最新素材CABKOMAが耐震補強に使われる理由は、重要文化財を傷つけないから
今回の耐震補強・補修工事が行われた重要文化財「経蔵」は、木造平屋建て、1759年に建立され、今年で築258年となる。1847年にマグニチュード7.4の善光寺地震、直近でも共にマグニチュード6.7を記録した2011年の長野県北部地震、2014年の長野県神城断層地震を経験しており、今後も近くを走る「信濃川断層帯」や「糸魚川-静岡構造線断層帯(北部)」などが引き起こすであろう地震の影響は避けられず、喫緊の対策が求められていた。
今回行われている補強工事の中で、天井面を強くして耐震性を高める目的で、炭素繊維ロッド「CABKOMA」は利用された。ブレース(筋交い)と呼ばれる、建物の壁面や天井面に鉄筋などがクロスして取り付けられているのを見たことがある方もいるだろう。天井・屋根の部材が地震でバラバラにならないように、耐震ブレースを取り付けるのが今回の工事だ。
木材の隙間に見える、黒いX字状の細い線が、CABKOMAによる耐震ブレース
黒く見えるのは鉄の色ではなく、ゴム状の樹脂に覆われているため。
耐震ブレースに使われたCABKOMAの断面サンプル。
江尻憲泰 氏
有限会社江尻建築構造
設計事務所 構造家
CABKOMAが今回の耐震補強工事に使われた理由を、構造設計を担当された構造家、有限会社江尻建築構造設計事務所の江尻憲泰氏に伺った。
「まず、軽量で強度が強いことです。経蔵は木造の建物ですから、鉄筋によるブレースを使用すると、その分、歴史ある建物に重みという負荷がかかりますが、炭素繊維ロッドは軽い分、負荷を軽減できます。また、それ自体の剛性も鉄より木材に近く、自重が軽いので長くてもたわみが少なく、建物を傷つけにくいメリットもあります」(江尻憲泰氏)
「また、錆びない、劣化しない、結露しないことも、建物にダメージを与えないというメリットになります。そして意外と見落としがちなことになりますが、鉄筋ブレースの場合は真っ直ぐな棒状のものになり、折り曲げたりはできないので、今回の経蔵のように、狭く入り組んだ場所では、設置場所に運んでくるだけで一苦労です。いざ取り付けるときも、他の柱や梁などを傷付けないようにする対応に時間も手間もかかります。それが炭素繊維ロッドならば、ロール状に丸めた状態で搬入できるので、貴重な重要文化財を傷付ける危険が減ります」(江尻憲泰氏)
写真を見ていただくとおわかりのように、実際にブレースが設置された屋根の底面は、柱や梁が複雑に入り組んでおり、曲げの効かない鉄筋ブレースの場合は、柱や梁を削ったりしないと通せないようにも見えた。巻いて持ち運べるCABKOMAなら、その心配もなさそうだ。
炭素繊維ロッドを使ったこれまでにない耐震補強工事
中山賢一 氏
小松マテーレ株式会社
代表取締役会長
今回の補強工事は、重要文化財への工事であるため、所有者の善光寺も勝手に行うわけにはいかない。公益財団法人「文化財建造物保存技術協会」と連携し、伝統ある宮大工たちが慎重に作業を行っている。
この炭素繊維ロッド「CABKOMA」を開発した、小松マテーレ株式会社の中山賢一代表取締役会長にもお話をお伺いすることが出来た。
「ロボットアームに使われる鋼鉄製のワイヤを、炭素繊維複合材に変えることができれば稼働時のエネルギー負荷軽減になるというお話から、CABKOMAの開発を始めました。いずれ建築の世界に参入できるという手ごたえもあり、量産体制も整えています。そして、旧本社棟改修プロジェクト「fa-bo(ファーボ)」の工事で実際に初めて使い、今回は木造建築の補強として世界初。もちろん、国宝や重要文化財の補修・補強工事に炭素繊維素材が使用された例としても初めてとなります」(中山賢一氏)
小松マテーレの旧本社棟改修ファブリック・ラボラトリー「fa-bo(ファーボ)」プロジェクトは、建築家の隈研吾氏、今回の経蔵にも携わった構造家の江尻憲泰氏、石川県や東京大学工学部などの産官学が連携して、耐震性と意匠性を同時に実現させたプロジェクトとして注目されている。
隈研吾氏がこのプロジェクトに関わったのは、小松マテーレの環境共生素材(保水セラミックスパネル)「greenbiz®(グリーンビズ)」が東日本大震災の復興施設の屋根に使われているのを見たのがきっかけだという。
※greenbiz®は小松マテーレの登録商標です。
小松マテーレファブリック・ラボラトリー「fa-bo」
耐震補強用の炭素繊維素材を、あえて外壁に使用した斬新なデザインは隈研吾氏によるもの
素材としてのメリットが多い炭素繊維素材は、建立から何百年も経過した、繊細な国宝や重要文化財の建造物の工事に使われることが今後も見込まれる。現在の日本は、歴史的な建造物に限らず一般的な建築においても、建築材料の多くを輸入に頼っている状況だという。
炭素繊維素材は、メイド・イン・ジャパンの有力な建築素材であり、軽く、強く、錆びない特徴は国際競争力も兼ね備え、未来への可能性を秘めたものと言えそうだ。日本の建築基準法では、炭素繊維素材が補強工事の材料としては使えるが、建物そのものを構成する建築材料としての認可は現在されていない。数百年単位で今も残る建築が多数行われてきた日本で、建築材料としての認可が下りれば、建築の明るい明日を照らしていく材料になるのではないだろうか。
産業廃棄物をリサイクルしたサステナブルな建築材料
本文にも登場する「greenbiz(グリーンビズ)」は、小松マテーレが製造し、大和ハウスグループの大和リース株式会社が販売業務で協業しているプロジェクトだ。greenbizは小松マテーレの染色工場から副産物として排出される産業廃棄物(余剰微生物)を原材料としたリサイクル素材。高い保水力を持ちながら、透水性や断熱性、遮音性にも優れている超微多孔発泡セラミックス素材で、屋上緑化や壁面緑化の基盤材としても使われる。
greenbizの設置例(船橋整形外科病院 屋上緑化)
greenbizは「fa-bo(ファーボ)」の屋上緑化に使用されており、建築家の隈研吾氏は、「繊維的な柔らかさがあり、多孔質の独特な風合いも面白い。何より軽く、これを張ることで建築の耐久性が向上し、建物が緑をまとうための究極の増築素材だと直感した」と、「fa-bo」に使われた経緯とともに、greenbizを評している。
また、この小松マテーレと大和リースの協業プロジェクトのひとつとして、2016年4月からは、香りを付加した機能を持つ内装材「AROMABIZ®(アロマビズ)」が販売開始されている。
greenbizを基盤材とし、芳香液(アロマ)を吸着させたもので、室内に持続的に香りが漂う素材だ(1ヶ月に2度、芳香液の噴霧が必要)。室内の場所を選ばず芳香が可能で、素材の持つ土壁調の質感を生かしたデザイン性の高い内装材として室内空間を演出してくれる。
※AROMABIZ®は小松マテーレの登録商標です。
「AROMABIZ」の施行例(大和リース本社のトイレ内壁面に使用)
文/宮坂太郎 写真/福田栄美子