赤れんが館
のびやかな漆喰のレリーフが描く、ある銀行の物語
呉服問屋などが立ち並んでいた秋田市大町に明治45年(1912)、赤れんが造りの建物が姿を現した。
旧秋田銀行本店本館。
見上げれば、ルネサンス様式を基調とした華麗な外観。白色の磁器タイルと深みのある赤れんがに切り石積みの男鹿石がストライプを添える。その鮮やかな姿は、当時の人々の目にどのように映ったのだろう。
「大町は秋田における商業の中心地でした。ここに全国各地から木材や石材を運び込み、建築に3年、当時の金額で5万円を費やした一大事業。銀行の威厳や信頼感の象徴だったと思います」
当時の大町界隈の写真を示しながら、赤れんが郷土館学芸員の眞井田宏彰さんはそう話す。れんが造りの2階建ては、秋田県技師の山口直昭が設計した赤と白のコントラストが美しい。その荘厳な洋風建築に明治期の人々は見とれ、中に足を踏み入れてさらに驚いたことだろう。
まるで透き通るかのような白壁が包み込むホールは、かつて営業室として使われていた。高さ9メートルもの吹き抜けは、三角形を基本に部材を結合させる「トラス工法」で構成され、柱は一本もない。2階部分に回廊がめぐらされ、天井に施された漆喰のレリーフはのびやかに、優雅に頭上に広がる。
バロック様式を取り入れたこの内部設計は、星野男三郎によるもの。正面入り口上部をはじめ、随所に見られる漆喰や木彫による装飾を眺めていると、どこかの洋館に招き入れられたような気分になる。腰壁の緑色蛇紋岩や暖炉の霰石をはじめ、ふんだんに使われている大理石などが醸し出す静けさと、積み重ねてきた時間の重みが壮麗な雰囲気を漂わせる。
昭和44年まで使われていた営業室から区切られて、連日、顧客が訪れていたであろう客だまりの空間もある。営業室と、客だまり。この二つの空間でかつて多くの人が動き、往来していたことを想像すると、このホールは機能的な営業室よりも華やかな舞踏場のようにも思えてくるから不思議だ。
赤れんが館は、秋田市立赤れんが郷土館を構成する建物のひとつ。赤れんが館、新館、収蔵庫のうち重要文化財に指定されているこの建物は旧秋田銀行本店本館として明治42年に着工、45年に完成した。明治期の貴重な洋風建築として「ぜひ遺してほしい」と願う多くの人々の声が赤れんが館の荘厳な姿を支えてきた。昭和56年には秋田市に寄贈され、修復ののちに市立の郷土館として開館。新館2階では秋田の歴史、民俗、美術工芸に関する企画展を、また秋田を描いた版画家・勝平得之記念館や人間国宝の鍛金家・関谷四郎記念室を併設して一般に公開している。
年に一度だけ、この吹き抜けのホールが人々でうめつくされる1日がある。「クラシック・コンサートでの音は想像以上に響きがよく、大好評です」と眞井田さん。赤れんが館はその日、音楽ホールに姿を変え、奏でる音色は優雅なレリーフのあいだを流れていく。
rakra2007年9月号掲載
2007年8月頃撮影
秋田市赤れんが郷土館
秋田県秋田市大町3-3-21
TEL 018-864-6851
ロイヤルシティ八幡平リゾートより約140km
【赤れんが館外観】ルネサンス様式を基調とした華麗な外観が目を引く。れんがの赤と磁器タイルの白に、ヒマラヤスギの緑が鮮やかなコントラストを描く。
【レリーフ】内部にはバロック様式を取り入れた装飾が随所に見られる。旧営業室天井のレリーフや正面入り口の上部のレリーフには厳かな雰囲気がある。
【大理石の階段】階段には国産の白大理石を使用。階段を上れば、2階の旧貴賓室、旧会議室(現在は関谷四郎記念室)に続く。
【旧貴賓室の扉】最も豪華な装飾が施されている旧貴賓室。欅の扉には木の象嵌があしらわれ、柿渋染めのクロスには月桂樹をデザインした模様が手描きされている。