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特集 蘆花浅水荘(ろかせんすいそう)

巨匠が描いた湖畔の別邸

明治から昭和初期にかけて活躍した京都画壇の巨匠、山元春挙(やまもとしゅんきょ)。
多くの作品が生まれた滋賀県・大津の別荘は、当時の姿のまま、湖西の風を受け、たたずんでいます。

琵琶湖のほとりに建つ唯一無二の数寄屋建築

琵琶湖に面した町・膳所(ぜぜ)に生まれた山元春挙は、近代京都画壇を代表する画家の一人です。10代の頃から多くの展覧会で受賞し、20代前半には竹内栖鳳(せいほう)と並び日本画家の大家として名をはせました。華やかな色使いでダイナミックな山岳風景を描き出し、多くの作品が宮内庁御用画となったことや、フランス政府から勲章を受章したことでも知られています。 

蘆花浅水荘は、春挙が別邸として建てた数寄屋造りの近代和風建築です。出生地にほど近い土地を購入し、建築に着手したのは43歳の時(1914・大正3年)で、完成したのは50歳の時(1921・大正10年)。約7年の歳月をかけて作り上げた別邸は、芸術家らしい美意識と遊び心が詰め込まれた、唯一無二の作品ともいえます。柱や天井、窓ガラスなどが創建当時のまま美しく保存されており、1994(平成6)年には国の重要文化財に指定されています。現在は記恩寺という単立寺院となっています。

「別邸を建てたのは、大作を描くための広いアトリエが欲しい、ということが理由の一つにあったのでしょう」と話すのは、孫にあたる山元寛昭さん。現在の山元家当主であり、蘆花浅水荘の案内役を務めておられます。春挙は自ら設計を手がけ、京都の大工・橋本嘉三郎と共に、自身が理想とする別邸を作り上げていったのです。蘆花浅水荘2階のアトリエからは多くの作品が生まれ、昭和天皇即位時の大嘗祭のための『主基地方風俗歌屏風』も制作されました。琵琶湖のほとりに建つこの別邸で、時には湖を渡る風や波音に耳を傾けながら、創作と向き合っていたことでしょう。

大津市指定名勝にもなっている庭園は、七代目小川治兵衛と並び称されたという庭師・本位政五郎によるもの

計算し尽くした芸術的な建築美

1階の書院・仏間に足を踏み入れると、琵琶湖を借景とした庭園が目に飛び込んできます。ガラス戸に切り取られた庭園は、まるで屛風絵のよう。視線を遮らないように背の低い松が植えられ、近江富士と呼ばれる対岸の三上山も望めます。琵琶湖と接するように作庭され、創建当時は築山のすぐ向こうに波打ち際が迫っていました。築山の裏には船着き場跡が残されており、雄大な琵琶湖へと小舟で漕ぎ出す春挙の姿が目に浮かぶようです。

極力柱をなくし、すっきりとした構造にすることで、窓から望む庭園を美しく引き立たせています

庭園に面した入側の先には6畳間「莎香亭(しゃこうてい)」があり、その西側には1畳半ほどの小部屋が連なっています。「無尽蔵(むじんぞう)」と名付けられたこの空間は、作品の構想を練るための書斎として使われていました。「おこもり感のある雰囲気に魅了される見学者は少なくありません。ぼんやりと物思いにふけってみてください」と寛昭さんは語ります。

入側の船底天井には約10mの北山杉が用いられています。「屋形船に乗った気分で庭園を楽しんでほしいという、ゲストに向けた粋な計らいが感じられます」と寛昭さん

「無尽蔵」内のふすまや地袋の梅は春挙が描いたもの。天井には竹の網代(あじろ)が用いられています

「茶目っ気・洒落っ気のある春挙は、細かい部分にまで自身のこだわりを反映させています」という寛昭さんの言葉通り、ユニークな工夫が凝らされた内装も見どころの一つ。書院と仏間、そして「残月の間(茶室)」のふすまの引き手を見ると、それぞれ満月、半月、三日月の形をしており、取り付けられている高さも微妙に異なります。引き手のデザインで月の満ち欠けを表現する、春挙ならではの風流な仕掛け。来訪者を楽しませようというサービス精神が感じられます。

随所に光る巨匠の遊び心

中庭に茂る竹とふすま絵の竹、現実と幻想の竹林を同時に眺められます

春挙がデザインした松の唐紙に千鳥の引き手。松林を小鳥が自由に飛び回っている様子が表現されています

満月、上弦の月、下弦の月、三日月をイメージした引き手

竹がはめ込まれた円窓。障子を閉めると満月に浮かぶススキのような趣に

こだわりの素材を慈しむ

床の間上部の落とし掛けには曲がった竹が用いられ、表情豊かな趣に

自然に曲がった竹を床の間の装飾に。春挙はユニークな素材を収集するのも得意だったようです

画家が過ごした日々の記憶をたどって

蘆花浅水荘の完成後、多くの時間を別邸で過ごしていた春挙。数人の内弟子を連れて、よく浜大津の繁華街へと出かけていたそう。寛昭さんも「父親からは、陽気で社交性のある人だったと聞いています」と笑います。

春挙は新しい試みを積極的に取り入れた画家でもありました。当時まだ珍しかったカメラを持って山へ登り、写真を撮って風景の切り取り方を作品に生かしたといいます。伝統的な日本画に、西洋的な遠近法や写実描法を加えながら、独自の画風を確立していったのです。また、春挙が描く鮮やかで透明感のある青色は「春挙ブルー」と呼ばれ、その発色方法は現在も解明されていません。2階のアトリエの隅に現存する造り付けの顔料キャビネットからは、いかに青色にこだわっていたかが分かります。

かつての主人の芸術的感性が反映された蘆花浅水荘は、現在ギャラリーやお茶会の会場としても利用されています。春挙が残した「美術工芸家その他の人々の集会場に開放し十分利用してもらいたいと希望している」という言葉を受け、交流の場・文化発信の場となっているのです。

オリジナルの回転式顔料キャビネット。鮮やかな顔料がずらりと並んでいます

現在も蘆花浅水荘で暮らしながら建物の維持管理を担う寛昭さんは、「多くの人が来訪し『面白かった』と言ってくださるのが何よりうれしい。建物の建築的・歴史的価値を伝える楽しみと、伝えねばならない義務を感じています」と語ります。湖の波紋がゆっくりと広がっていくように、文化の記憶を紡ぐ蘆花浅水荘。これからも静かに時を刻み、訪れる人々の心を豊かにすることでしょう。

板の木目を富士に見立てた作品。よく見ると小さく木々や登山者が描かれています

天井が高く広々とした印象の2階洋間。山元家の家紋・桔梗があしらわれたシャンデリアや家具も当時のまま

アトリエは洋間を上回る大空間。作品や下絵、画材が残されており、春挙の画才を感じることができます

春挙が実際に使用していた筆

京都画壇の大家 山元春挙の足跡

1871年(明治4年)
11月24日、滋賀県の膳所に生まれる。
1883年(明治16年)
野村文挙に入門し、雅号を春挙とする
1885年(明治18年)
文挙と共に、森寛斎に師事する。
1891年(明治24年)
竹内栖鳳、菊池芳文らと共に京都青年絵画共進会を再興。
1895年(明治28年)
生駒ため(匡子)と結婚。
1901年(明治34年)
第七回新古美術品展に『法塵一掃』を出品、一等二席となる。
1914年(大正3年)
蘆花浅水荘の造営に着手。
1925年(大正14年)
大正天皇の銀婚式に際して『智仁勇』を描く。
1926年(大正15年)
フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章が贈られる。当時のフランス駐日大使、ポール・クローデルが蘆花浅水荘に訪問。
1928年(昭和3年)
昭和天皇大嘗祭(だいじょうさい)に用いる『主基地方風俗歌屏風』を描く。
1933年(昭和8年)
7月12日、61歳で死去。

春挙の哲学が表れた蘆花浅水荘の見どころ

玄関を上がって右手に位置する茶室「残月の間」。天井と障子の腰板に施された竹の網代(あじろ)が、シンプルな茶室にアクセントを加えています。畳に座り視線を落とすと雪見障子を通して庭園が目に入り、お茶と庭園を同時に味わってほしい、という春挙のおもてなしの心が伝わってくるようです。

船底天井を渡る真っすぐな北山杉は、現代では入手困難な銘木。根元の太さに比べて先端側は少し細くなっており、根元側から見ると遠近感がより強調されます。

建物の北東に位置する「莎香亭(しゃこうてい)」の障子戸を開けると濡れ縁が設けられており、その足元には手水(ちょうず)鉢が。中秋の名月が水面に映り込むよう計算して置かれているそうで、春挙のこだわりには脱帽です。

障子の開閉による表情の変化が楽しい「竹の間」の円窓。窓辺に腰を下ろすと、ススキを模した竹、中庭に植えられた梅、廊下のガラス戸の先に見える松が重なって、松竹梅が同時に楽しめます。

春挙は竹を特に好んで建物の装飾などに採用しました。「竹の間」に造り付けられた書棚の取っ手は錠のような形状になっており、竹をくり抜いて作られたもの。創建当時から「竹の間」を照らしてきた照明器具は、丸竹を組み合わせたシンプルなデザインです。

広々としたアトリエは格式高い格(ごう)天井が印象的。天井の隅は緩やかなカーブを描いており、柔らかい雰囲気を演出しています。

かつて蘆花浅水荘の敷地は琵琶湖に直接面していましたが、湖岸が埋め立てられ道路が開通したことで分断されてしまいました。春挙が愛した景観は失われたものの、庭園には船着き場跡が残されており、往時の雄大な景色がしのばれます。

蘆花浅水荘(記恩寺)

〒520-0837
滋賀県大津市中庄1-19-23
TEL/077-522-2183
開館時間/10:00~16:00
※見学は電話での事前予約が必要です
休館日/不定休

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