礼さんの小さな設計室。
伊礼流建築手法がぎゅっと凝縮された心地よい空間で
家づくりに対する思いをたっぷりと語っていただきました。
Profile
伊礼智(いれいさとし)
建築家
1959年沖縄県生まれ。1982年に琉球大学理工学部建設工学科を卒業後、1985年に東京藝術大学美術学部建築科大学院修了。丸谷博男+エーアンドエーを経て、1996年に伊礼智設計室を開設。2016年より東京芸術大学美術学部建築科非常勤講師。著書に『伊礼智の「小さな家」70のレシピ』(エクスナレッジムック)などがある。
奥田俊彦(おくだとしひこ)
大和ハウス工業株式会社 住宅事業推進部
西日本住宅設計室 一課
技術主幹・シニアメンター
1956年奈良県生まれ。1979年大和ハウス工業入社後、戸建住宅の商品開発、ユニバーサルデザイン研究開発、支店での設計業務を経験後、2003年から、本社デザインプロジェクト室(現西日本住宅設計室)にて、戸建住宅請負の特殊案件、展示場などの設計を行う。
地域・敷地の特性や・お客さまのご要望を踏まえ、良いところはとことん生かし、デメリットになる部分は、それを補う提案を盛り込み、将来にわたって住み心地がよく価値を保てる住まいとなるような設計を心掛けている。
一級建築士、一級エクステリアプランナー、インテリアコーディネーター。
設計を感覚でとらえず実測する。
「心地よい家」には必ず理由がある
- 奥田:伊礼先生の作品は、建築家の吉村順三先生や奥村昭雄先生の流れをくむ実用的かつ美しい設計だと感じています。今の設計スタイルに行き着いた経緯をぜひお聞かせいただきたいです。
- 伊礼:私の学生時代は「斬新で力強い」建築の全盛期でした。そんな中、私は住み心地のよさをきちんと追求しながら魅力的で美しい吉村先生の設計が大好きだったんです。吉村先生は「建築ははじめに造形があるのではなく、はじめに人間の生活があり、心の豊かさをつくり出すものでなければならない。そのために設計は、奇をてらわず、単純明快でなくてはならない」という言葉を残されています。これは今の私の設計思想の根底にあるものです。そこで、大学を出た後に、もっと吉村流建築を学びたいと思い、吉村先生の母校である東京藝術大学の大学院に進みました。
- そして、吉村先生のお弟子さんである奥村昭雄先生の研究室に入ったのですが、その頃奥村先生は、住宅の熱環境を研究していてソーラーをつくっていました(笑)。吉村先生の設計思想を踏襲しつつ、さらに科学的な視点を加えて設計を考える先生だったのです。奥村先生は太陽の熱で温まった空気を小さなファンで床下に送ることで床全体を温めるOMソーラーを約30年も前に開発した先生です。家だけでなく空気と熱の動きまでデザインしたんですね。「空気・熱・性能・手触り」といった室内環境を左右する見えないものまで含めてデザインをしないと、いい建築ができないと学びました。
『住宅建築』の奥村昭雄特集。伊礼さんが奥村さんの家具工房を取材した
奥村昭雄さんの代表的な家具『ハンペンチェア』。ゆったり座れて疲れにくい
- 奥村先生は家具のデザインもされていたのですが、自ら原木を買い付けて、自分で設計した道具を使って製作までしていました。総合的に家作りに関わる姿勢は大きな影響を受けましたね。私の事務所でも図面はすべて自分たちで書きますし、設計から家具、造園を含めてトータルでさせていただく仕事のみお引き受けすることにしています。
吉村先生や奥村先生もおっしゃっていたことですが、いいと思う建築には必ず理由がある。それが何かをよく考えて、設計に落とし込むことが大事だと学びました。
- 奥田:なるほど。それで伊礼先生は名建築を訪ねてはスケッチと実測をされているのですね。京都の俵屋旅館(設計・吉村順三先生、担当・奥村昭雄先生)のスケッチを拝見しましたが、実際に目で見て感じ、実測したからこそ気付くことができる内容で、とても勉強になりました。
- 伊礼:「実測」も吉村先生と奥村先生の教えです。旅に出るときはスケッチブックとメジャーを持参し、いいなと思う建築のディテールを描いて寸法を測ります。いわば設計のメモ帳ですね。「そうか、天井高が2,100mmと低めだからプロポーションがいいんだな」などと確認するわけです。
俵屋旅館 アーネストスタディ 実測スケッチ
- 奥田:建築やデザインは感覚で語りがちですが、「こうだからいい」と、実測値や納得できる理由を添えて説明することは大切ですね。私もお客さまとの打ち合わせでは常に心掛けていることです。それには、先生がおっしゃるように常に自分がなぜいいと思えるのかということを追求していることが重要だと思います。
ところで、先生はどのようないきさつで小さな家を手掛けるようになったのでしょうか。 - 伊礼:独立して事務所を構えたのが都内だったので、使用できる土地が限られている依頼が多かったことが始まりです。私は沖縄出身でとても小さな家に住んでいました。でも、家の中には居心地のいい場所があちこちにあり、狭さを感じることはなかったんです。「心地よさと広さは関係ない」ということを肌で感じていたんですね。「住宅密集地で建坪9坪」のような、がんじがらめの制約がある設計が得意です。狭くても、狭くても、窮屈さを感じさせない工夫を凝らすのが設計の醍醐味ですね。
小さな家を小さく見せない設計手法
- 奥田:敷地が狭いと天井の高さをコントロールしたり、開口部の設け方にも工夫をしたりといったことが求められますが、先生の設計はそのあたりを見事に実現されていると感じます。
- 伊礼:ありがとうございます。恩師から「建物は低く低く」と教わりました。低い建物は近隣に威圧感を与えず、奥ゆかしく美しいプロポーションになり、資材も冷暖房費も少なく済む、いわばエコハウスです。事務所の近くにフランク・ロイド・ライト設計の自由学園明日館がありますが、天井が低くて気持ちがいいんです。
[自由学園明日館]探訪
- 奥田:先生の作品の『京都サロン』も、基本の天井高は2,100mmに抑えていますね。寝室は120mmほど下げ、リビングは船底型に天井を上げています。すべてを低くするのではなく、高低差をつくることが空間の広がりにつながっていると感じます。
ダイワハウスでは2m72cmの天井高と大開口の開放的な空間を提案しているので、一見、先生の建築思想とは対極にあるかもしれません(笑) - 伊礼:大開口で天井高の空間は開放的で気持ちがいいですよね。私も、二間開口でフルオープンの設計を取り入れることがありますが、その場合、上の部分は壁にして明るくなりすぎないようにコントロールしています。
大きな開口部をつくるときは、開口部と同じかそれ以上の奥行きをつくらないと、部屋の隅から隅までが明るくなりすぎてしまいます。開口部は明るいけど、少し奥まった所には暗い部分もある。そんな陰影がある建築が「粋」だと思いますね。
伊礼智設計室設計の『琵琶湖湖畔の家』。大開口で風景を取り入れ、風景に溶け込むために車が街からも、家の中からも見えにくくなるように工夫した 写真:西川公朗
- 奥田:そのバランスが豊かさをつくるのでしょうね。それを設計に落とし込むのが最も難しく、同時にやりがいを感じる部分でもあります。
他にも、先生の作品は照明を極力シンプルにするなど生活の「ノイズ」を減らしていますが、これも小さくても豊かな空間をつくり上げる手法でしょうか。
- 伊礼:そうですね。「欲しいのは照明器具ではなくて明かりである」というのは吉村先生の言葉ですが、私は照明計画も家づくりの大切な要素と考え、照明や家具も含めて任せてくださる方の設計を受けています。照明の数はできるだけ少なく、照明器具はシンプルに。天井には照明を付けず、スポットライトや壁に付けるブラケットライト、スタンドライトを用いて明かりの重心を低くすると、小さな空間でも広がりが生まれます。
- 奥田:もし部屋の天井の中央に照明器具があったら、低い天井はより低く感じられてしまうでしょうね。
- 伊礼:その通りです。天井に付ける照明はルイス・ポールセンのデザインのダイニングライトくらいですが、これ以上シンプルなものはつくれないと思うほどで、昼間は存在をほとんど感じさせません。また、家具は工務店がつくる造作家具を提案しますが、その場合、床から浮かせるようにしています。そうすることで見た目の床面積が広がって部屋が広く見えるんです。
伊礼智設計室(伊礼智、一場由美)設計の『守谷の家』。造り付け家具の足元を浮かせると部屋が広く感じる 写真:西川公朗
最初のプレゼンテーションに全力で臨むことが、いい設計につながる
- 奥田:伊礼先生の個性というか、設計スタイルは確立されていてブレがありませんが、お客さまの要望をどのようなバランスで取り入れているのでしょうか。
- 伊礼:私の著書などを見ていらっしゃる方が多いので、最初から「お任せします」というパターンが多いですね。ただ、心地よい家をつくるための大前提としては断熱性や気密性、空気の流れといった機能性をしっかりと担保することが大切だと考えています。実用性を無視してはよい家はつくれません。そのうえで、お客さまの要望を一通りお聞きして設計に取りかかるようにしています。
- 奥田:先生の設計思想に共感された方が依頼されるので、スムーズに進みそうですね。現地調査ではどんなところに気を付けていますか。
- 伊礼:自分の力だけでいい設計をつくるのには限界があります。周りの環境を味方に付けるために、景色の抜けがどこにあるかを重点的に見ます。住宅密集地などで景色の抜けを探すのが厳しい場合は、庭をつくることも提案の一つに入れます。
- 奥田:周囲の自然を借景として取り入れられるかどうかは私も必ず確認するポイントです。あとは駐車場の位置ですね。どのようにアプローチしたら車が止めやすいか、最も効率がいいのはどこかチェックします。また、室内から見たときも景色の邪魔にならないように考えます。
- 伊礼:車の処理は大切なポイントですね。狭い敷地はもちろん、広い敷地でも駐車場の位置をどこにつくるかで設計のすべてが決まってしまいます。駐車場の場所が決まれば、自然と玄関の位置も見えてきます。
- 奥田:先生は現地調査の後、最初のプレゼンテーションに全力で臨まれると伺いました。
- 伊礼:考え抜かれていない甘い案で打ち合わせに臨むと、その後の設計はグダグダになっていきます(笑)。
逆に、「あなたの家はこれです」と自信を持って言えるものを提示できれば、大抵がいい建築になります。だから私は、100分の1のサイズの平面図、配置図、立面図、模型、インテリアのスケッチなどを用意してプレゼンテーションに臨みます。
感覚だけではなく、裏付けのあるもので設計をとらえ、見えないものまできちんとデザインされた伊礼さんの住まいは「小さな家」でも居心地がよく、豊かな暮らしをつくってくれるでしょう。後編ではさらに深く伊礼流建築手法の神髄に迫ります。
デザイナーズトーク