もりおか啄木・賢治青春記念館(旧第九十銀行)
啄木と賢治の青春に思いを馳せる小さな博物館
石川啄木と宮沢賢治が青春の日々を過ごした岩手県盛岡市。街の中心部には中津川が流れる。その川に架かる中の橋近くに、2人の名を掲げた小さな博物館が建っている。
啄木は明治30年代に、賢治は明治40年代から大正にかけて旧制盛岡中学校に学んだ。盛岡に洋風の近代的な建物が建ち始めた時代である。2人は変わりゆく街の息吹を肌で感じながら、このあたりを歩いたのではないだろうか。そんな想像が膨らんでくる。
建物は、れんが造2階建。直線的でシンプルなデザインの中にも、随所にモダンな意匠が見受けられる。もとは明治43年(1910)に完成した旧九十銀行本店本館。設計者は、盛岡市出身の若き建築家・横濱勉である。平成14年(2002)に復元修理され、「青春館」として生まれ変わった。
かつて銀行として、その役目を果たしていた建物だが、現在はその面影を残しながらも、こぢんまりとして心地よい空間となっている。1階は常設展示室や映像体験室などのほか、「あこがれ」と名づけられた喫茶スペース。2階の展示ホールでは、企画展示やクラシックの演奏会、朗読会などが行われる。
常設展示室の天井には、第九十銀行のマークだった桜の図案のレリーフが施されている。分厚い扉があるのも、銀行だった名残だ。でも今は、啄木と賢治の資料の数々が、あたたかな色あいの照明に照らされている。まるで2人が、静かに語りかけてくるかのようだ。
思わず目が行くのは、館内5カ所に設置されているという暖炉。そのどれも、まったく異なるデザインなのが心憎い。外国製タイルなどを使用しているが、中には目を見張るほど鮮やかな色彩のものもある。銀行という固いイメージを和らげ、おしゃれに見せたいと、設計者が考えたのではないか。そう思わせる美しさだ。
2階へといざなう階段の手すりは、緩やかに、そして流麗なカーブを描いている。踊り場の上の窓は、新しいガラスと当時のものとが並ぶ。古いガラスから見える風景は、少し揺らいで見える。新しいものから見える景色との対比が興味深い。
館内をひとめぐりして、深呼吸してみる。当時と同じ空気にふれている気分を味わうためだ。そのうちに、稀有な2つの才能が暮らし、こよなく愛した街をあらためて歩きたくなった。ドアを押し、外に出た。
rakra2009年1月号掲載
2008年12月頃撮影
【あこがれ】啄木の処女詩集の名を持つ喫茶スペースは落ち着いた雰囲気だ。
【暖炉】時を経ても色鮮やかなタイル。
【階段】手すりが描く緩やかなカーブは、思わず見とれるほど。
【桜】九十銀行のマークが1階の天井を飾っている。