木目という自然が生み出すほのかな文様をまとい、触れるたびに心に癒やしをもたらす木製品。
伝統技術を受け継ぐ職人の手から現代的なデザインのものが生まれています。
今回は、木製品の企画制作・販売を手掛ける株式会社Hacoaに、
新しいものづくりの真髄についてお話を伺いました。
木目の個性が生かされ、キー1つひとつが手で磨かれた贅沢な逸品。「Full Ki-Board(フルキーボード)」というこの商品は、無垢材を使用した上品な意匠で机上の空間に和みをもたらします(下画像)。
眼鏡や漆器の産地、福井県鯖江市。のどかな風景が広がるこの町に、木製品の企画制作・販売を手掛ける株式会社Hacoa(ハコア)の工房があります。冒頭で紹介した「Full Ki-Board」もここで誕生しました。
ハコアの起源は、越前漆器の木地師(きじし)で現ハコア会長の山口怜示(りょうじ)氏が創設した小さな会社の一事業部です。木地師とは木で器や重箱などを作る職人のこと。越前漆器の木地を作成し、1500年続く伝統産業を陰ながら支えてきました。山口氏は1976年に伝統工芸士に認定されるなど、本場・越前地方のなかでも抜きん出た存在。そんな彼の木工技術を学ぶべく門戸をたたいたのが現代表の市橋人士氏です。
Full Ki-Board(フルキーボード)
1980年代に隆盛を極めた越前漆器は、大量生産の時代に入ると下地に木材ではなくプラスチックなどの樹脂が多く使われるようになりました。「受け継がれてきた貴重な技術を途絶えさせてはいけない」。そのためには漆器制作の下請けにとどまらず、木工技術を生かした新事業が必要だと考えた市橋氏は、デザインに注目します。インダストリアルデザイナーから新しいデザイン観を学び、自社で木製品の企画・デザインを行うほか、海外のデザイナーともコラボレート。強い信念に突き動かされた市橋氏によって、伝統を継承するためのブランド“Hacoa”の基盤が築かれました。
「伝統を覆すことが伝統を守る」という革新的な考えの山口氏は、この方針に賛同します。試行錯誤を経て、新事業を軌道に乗せる最初の起爆剤になったのが、外装全てが木でできたキーボードです。デザイン性の高さもさることながら、樹脂アレルギーに悩まされるユーザーを中心に大きな反響がありました。以後、デザインを生かした木製品を次々に開発し、新たなものづくりで伝統工芸の世界に新しい風を吹き込んでいます。
初めて触れた時から、まるで長年愛用してきたかのように手になじむハコアの商品。職人は木と対話しながら、繊細な作業により1つひとつの製品を仕上げていきます。
その作業はまず、木目を読む「木取り」から始まります。木の状態を正確に把握することが重要なこの作業は、木を熟知する者にしかできません。材を選別し、軟らか過ぎる部分やシミを慎重に取り除いていきます。
高い精度を誇る機械が導入された現在、ものづくりの現場でディスカッションされるのは、「どこまで機械で行い、どこまで人の手を入れるか」。「木割り」の工程など木材のカッティング段階において、緻密なサイズ調整が求められる場合は工作機器で、木の個性を際立たせる場合には手作業で加工します。効率性と品質を考え、人と機械のベストバランスが常に模索されています。
手に取ると滑らかな触り心地は、地道な磨き上げの作業によるもの。サンドペーパーややすりを使って面を滑らかにし、丁寧に仕上げます。自らのセンスをフル稼働させて質を高める、職人の腕の見せ所です。この工程の後、塗装が施され、検品を経て商品として店頭に並びます。
かつて、木地師の仕事では重要だった鉋(かんな)やノミを使った手作業は、今では減りました。では、どのような技術やノウハウが時代を超えて継承され、ものづくりの現場で発揮されているのでしょうか。
それは「木」という素材を生かす技術です。色やにおい、触り心地などから素材の光る部分を感じ取り、樹種や部位を適材適所で製品に取り入れる。その技術には、木と向き合ってきた職人の歴史が息づいているのです。
帯鋸(おびのこ)を用いて行われる木割り。材としての良し悪しを見分けたり、選ぶ基準を統一したりと高度なスキルが求められます
わずかな指使いの違いが商品の出来を大きく左右するので、磨きの作業は緊張感を伴います
素材を生かす「ものづくり」の考え方は、人材育成の理念にも通じます。木材を裁断したり、削ったり、磨いたり。ほのかに木の香りが広がる工房の中では、職人たちが無駄のない動きで次々と木材に手を加えていきます。ハコアに勤める20人の職人のうち、約半分は福井県外出身。越前漆器の製作に携わるどころか、縁もゆかりもない生活を送ってきた若者が大半を占めています。
彼らが職人を志した動機はさまざまです。都市圏などで展開しているダイレクトストア(直営店)で商品に触れて興味をもった人や、ハコアの工房で開催されたワークショップに参加して工芸に目覚めた人。どの職人も、あふれんばかりの熱意をもってものづくりに励んでいます。
ハコアの工房では、老若男女問わずさまざまな職人が働いています
伝統技術の継承をブランドの存在意義とするハコアは、子どもや若者が「職人」という仕事に憧れを抱くことを一つの目標に掲げてきました。また、新しく職人を志す若者の個性が伸びるような仕事環境を整えるなど、「ひとづくり」に尽力してきました。さらにはブランドの思いを形にするデザイナーや、お客さまに接して思いを伝える販売員の育成にも力を注いでいます。鯖江の地に集う若者たちの姿は、そうした努力の結実だと言えるのです。
木目が生み出すのは、唯一無二の個性です。製品には2つとして同じものはありません
スマートフォンケースやUSBメモリ、置き時計に印鑑ケース。ハコアは毎月一つ以上の新商品を開発することでラインナップを充実させ、現在約400点も取り扱っています。あふれ出るハコアのクリエイティブを支えるもの。それは、ダイレクトストアに寄せられるお客さまの声です。改良すべき点や使い勝手、人気の色味といった情報は、商品開発で大きな役割を果たします。
お客さまの声がものづくりの現場に届くことにより、例えばこんな気づきが生まれました。職人の間では、端正なものが良いとされていた木目。情報を集めてみると、うねりのある個性的な木目の方が人気だと分かったのです。
また、商品に愛着をもって接してくださるお客さまの感想は、職人のやる気を大いに引き出します。職人は期待を超えるものづくりに励み、製品を作り出すことによる「感動づくり」を目指します。このようにお客さまの声は、これまで世の中になかった木製品を生み出す指針となり、職人らが情熱を燃やし続けるための糧にもなっているのです。
創立当時、ハコアには店舗経営に関するノウハウの蓄積はありませんでした。暗中模索しながら、現在は全国に13店舗を展開。今後、さらなる新規出店を予定しています。
高級感漂うスマートフォンケース。使い込んでいくうちにツヤが増し、愛着のある一品になっていきます
工房に隣接するHacoaダイレクトストア 福井店。職人が働く場とお客さまとの出会いの場がすぐそばにあります
素材を生かす「ものづくり」、伝統技術の担い手を育む「ひとづくり」、お客さまの期待に応える「感動づくり」。3つが互いに結びつくことで、ハコアの魅力を揺るぎないものにしています。また、2019年6月に開業したHacoa VILLAGE TOKYO(ハコア ビレッジ トウキョウ)では、伝統技術を現代に担うあらゆる業界の職人と交流できる場を設置。ここを起点として、ものづくりの感動を発信しています。
使命である伝統継承を原動力に、ダイレクトストアの展開、人と人をつなぐ場の提供など、新しい試みに挑戦するハコア。デザインによって命を吹き込まれた木工技術を次世代に継ぐため、これからもものづくりと真摯に向き合い続けます。
伝えたい言葉を刻印できるメッセージクロック。木のやわらかい風合いとシンプルなデザインが贈り手の気持ちを伝えます
工房のそばに建てられた福井本社。シンプルモダンの社屋ではデザイナーや商品開発などのスタッフが業務にあたっています
Hacoa VILLAGE TOKYO(東京)
隅田川のほとりに佇む一棟のビルで、“職人”をテーマにした「職人サロン」(トークイベント・交流会)や「ワークショップ」を開催。ものづくりの魅力や職人の思いを発信・共有しています。
株式会社Hacoa会長。木地師として活躍し、1962年に山口木工所を創設。その確かな腕で数々の賞を受賞。2010年に瑞宝単光章・叙勲受章。
株式会社Hacoa代表取締役。大手機械メーカーに入社後、樹脂成形技師として勤務。1995年に妻の実家である山口木工所に入門し、2001年木製雑貨ブランド「Hacoa」を設立。
Hacoaダイレクトストア 福井店
- 住所/
- 〒916-1221
福井県鯖江市西袋町503 - TEL/
- 0778-65-3303
- 営業時間/
- 11:00~18:00
- 定休日/
- 年中無休(年末年始のみ休業)
工房見学のご案内
- 実施日 /
- 月曜日~金曜日
※土曜日は応相談 ※日曜日・お盆・年末年始休業 - 時間 /
- 10:00~12:00 / 13:00~18:00
- 所要時間/
- 15分~30分程度
- 受付人数 /
- 1~15名程度 ※16名以上の場合は応相談
- 料金 /
- 無料
- ※お問い合わせは、Hacoaダイレクトストア 福井店まで
取材撮影協力 / Hacoaダイレクトストア 福井店
2019年11月現在の情報となります。