森林や木材などの自然に触れると、安らぎや快適さを感じます。
このように「木」のリラックス効果を感覚としては感じ取っていても、
「なぜ?」と聞かれると、はっきりと答えられる人は少ないのではないでしょうか。
しかし、近年「木材セラピー」という研究により、
木材が人にもたらす生理的リラックス効果の科学的解明が進んでいるそう。
そこで世界の木材セラピー研究をリードする、
千葉大学環境健康フィールド科学センターの池井晴美さんにインタビューを実施。
多くの時間を過ごす家において、より快適な空間を作り上げるヒントとして、
木材の生理的リラックス効果や住まいへの取り入れ方などをお聞きしました。
Profile
千葉大学環境健康フィールド科学センター 自然セラピープロジェクト・
特任助教(博士(農学))
池井 晴美先生
専門は自然セラピー学。木材や花き・観葉植物などの自然由来の刺激が人に与える生理的リラックス効果の解明を目指し、研究している。脳活動・自律神経活動・内分泌活動などの生理指標を複合的に用いて、科学的データを蓄積している。
自然環境下で進化してきた人にとって、
都市生活はストレス?
私たちは、人の身体が自然対応用にできているという「Back-to-Nature理論」に基づき、木材セラピーを含めた自然セラピー研究を進めています。
人は600〜700万年という長い期間を自然環境下で過ごし、進化してきました。現在では、人工的な環境に囲まれ便利な暮らしをしていますが、仮に産業革命を都市化・人工化の始まりと仮定すると、その期間はたった200〜300年間の出来事です。人は、99.9%以上を自然環境下で過ごしてきたわけです。
遺伝子は数百年という短い期間では変化しないため、まさに私たちは自然対応用の身体で現代の都市環境を生きていることになり、このギャップが人の身体に生理的ストレス状態をもたらしていると考えています。
そこで私たちが着目したのが、木材をはじめとする自然由来の刺激でした。一連の自然セラピー研究によって、人の身体は自然由来の刺激を受けることにより、無意識に「勝手に」生理的にリラックスすることが明らかになっています。
また、ストレス状態では免疫機能が低下することが知られています。木材は、ストレス状態の改善に寄与するため、免疫機能が回復します。病気になりにくい身体をつくるという「予防医学効果」が期待できるのです。
五感を介した木材セラピー効果
私たちの研究チームでは、脳や身体の生理的反応を計測することで、五感を介してもたらされる木材のリラックス効果の解明を目的に、研究を進めています。具体的には、自律神経活動(ストレス時に高まる交感神経活動とリラックス時に高まる副交感神経活動)、脳前頭前野活動(近赤外分光法による酸素化ヘモグロビン濃度)、内分泌活動(唾液中コルチゾール濃度などのストレスホルモン濃度)を組み合わせて評価しています。今回は、木材由来の「嗅覚刺激(におい)」、「触覚刺激(手掌や足裏での接触)」、「視覚刺激(壁画像)」に関するデータをご紹介します。
嗅覚刺激(におい)
木材由来の揮発成分であるα-ピネンとD-リモネンの嗅覚刺激によって、リラックス時に高まる副交感神経活動が上昇し、生理的リラックス効果がもたらされることが分かりました(図1, 引用文献1,2)。ヒノキの枝葉から抽出した精油(引用文献3)やヒノキの天然乾燥材チップ(引用文献4)においても、生理的なリラックス効果が明らかになっています。
図1:木材由来成分の嗅覚刺激が副交感神経活動に
もたらすリラックス効果引用文献1,2)を改変
五感の中で唯一「嗅覚」の刺激は、感情をつかさどる脳の「大脳辺縁系」に直接働きかける経路があることが知られています。香りを嗅ぐことによって、すぐに大きな感情の変化が生じるゆえんです。木材由来の五感を介した研究においても、嗅覚刺激に関する論文が群を抜いて多く(引用文献5)、多くの研究者が「木の香り」のリラックス効果に注目していることが分かります。
- 引用文献3:Ikei H et al. (2015) J Physiol Anthropol 34, 44 (2015).
- 引用文献4:Ikei H et al. (2015) J Wood Sci 61, 537–540.
- 引用文献5:Ikei H et al. (2017) J Wood Sci 63, 1–23.
触覚刺激(手掌・足裏での接触)
ヒノキの無垢材の手のひらへの接触は、建築素材のひとつである大理石と比べて、脳前頭前野活動を鎮静化させ、リラックスすることがわかりました(図2, 引用文献6)。足裏でも、同様の効果が得られました(引用文献7)。
図2:ヒノキ平板への手掌接触が脳前頭前野活動に
もたらす鎮静効果引用文献6)を改変
また、住宅において、木材は塗装されて使用されるため、塗装材との比較も行いました。無垢材、オイル塗装、ガラス塗装、ウレタン塗装、ウレタン塗装(厚塗)の平板への手掌接触が及ぼす影響を調べたところ、塗装を施していない無垢材は、他の塗装材と比べて、脳前頭前野活動の鎮静化とリラックス時に高まる副交感神経活動の亢進をもたらし、脳も身体もリラックスすることがわかりました(引用文献8)。
興味深いことに、オイル塗装においては、接触前と比べて、接触中の副交感神経活動が高まりました(引用文献8)。オイル塗装は、他の塗装とは異なり、材の表面に塗膜を作らず、しみ込むタイプの塗装です。木材本来の凹凸感が残っていたため、生理的リラックス効果が得られたと考えています。
- 引用文献7:Ikei H et al. (2018) Int J Environ Res Public Health, 15(10):2135.
- 引用文献8:Ikei H et al. (2017) Int J Environ Res Public Health, 13;14(7):773.
視覚刺激(壁画像)
大型ディスプレイを用いて、臨場感のある木材壁画像がもたらす生理的リラックス効果を調べました。「節のある木材壁画像」による視覚刺激は、グレー画像と比べて、脳前頭前野活動を鎮静化させました(引用文献9)。「節のない木材壁画像」でも同様の効果が得られたため、節の有無を問わず、木材由来の視覚刺激によって、生理的にリラックスすることがわかりました。
引用文献9:Ikei H et al. (2020) Sustainability, 12(23):9898.
今回は、日本の代表的な針葉樹であるヒノキのデータを中心にご紹介しましたが、スギやナラでも同様の結果が得られています。「木材の香りを嗅ぐ」、「木材を手や足で触れる」、「木材壁を見る」ことによって、生理的リラックス効果がもたらされることが科学的に明らかになっているのです。
生理的ストレスを軽減する
「受動的快適性」と「能動的快適性」
木材セラピー研究のキーワードの一つである「快適性」についてお話しします。
「快適」「快適性」という言葉は、日常的にもサイエンスにおいても、よく使用されますが、実は、未だ確定した定義はありません。
私たちの研究チームにおいては、快適性を「人と環境間のリズムがシンクロナイズした状態」と考えています(引用文献10)。日常的に私たちは、ある環境下にいるとき、その環境と自分のリズムが一体化し、シンクロナイズしていると感じた時に快適な感じを持ちます。
どなたでも経験したことがあるのではないでしょうか。私も講義や講演をしているときに感じます。取材などのミーティング時においても、聞き手の方が、相槌を打ったり、笑ったりしながら聞いて下さると話が弾みます。当然、対象は、人はもちろんのこと、動物、植物ならびに絵画や音楽等の無生物も含みます。
ここで「木材」と「人」の関係について考えてみます。最初に述べた通り、現代を生きる私たちの身体は、自然体応用にできています。そのため、代表的な自然素材である木材と触れることにより、「自然に」「勝手に」シンクロナイズし、意識することなく快適になってしまうのです。
私たちの研究チームでは、「快適性」を「受動的快適性」と「能動的快適性」の2つの種類に分けて整理しています(引用文献10)。
引用文献10:宮崎良文 (2018) Shinrin-yoku: 心と体を癒す自然セラピー, 創元社.
図3:「快適性」の整理引用文献10)を改変
受動的快適性とは
「暑い・寒い」などの温熱刺激によってもたらされるマイナスの除去を目的としています。冬の寒い日、屋外から暖かい家に帰ると誰もが快適と感じるように、個人差は小さいです。
能動的快適性とは
五感を介した刺激であり、プラスαの獲得を目的としています。木材セラピーを含む自然セラピーも含まれます。例えば、ある香りが好きな人もいれば、嫌いな人もいるように、個人差が大きいことが特徴です。
能動的快適性は、受動的快適性が担保されて初めて感じられるものです。分かりやすく説明すると、冬の公園で防寒対策が不十分な状態で、震えながら景色を眺めても、「癒やされるな」とは思えませんよね。木材セラピーの効果を感じるためには、まず暑さ・寒さ等の受動的快適性を満たす必要があるのです。
近年の住宅においては、多くの場合すでに受動的快適性が担保されています。予防医学の観点からも、ぜひ木材セラピーによる「能動的快適性」に目を向けてほしいと思います。
木を暮らしに取り入れるアイデア
私たちの研究チームでは、木材以外にも、森林、都市公園などの大きな自然から、花き・観葉植物など小さな自然を対象に自然セラピー研究を行い、一連の生理的リラックス効果を確認しています。それに沿って、木材などの自然を暮らしに取り入れる際の重要なポイントをご紹介します。
能動的に自分が「好き」と感じるものを選ぶ
木材セラピーを含めた自然セラピーは、「能動的快適性」の範疇ですので、プラスαを得るためには、待っているのではなく、能動的に探し、自分の求めている木材や自然を知ることが重要です。
住まいづくりに木材を取り入れるなら、木質構造の家を建てる、フローリングに取り入れる、壁の一部や建具に木を使うなど、様々な方法があると思います。フローリングなら靴を脱ぐ日本の文化にもマッチし、足裏接触による生理的リラックス効果も期待できるでしょう。手軽に木材を取り入れる方法として、木製の家具や小物などもおすすめです。日中、仕事などでストレス状態が高まったとしても、家に帰ると木材の力でリラックスできることは、木材セラピーが持つ大きな魅力だと考えています。
木材にあまり興味がない方は、庭やベランダでガーデニングを楽しんだり、室内に花や観葉植物を飾ったり、アロマオイルの香りを楽しんだり、木材以外の自然を用いるのも良い方法です。
私は、木製のスマートフォンケースや名刺入れを愛用しています。名刺は、ヒノキ材を桂むきにして間に和紙を挟んだものです。1枚1枚木目が異なり、ほのかに木の香りがしてリラックスできます。
木の香りを抽出した木材由来の精油、小物や家具などの木製品から木の家まで、木材は身の回りにたくさんあります。ぜひ受動ではなく、能動的に、実際に見たり、触れたり、香りを嗅いだりして、好みの木材を探してみてください。生理的にリラックスした快適な「木材」との生活を楽しんでいただきたいと思います。
編集後記
池井さんのお話から、木材には、私たちの脳や身体をリラックスさせる効果があることがわかり、木材活用による快適な暮らしづくりのヒントを知ることができました。木材の力を取り入れて、さらにプラスαの快適な住まいを実現してみてはいかがでしょうか。
ダイワハウスの関連リンク