a slowly dish
その名の通りピリッと辛い「南蛮もち」は岩手県奥州市江刺区の下餅田地区だけに伝わる郷土料理。
めでたい宴席の締めを飾った米どころならではの一品です。
岩手県で「餅料理」や「餅振る舞い」といえば一関市周辺が有名ですが、奥州市江刺区餅田地区でも結婚式などのおめでたい宴席には、あんこ餅や納豆餅など数種類の餅料理が振る舞われたのだとか。そして締めの一品には、唐辛子を使った「南蛮もち」(500円)が供されました。
「南蛮もち」は、醤油ベースの具だくさんの汁に餅を入れた料理。一見雑煮風なのですが、食べると見た目以上に、唐辛子のピリッとした辛みが舌を刺激し、食欲を促します。
「お酒を飲む男性たちも食べられるようにということで、辛い味に仕上げたのでしょうね。本来はもっと辛い『激辛料理』なのですが、それではお客様が食べられないだろうと、これでもだいぶ辛みを抑えてあるんですよ」とほほえむのは高野司さん。高野さんは同地区の農家の人たちと一緒に営農組合をつくり、地元産のソバを使った手打ちそばとともにこの郷土料理を提供する『そば処 もちた屋』を運営しています。
高野さんによると、餅田地区には上餅田と下餅田の2区がありますが、「南蛮もち」が伝わるのは高野さんたちが住む下餅田地区だけなのだとか。しかも、江戸時代から食べられているそうです。今でこそ減反対策でソバを栽培していますが、「金札米」で知られる江刺区内とあって、本来は米どころ。餅料理が伝わっているのも不思議ではありません。
家庭料理である「南蛮もち」は、具の種類やだしのとり方が家によって多少異なりますが、具をさいの目に切ること、主に鶏肉のだしを使うこと、醤油で味付けすることは共通しています。同店では具として鶏肉、人参、ゴボウ、椎茸、油揚げ、豆腐、セリを使用。餅も自家製です。
自宅で結婚式をあげるという風習がなくなり、また、核家族化が進んだこともあって、「南蛮もちが家庭で作られたり食べられることはほとんどなくなった」と残念そうに話す高野さん。それだけに、同店は伝統の味を守り伝える貴重な一店となっています。
文/赤坂環
撮影/奥山淳志
rakra2008年2月号掲載
2008年1月頃撮影
「南蛮もち」の主役、自家製餅と唐辛子。5人前の「南蛮もち」に使うのはたった1本という唐辛子は、かなり辛い品種のよう。
冷えた身体をあたためてくれる、寒い冬にはぴったりの一品。一方暑い夏でも、辛味が食欲を刺激してくれます。
カウンター、テーブル席、小上がり席のある、明るく清潔な店内。
高野司さんと女性スタッフの皆さん。スタッフが打つ、看板メニューの二八そばも大人気です。