古くから奈良県吉野地方で育てられているブランド材・吉野杉。
針葉樹はやわらかく本来家具には向かないと言われますが、
吉野杉の特徴と木工技術を生かして家具づくりに取り組む工房があります。
今回は、曲木(まげき)技術を用いた曲線美が特徴的な工房「studio Jig(スタジオ ジグ)」を訪問。
木工家具の魅力や可能性、作品への想いについてお話を伺いました。
吉野杉の魅力を引き出す技術とデザイン
淡い紅色の木肌がまるで生きているかのようにうねり、なめらかな流線形を描く――背面から脚までひとつながりの曲線は洗練された美しさをもつだけでなく、木の立体的な動きが人の体にフィットし、安定した座り心地を実現します。
この“うねり”は、曲木技術の一種である「フリーフォームラミネーション」という技術を用いてつくられています。ラミネーション(積層)という名前の通り、実はこの木は薄い板を何枚も重ねたもの。これを曲げて3次元のうねりをつくり出せる秘密は、板の重ね方にあります。一般的な積層合板では凸と凹の型に合わせて板を重ねますが、フリーフォームラミネーションでは型がないため、型に縛られることなく自由に木を曲げられるのです。
材料として使用している吉野杉は、杉の中でも高品質なブランド材。4mを超す長尺であっても、まっすぐで節がほとんどなく、強さと美しさを兼ね備えています。「まさに木材界の『優等生』。薄く長い木材を必要とするフリーフォームラミネーションにぴったりの性質でした」と、studio Jig の平井健太さんは吉野杉の魅力を語ります。
家具を考案する際には、長い木材を長いまま使用する、節のない美しい年輪が見えるようにするなど、吉野杉の特徴を生かすようシンプルにデザインしているそう。最小限の曲げで最大限の魅力を出せるように考え抜かれた形状が、美しい流線形につながるのです。
1人掛けチェアの「muji 1seater chair」。吉野杉ならではの幅の均一な年輪が美しくうねる様子がうかがえます
家具づくりに一人で自由に挑戦したい
木と対話しながら、工房で製作に励む平井さん
芸術大学卒業後建設会社で勤務していた平井さんは、企業の一員として働くのではなく、自分で手を動かし、ものづくりがしたいと考えるように。そこで、一人でデザインから製作、販売までできる家具づくりの道へ飛び込みました。岐阜で基本的な技術を学んだ後、アイルランドで造形作家のジョセフ・ウォルシュ氏に師事し、フリーフォームラミネーションの技法を習得。そして、2017年に奈良県川上村でstudio Jig を開業しました。「家具づくりに適した広葉樹は世界的に不足しているため、最初から針葉樹を利用した家具づくりがしたいと考えていました。曲木技術と相性の良い吉野杉と出会い、川上村に移住。産地に住むことで木材が手に入りやすくなりますし、完成した家具にもストーリーが宿ると感じます」と平井さん。
日本は戦後の木材需要の急増により、広葉樹林を針葉樹の人工林に置き換える拡大造林を行いました。その後、安い外国産木材の輸入に押されて林業が衰退したことで、国内に針葉樹が豊富にあるにも関わらず、日本はせっかくの資源をうまく活用できずにいます。「吉野の林業は、世界に誇れる歴史をもっていると感じます。杉は主に建築資材として利用されることが多いですが、工法や技術を組み合わせ、想像以上の価値を発揮する可能性を秘めています。私の家具を広めていけば、新しい杉の活用方法を思いつく人もいるかもしれません。家具づくりから、少しでも林業再生に貢献できるとうれしいです」
構想時には、必要に応じて図面やスケッチを描くこともあるそう
大小さまざまのかんな。曲面を削るため、小さいかんなの方をよく使うそうです
多様な形のアルミニウムのプレートから、独自の発想が生まれます
フリーフォームラミネーションを用いた
木工家具の製作工程
① 模型づくり
アルミニウムのプレートを使い、手のひらサイズのスケールで家具の形状を試行錯誤します。金属には形状記憶の性質があるため、模型をつくりやすいそう。
② ドライラン(試作)
薄い一枚の板を曲げ、実寸大で形を構成します。幅や曲げ方などを検証し、おおよその形を決定。そして、その形を実現するために必要な治具(じぐ)を作ります。
※工房名の由来にもなっている「治具」とは、製作を補助するための道具。曲げる、削るなどサポートする用途によってさまざまな治具があり、多くは特定の場面でしか活用できません。そのため、治具は一つひとつ平井さんの手作りです。
③ 製作
フリーフォームラミネーションの技術を用いて、薄い吉野杉の板を十数枚重ね合わせ、合板を曲げていきます。木の性質や作業日の天気によって、曲がり方はさまざま。トライ&エラーを繰り返し、平井さんの感性と木の個性がうねりとなって現れます。
④ 仕上げ
最も時間のかかる工程が仕上げです。木材の表面を整えたり、塗装を施したりします。塗装には撥水セラミック塗料を使用。塗料が杉の中にまでしみこんで耐久性を底上げしてくれます。新しい作品をつくる場合は、一度完成した後に座り心地などを検証し、何度もつくり直します。
常識を変える新しい家具づくりを
平井さんの作品は、一般家庭から店舗、マンション、ビルなどさまざまな場所で愛されており、吉野杉でつくった作品の良さを全国に伝えています。中でも、座椅子や低座椅子は座り心地と意匠性の高さから、旅館などから多くの注文を受ける人気商品。できるだけ常に同じ形になるように、また価格も抑えられるように設計されているため、数脚そろえて統一感を出せるところが特徴です。
座面の青が映える低座椅子は、座張りまで平井さんが手掛けています
一方、二人掛けのイス「muj i2seater chair」は、木の曲がり方が一つとして同じものはないセミオーダー品です。平井さんの感性や木の性質、その日の天候などにより想像を超える曲がり方をすることもあると言います。mujiとは、業界用語で無節(節がない)という意味。節のない吉野杉の美しさが際立つデザインに魅了されます。
奈良県コンベンションセンター(奈良市)に置かれている長さ4mものベンチも平井さんの作品です。このベンチのコンセプトは、調和。「吉野杉は木材としては『優等生』ですが、逆に木材一つひとつの個性があまりありません。個性のあふれる木材と組み合わせるとどうなるんだろうと思って、この作品を作りました」と平井さん。座面に使用しているのは、曲がって、割れて、節もある杉の天然一枚板。一般的には木材として「劣等生」であるはずの木材が吉野杉と“調和”したことで、唯一無二のベンチができあがりました。
2人掛けの「muji 2seater chair」は、「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 2018の注目の匠」選出作品
背板の吉野杉が大きくうねることで、両側からベンチに座れます
近年は椅子だけでなく、アート作品の製作にも力を入れています。フリーフォームラミネーションは木の曲がり方が一定でないことから、一点物と相性が良いのだそう。2019年には次世代の伝統工芸に取り組む人々を応援するプロジェクトに参加し、建築家の隈研吾さんとのコラボレーション作品を発表しました。隈さんがデザインした模型をもとに、平井さんが制作を担当。全長88mという長さの板を使用し、ぐるぐると何重にも曲線を描いたオブジェをつくりあげました。「隈さんも、長く、節がないという吉野杉のすばらしさをできるだけ生かそうとデザインされたのだと思います」
パン工房らしい、小麦をイメージしたオブジェ「実り」
右:隈研吾さんとのコラボレーション作品「GURU-GURU」は、京都・平安神宮額殿で展示されました
左:ビルが建つ際に伐採せざるを得なかったケヤキの木材を使って、エントランスにオブジェ「承継」をつくりました
今後も吉野杉の可能性と向き合い、自分の感性の赴くままに家具やアート作品の製作を続けたいという平井さん。「海外でハイエンドな手作り家具の存在を知れたおかげで、木工作家としての道が拓けました。既成概念をくつがえすようなものづくりを通して、社会に影響を与えられるとうれしいです」。確かな技術と美しい木材でまったく新しい家具づくりを追究してきた平井さんは、これからも吉野の地で挑戦を続けます。
自然の木の枝ぶりと人工的な曲線の対比が美しい飾り棚「渦紋IV」
PROFILE
平井 健太さん(ひらい けんた)
1984年静岡県生まれ。2007年に京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)環境デザイン学科を卒業後、建設会社で勤務。飛騨高山とアイルランドで木工技術を学び、帰国後は2017年奈良県川上村でstudioJigを開業。国際家具デザインフェア旭川2017ブロンズリーフ賞受賞。ウッドデザイン賞2017優秀賞(林野庁長官賞)受賞。
2023年2月現在の情報です。