目指すは八幡平の秘湯
松尾八幡平ICから八幡平温泉郷を通り、県道215号を上る。カーブは多いが、赤や黄に彩られた紅葉が目を楽しませてくれる。山特有の冷たさを感じ始めた頃、ほんのりと硫黄の匂いがしてきた。「目的地は近いぞ!」と頬が緩む。
松川温泉には「松川荘」「峡雲荘」「松楓荘」の温泉宿があり、松川渓谷に寄り添うようにひっそりと佇んでいる。今回は、松川荘に泊まることに。チェックイン後、ひと休みしたら、タオルを持ってフロントへ。
「入浴手形をお願いします」と女将の平栗カヨ子さんに頼む。松川温泉では、3軒の宿のどれかに泊まると、ほか2軒の温泉にも無料で入浴できる「入浴手形」を発行している。女将が手形の裏に「松川荘」のハンコを押してくれる。
「いってらっしゃい」と見送られ、目指すはお隣。歩いて5分の峡雲荘だ。
人情にふれる湯浴み
峡雲荘は、ホテル風の外観だが、中に入ると古民家風で、懐かしい雰囲気が漂う。フロントで入浴手形を見せ、混浴露天風呂「駒鳥の湯」へ。
松川温泉の近くには、日本初の地熱発電所「松川地熱発電所」があり、巨大な冷却塔から白い蒸気が立ち上がっている。この光景を入浴しながら見られるのは、峡雲荘の混浴露天風呂のみ。脱衣所は男女分かれており、湯は乳白色なので、女性でもさほど気にならない。大きな岩を配した湯船は、広く開放感がある。白濁の湯は始め、ピリッとするが、徐々にじわじわとしてくる。硫黄の匂いが鼻をくすぐり、大地の力を感じる。
農家をしているという夫婦2組と知り合った。天気が思わしくないときは、農作業を休んで4人で来るそうだ。
「外の風呂は空気が通って、風景が見えていいよなぁ」と笑う。湯に浸かりつつ、よもやま話に花を咲かせていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。秋の日脚は短い。夕暮れになる前に松川荘に戻ろう。
夜の露天を楽しむ
松川荘は、温泉遺産を守る会の「温泉遺産」の源泉かけながし風呂部門で認定された宿。湯の良さもさることながら、地元の食材を使った料理も人気で毎年、長期滞在する遠来のお客が多い。夕食には、ほろほろ鳥の鍋をつつき、イワナの塩焼きにかぶりつく。うまい!
松川荘に泊まるにあたり、楽しみにしていたのは、夜の露天風呂。明かりが灯った行灯、夜空には月。幻想的な眺めで、夜しか味わえない風情があり、いつまでも浸っていたくなる。湯が湯船に流れ込む音、川のせせらぎ、そよそよと吹く風に癒されていく。ここで、忘れてならないのは、湯浴みの前に売店で卵を買うこと。露天風呂の前にある「たまごの館」に卵を入れた籠を沈める。湯上がり後には、ゆで卵の出来上がりだ。
翌日、朝食をいただいたのち、チェックアウト。女将に見送られ、最後は松楓荘へ。
山小屋風の松楓荘は、松川温泉でもっとも歴史が古く、地元では「与助の湯ッコ」とも呼ばれ、親しまれている。ここの名物は別名「洞窟風呂」と呼ばれる岩風呂だ。館内の裏手にかかる吊り橋を渡った先にある。ノスタルジックな館内を通り、吊り橋を渡ってゆくとき、探険気分でワクワクしてくる。
松川温泉には3軒の温泉宿があるが、いずれも個性的で、温泉の醍醐味が堪能できる。はしご湯でそれぞれの魅力を楽しむという贅沢な時を過ごせるのも、ここならではだろう。
rakra2009年11・12月号掲載
2009年10月頃撮影
松川荘
岩手県八幡平市松尾寄木松川温泉
TEL 0195-78-2255
・日帰り入浴時間/7:00~19:00
・日帰り入浴料/500円
・宿泊/10,000円~(1泊2食付・トイレなし)12,750円~20,000円(1泊2食付・トイレ付)
峡雲荘
岩手県八幡平市松尾寄木松川温泉
TEL 0195-78-2256
・日帰り入浴時間/8:00~20:00
・日帰り入浴料/500円
・宿泊(基本料金、1泊2食付)/10,650円(トイレなし)、12,750円(トイレ付)
※盆・正月・ゴールデンウィークは別途設定あり
松楓荘
岩手県八幡平市松尾寄木松川1-41
TEL 0195-78-2245
・日帰り入浴時間/8:00~20:00
・日帰り入浴料/500円
・宿泊/8,500円~(1泊2食付)
※平日料金は6,800円~(1泊2食付)
http://www.hachimantaishi.com/~shofuso/
ロイヤルシティ八幡平リゾートより約10km
日本秘湯を守る会に入っている宿(峡雲荘)
混浴露天風呂では、色付いた木々の間から松川地熱発電所の冷却塔が見える(峡雲荘)
内湯には、湯が出るカランがなく、木製の枡から湯を汲んで使う(峡雲荘)
夕食には八幡平の幸を使った料理が並ぶ。食事処「源太」もあり、昼は「山菜そば」や「きのこそば(季節限定)」などが味わえる(松川荘)
夜には情緒的な風情を見せる露天風呂は、朝や昼もいい。乳白色の湯と紅葉のコントラストが美しい(松川荘)
温泉に卵をしずめると……。湯上がり後にゆで卵の出来上がり(松川荘)
創業は寛保3年(1743)という「松楓荘」。昔は湯治客で賑わい、時代が下ってはスキー客が訪れたという(松楓荘)
岩風呂の湯船は、岩をくり抜いたような感じで、女性限定の時間帯もある。
毎月ここに来るという男性に会う。温泉ファンと知り合い情報交換をする。こんな出会いもいいものだ。