「農業を工業化する」
-植物栽培ユニット開発プロジェクト-
建築をコア事業とする大和ハウス工業が、植物栽培ユニットを開発した。目指したのは「農業の工業化」。そこには、数々の課題に果敢に立ち向かった研究員たちがいた。
建築の企業が植物工場をつくる
畑がなくても、駐車場1台分のスペースがあれば、野菜はつくれる。ビニールハウスの話ではない。「agri-cube(アグリキューブ)」は、水耕栽培設備や照明などをパッケージ化した植物栽培ユニットだ。開発の先頭に立った総合技術研究所の井上は、大和ハウス工業はもちろん、協力を仰いだグループ会社の大和リースでも、誰もつくったことのない植物工場を商品化した。
「なぜ、大和ハウス工業が植物工場を!?」と、いぶかりながら記者発表会場に集まった人々へ、井上は「agri-cube」を通じて目指した未来の到来を宣言した。
「農業を工業化する」
それは2年半前、会長の樋口から与えられたミッションでもあった。しかしながら当初、井上は戸惑った。何をすればいいか見当もつかなかった。
だが、日本の食料自給率は減少し、食品の安全性や農家の高齢化が取り沙汰されていた。事業を通じて社会の課題を解決する自分たちが挑戦する意義はある。
agri-cube記者発表
井上は、新規事業のタネを育てる経営企画部と共に「農業の工業化」を模索した。それから半年、膨大な資料だけが積み重なっていった。経営企画部で飛び交う事業戦略や経営用語も、研究員の井上には縁遠かった。井上は、突破口を求めて本を読みふけった。人生で最も多くの本を読んだ。そんなある時、道を示す光となる言葉に出会う。
迷ったら原点に帰る
「迷ったら原点に帰ればいい」。そうだ、実験で失敗しても、一からやり直すほうが遠回りのようで近道なこともある。目の前の霧が晴れた。
その頃、井上は、ある展示会で見た植物工場に、将来性と同時に疑問を感じていた。「なぜ普及しないのだろう?」答えは簡単だった。建物や設備にかかる投資額とランニングコストが問題なのだ。
ここに自分たちの出番があった。大和ハウス工業の創業の原点は「建築の工業化」だ。部材を工場で生産することで「良くて、早くて、安い」建築を実現した。この思想を「農業」にも継承し、オリジナルの植物工場を開発すればいい。
2009年4月。商品化に向けたトライ&エラーが始まった。大和リースと共にアイデア出しと試作を繰り返した。そんな折、緑化フェアの展示スペースに大和リースの仮設ユニットを使うことになった。井上はひらめいた。「これだ!」工場でユニットを作って運べば、現場での組み立て作業もなく「良くて、早くて、安い」商品ができる。
ホテルシェフによる品評会
こだわったのは大きさだ。4tトラック1台で運べるユニットに、栽培棚やエアコンなど必要なものをすべて収めた。コストを抑えるため、住宅などで使う既製品や部材を採用した。栽培室の出入り口に使ったのは、住宅用の浴室扉だ。
完成直前、デザインのダメ出しに頭を抱え、外観をカスタマイズできる近未来なデザインにたどりついた。品評会でホテルのシェフに試食してもらい、栽培養液の成分を最後まで調整した。
2012年4月、「農業を工業化せよ」と告げられてから2年半。ついに「agri-cube」が誕生した。
新しい自分を発見する
長いトンネルを歩く間、井上を支えたのは、研究員たちと大和リースの従業員だった。
研究員の大野は当初、異色のプロジェクトに躊躇した。「建築からすると、植物工場は傍流に見えて…。ですが、傍流を逆手にとれば何でもできる。社会に課題があって困っている方々の声を拾い、解決策をカタチにする。大和ハウス工業は、そうして新しいことをやってきた会社なんです。だから、これからも『次の新しいことは何か?』を見つけていきたい」
若手研究員の岡村は、野菜の栽培技術を学ぶため大学に通った。「学生時代、植物の体内リズムを研究していました。入社後も同じことを続けられて、全く新しい商品を出すことができ、本当に恵まれていました」
agri-cube試作機
開発当時、大和リースの商品開発課にいた森田は、量産設計で力を発揮した。「難しい依頼が来ると乗り越えたくなるんです。小さいユニットにどれだけの機能を詰め込めるか。デザインをどう見せていくか。挑戦する素材としては十分でした」
企画段階から参画した大和リースの熊谷は、農業の勉強が収穫となり、次のステップを見つめている。「農業で地域活性化ができないか、と考えています。感度を高め、引き出しを持っていれば、新しいテーマが来た時でもすぐに対応できますから」
彼らはチームだった。商業施設でモデル棟を展示した時は、夜を徹して作業した。仕事を越えて話を交わした。共に朝焼けを眺めた。開発を通じて、一人ひとりが新しい自分を発見した。
世の中にない、新しい価値を
「agri-cube」の販売先は、植物工場を検討する企業やレストランなどの食品業界を想定していた。ところが発表後、意外な方面から注目が集まる。
社会福祉法人には、障がい者の新たな就労機会を創出する施設として採用された。大学や研究機関からは、小型で独立性が高く、研究施設として利用しやすいと評価された。海外ではわが国の植物工場技術が高く評価され、東南アジアや中近東からも問い合わせがあった。
「agri-cube」の可能性を、日本の人々、世界の人々が見つけ出してくれたのだ。
井上は今後、食糧や水、再生可能エネルギー分野の研究に取り組みたいと考えている。たとえばバイオマスエネルギーの原料となる非食糧作物を、耕作放棄地などで効率的に生産するには、植物工場の生産技術や環境制御技術など生かせることが多くある。その一方で「漁業の工業化もやってみたい」と驚くような夢をサラリと口にする。
井上にとって、農業でも漁業でもエネルギーでも、違いはない。「世の中にない、新しい価値を創造する」。それが大和ハウス工業の研究員として最大のミッションなのだから。
植物栽培ユニット agri-cube
※掲載の情報は取材当時のものです。