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特集

旧伊庭家住宅
和洋の融合を心で築く

歴史情緒の残る街・滋賀県近江八幡市には、現在も多くのヴォーリズ建築が保存されています。
今回は「旧伊庭家(きゅういばけ)住宅」を訪ね、
管理を行うボランティア団体オレガノの方々にご案内いただきました。
さらに、現代の住まいづくりにも大いに参考になる工夫について、
大和ハウス工業の設計士、篠崎幸久が解説します。

キリスト教の心で築いた珠玉の邸宅

ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、1905(明治38)年に英語教師としてアメリカから来日。明治後期から昭和にかけて建築、文化、医療などの分野で大きな功績を残し、生涯を閉じるまで大半の日々を近江八幡市で過ごしました。彼が手掛けた建築の根底にはキリスト教の理念があり、住まい手の健康的な暮らしや利便性を第一に考えた温かみのある作風が特徴だといわれています。

豊かな緑に包まれた姿は、ヨーロッパの邸宅を思わせる外観。化粧梁に塗られた赤い色はベンガラという染料で、防腐効果があります

旧伊庭家住宅はヴォーリズの初期作品の一つで、近江八幡市の市街地から電車で1駅離れた安土町小中に今も静かにたたずんでいます。竣工は1913(大正2)年。その歴史的な価値から市の指定文化財となり、2013(平成25)年から常時一般公開して以降は建築関係者や学生のほか、レトロな建築に憧れる観光客など多くの人が訪問するようになりました。ヴォーリズの愛したカイヅカイブキの木をはじめとする多くの樹々や草花に囲まれて、旧伊庭家住宅はまるで絵本に描かれた邸宅のように優美な姿で訪れる人を迎え入れています。

和風庭園に面した縁側。沓脱石(くつぬぎいし)には地元産の自然石が使われています

暮らす人、訪れる人への思いやりに満ちた空間

ヴォーリズに住宅の設計を依頼したのは滋賀県出身の実業家・伊庭貞剛(いばていごう)で、四男・慎吉夫妻が暮らすためでした。貞剛は別子銅山の環境問題の解決に尽力し、後に第二代住友総理事となった人物です。

当時とても斬新だったであろう外観はハーフティンバーと呼ばれる様式で、傾斜の大きい天然石スレート葺きの切妻屋根が特徴的です。主な部分は洋風ですが、昭和初期に増改築して作られた玄関棟は和風。建物の内部も含めて、和と洋の要素が調和していることも注目に値します。

昭和初期に増築された入母屋造の玄関棟

1階のリビングルーム(画像①)は、あらわし梁がポイントになった傾斜天井の部屋。南側の大きなガラス扉はサンルームに続いており、柔らかな自然光が集いの場を明るく満たします。八角形の大きなテーブルは建築当時にオリジナルで作られたもので、多くのゲストがにぎやかに語り合いながら卓を囲んだ様子を思わせます。部屋の北側にはタイルで装飾された暖炉(画像②)があり、そばにしつらえられたソファにいつまでも身を預けていたくなるような雰囲気です。

①光と影のコントラストが印象的なリビングルーム。天井のあらわし梁やドア枠などには、丁寧な手仕事によって繊細な柄が施されています

②暖炉には石炭ストーブを置いて利用したのだそう。両側に十字架をモチーフにした窓があり、シンメトリーでバランスのとれた景観になっています

ヴォーリズ建築の特徴がよく表れているのが階段(画像③)です。傾斜が緩やかで踏面(ふみづら)=足を乗せる部分が広いため安全に上り下りしやすく、また丸みのある手すりが手にやさしい感触。壁には刷毛目(はけめ)が美しいブルーグレーの塗り壁が採用されています。

現在台所として使われているサンルーム(画像④)は、薄い水色のタイルや白い建具が清潔感を漂わせる場所。庭木の緑や飾られた鉢植えが生き生きとした姿を見せています。

③生活する人への配慮が感じられる、たたずまいの美しい階段

④リビングの隣につくられたサンルーム

世紀を超えて息づく
ノスタルジー

築100年を超える旧伊庭家住宅には、建築当時からの設備や建具がたくさん残っています。
意匠や素材から漂うノスタルジックな趣を楽しんでみませんか。

暖炉に使われた床タイル

色とりどりのタイルが敷き詰められ、華やかな雰囲気。白いタイルにはキリスト教を象徴する絵が描かれています。

結霜(けっそう)ガラス

現在はほとんど生産されていない、霜のような模様が美しいレトロなガラス。サンルームのドアに使われています。

ブラケット照明

暖炉の上部に取り付けられた2灯のブラケット照明。オレンジ色のシェード越しに暖かな光がもたらされます。

設計士の視点から

暖炉前の空間は、北欧建築の「ヌック」を思わせます。食事の後にここに移動して、来客との会話やくつろぎの時間を楽しんだのでしょうか。現代の住まいにこういった空間をつくるなら、テレワークや子どもの勉強のためのコーナーとしても良いですね。

アートな趣向を凝らした住まい

伊庭慎吉は、若い頃絵を学ぶためにフランスに留学し、帰国後は八幡商業学校で美術の教員として勤務しました。また、神社の宮司や安土村の村長を務めるなどさまざまな経歴をもち、多くの文人墨客(ぶんじんぼっかく)とも交流がありました。2階のアトリエ(画像⑤)は本人が絵を描くために使うほか、親交を結んだ画家や歌人、俳人らに創作の場として提供することもしばしばだったそうです。

⑤慎吉のアトリエは光の安定した2階の北側。石張りの暖炉があり、天井のデザインもユニーク

デザイン建具
コレクション

2階階段ホールの窓

階段ホールに光を届ける大きな窓。細いラインでシンメトリーな模様が描かれています。

縁側に設けられた花頭窓

仏教建築によく用いられる花頭窓(かとうまど)に、繊細な花の模様が加えられました。

十字架をモチーフにした窓

1階の暖炉横や2階のアトリエ、寝室などに用いられている十字架の窓。外観のデザインに統一感を与えます。

琵琶湖の葦(よし)を使った筬欄間

職人の技が光る筬欄間(おさらんま)。桟(さん)には地元・琵琶湖の葦が使われています。

設計士の視点から

空間によって明暗や天井の高さに差をつけることで、明るさや高さを強調し、豊かな景観をつくることができます。旧伊庭家住宅では室内の明度と庭の明るさのコントラストが見どころ。影を美しいと感じる感性をぜひ参考にしてください。

そんな家主の人柄を表すように、建物の随所にアートな趣向を見ることができます。1階の和室(画像⑥)では、日本画家の高倉観崖(かんがい)の手に成る見事な襖絵が来客をもてなします。手前には菜の花が描かれた「春の図」、裏側には満月やススキなどの風景が描かれた「秋の図」。美しい色彩で大胆に描写された自然の風景は約90年前のものとは思えない瑞々しさ。この部屋で多くの芸術家が集ったのでしょう。同じ和室の床の間には、季節の花とともに慎吉の描いた掛け軸が飾られていました。

⑥「ジャパニーズルーム」と呼ばれる、来客のための2つの和室。戸を開け放つと庭まで視界が開け、心地いい風が吹き込みます

慎吉夫妻は庭に面した小さな和室(画像⑦)を自分たちの部屋として愛用していました。ここでは中央にガラスをはめ込んだ障子によって、庭の景色を一枚の絵画のように見せる意匠も見られます。

⑦慎吉夫妻が使った小部屋。階段下にあたる部分に造り付けの棚や、茶室を思わせる下地窓が設けられています

庭に面した廊下の天井には網代(あじろ)が用いられ、数寄屋風の趣

また、屋根裏を利用してつくった3階部分にはベランダがあり、慎吉が宮司を務めた沙沙貴神社や、繖山(きぬがさやま)を眺めることができます。広大な伊庭家の敷地の中で建築地としてここを選んだのは、これらの景色のためだったのではないかといわれています。

ヴォーリズらしい思いやりの設計と、住む人のアートな感性に彩られた旧伊庭家住宅。関わった人々の思いは100年の時を超えて、現代に生きる私たちの心にも強く響いてくるようです。

オレガノの代表の大野きよ美さん(右)と副代表の城念久子さん(左)、大和ハウス工業の設計士、篠崎幸久(中央)

PROFILE

近江八幡を愛した米国人

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ

[1880~1964](日本名:一柳 米来留/ひとつやなぎめれる)

1905(明治38)年、滋賀県立商業学校(現 八幡商業高校)の英語教師として来日。キリスト教の伝道活動を行いながら、国内外約1600件の建築設計にも携わりました。また、メンソレータム(現 メンターム)の輸入、近江療養院(現 ヴォーリズ記念病院)や近江兄弟社学園(現 ヴォーリズ学園)の設立など、さまざまな社会貢献事業を行い、たくさんの功績を残しました。61歳の時に日本へ帰化し、一柳米来留と改名。1964(昭和39)年に永眠するまで近江八幡の地を終生愛し、地元の人々からも慕われました。

取材撮影協力

オレガノ 近江八幡市 文化振興課

INFORMATION

〒521-1343 滋賀県近江八幡市安土町小中191

TEL/0748-46-6324

休館日/毎週 月・火・水曜日(祝日は開館)
    夏季、年末年始(都合により臨時休館あり)
    ※1・2月は土・日と祝日のみ開館。平日は予約のみ公開

開館時間/10:00~16:00(受付は15:30まで)

2022年10月現在の情報です。

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