飾らない笑顔でグラフの過去と未来を話してくださった服部さん。暮らしを豊かにするものが集められたショップ内にて
大阪・中之島に拠点を置くクリエイティブ集団graf(グラフ)は、家具や日用品のデザインなどを手掛けるだけでなくスペースデザインやイベント運営など、各方面に活躍の幅を広げています。
「もの」から「こと」へ、21世紀の価値観を先取りしてきたグラフ。代表を務める服部滋樹さんに、ものづくりに対する考え方を伺いました。
「少年探偵団を作りたいと思ったんですよ」とにこやかに語ってくれたのは、創立から今日まで代表を務める服部滋樹さん。家具のデザイン・製造から始まり、食器などの日用品、電化製品、住宅や店舗の設計、町おこし、マーケット形式のイベントまで、さまざまな「デザイン」に関わるグラフ。一つのプロジェクトにバラエティ豊かな専門分野をもつメンバーが参加し、縦横無尽に個性やスキルを発揮するスタイルは、スタートから変わらない特徴の一つです。
プロダクトデザイナー、グラフィックデザイナー、アーティスト、家具職人、大工、そしてシェフ。まったく異なる専門を持つ6人が集まって、グラフは1998年にスタートしました。当時、6人の若者は会社勤めをしながらスキルを磨き、経験を積んで、今日のグラフの土台を作ってきました。
機が熟していよいよ会社設立という段階になった頃、日本経済は不景気の真っただ中。バブル崩壊の爪痕も深く、雇用や消費が落ち込んでいました。この時期、普通なら起業に二の足を踏みそうなものですが、服部さんはむしろ好機だと考えました。「それまでの20世紀的な価値観がリセットされ、新しい価値観の時代がやってきたことを感じたんです」(服部さん)
大阪・中之島のgraf studioは、1階がカフェとショップ、2階が事務所
バブルの時代は大量生産に大量消費。企業はきらびやかな広告イメージで人々の購買意欲をそそり、ものを売ってきた時代でした。作り手と使い手のつながりは薄く、互いの顔が見えない関係になっていました。そんな構造に疑問を感じていた服部さんは、ものの背景にあるプロセスや素材などの情報をきちんと提供し、それを理解した上で長く愛用してもらえるものづくりをしたいと考えました。
例えば、家具の材料になっている木のこと。育った土地や樹種などのバックグラウンドを知った上でその家具を選択すれば、愛着がより深まるはずです。
「もの」から「こと」へ。21世紀型の価値観を20年前から先取りしてきたグラフ。6人の若者が思い描いた未来は、20周年を前に、想像以上に大きく広がっています。
オリジナル家具シリーズNarrative(ナラティブ)の一つ、3/6(サブロク)ソファ
グラフが扱うのは、すべての基盤となる「生活」に関わるもの全般。服部さんの「生活」への興味のルーツをたどると、少年時代の「みんぱく」体験にたどり着きます。毎週のように国立民族学博物館(大阪府吹田市)=みんぱくを訪ねては、さまざまな国の生活習慣や居住環境、風習などに惹きつけられたそうです。
いつまでも飽きることなく使い続けられるグラフのプロダクトは、今や日本だけでなく海外の人々にも愛されています。グラフがデザインを手がけ、新潟県燕市のメーカーが製造するロングセラーのカトラリーシリーズ「SUNAO(スナオ)」。職人が一つひとつ手で成型する照明器具「waft(ワフト)」。家具シリーズの「Narrative(ナラティブ)」には、グラフのアイコン的商品である「プランクトンチェア」や「3/6(サブロク)ソファ」がラインアップされています。
左:グラフのアイコン的商品、プランクトンチェア
右上:カトラリーシリーズのSUNAO(スナオ)。新潟県燕市のメーカーが誇る金属加工技術によって作られる
右下:照明器具のwaft(ワフト)は、「漂う」という意味。人の手と感覚で一点ずつ作られる揺らぐようなフォルムが特長
グラフのものづくりの特徴は、「100%ではなく80%であること」だと服部さんは語ります。100%の機能や便利さを追求したものは、やがて時間とともに価値がすり減っていく。しかし、20%の余白を残したものならば、使い手がその余白を利用してそれぞれの使い方、暮らし方を生み出し続けることができる。そこから120%の価値が得られる可能性があります。「いかに余白を残すかが難しく、重要な部分なのです」(服部さん)。
グラフがめざしているのは、いわば作り手と使い手が一緒に作り上げるものづくりです。「物語」を意味するNarrativeという名前には、「つくり手と使い手の物語が出会う起点」として、暮らしのスタンダードとなるという想いが込められています。
ショップには、こうした自社デザインのプロダクトのほかに、グラフが目利きして集めた小物などのプロダクトがずらりと並んでいます。ランチタイムになると、心地いい家具やものに囲まれてホッとする人の姿が一人、また一人。カフェの食器や椅子は、きちんと使い心地を確かめてから購入できるそうです。
ガラス越しに見える緑の景色が印象的な店内
カフェでは旬の食材を使った料理や飲み物を提供。ショップで扱う食器やカトラリーが使われている
職人らが真剣な表情で手先を動かし、木材を加工する機械音がギューンと鳴り響く。オリジナル家具のパーツがところ狭しと積まれるそばに製造過程の特注家具が並び、新しいプロジェクト関連の試作品が作られている。グラフの工房graf labo(グラフラボ)は、大阪都心から車で約20分離れた豊中市にあります。
一つひとつの家具が丁寧に作られるこの工場は、家具作りの過程を多くの人に見てほしいという想いから、いつも外に向けて開かれています。木に親しんでもらうため、地域の人々を対象にした木工作品のワークショップを行うこともあるのだそうです。
ここにあるのは長く使い込まれた基本的な木工機械、そして、品質の高い製品をつくり続ける職人の技と熱意と誇り。スタートから変わることなく受け継がれているグラフの財産であり、屋台骨の一つです。
graf labo(グラフラボ)の全景。ものづくりの現場には心地いい緊張感がある
グラフのフィールドは自社内にとどまりません。有名企業からの依頼を受け、ロゴマークや商品パッケージ、店舗デザインなど、トータルなブランディングを手掛けることも。最近は地方自治体のブランディングにも参加。滋賀県や天理市、鯖江市などとともに、地域の良さを広く伝える観光PRや商品開発を行っています。
グラフが主催するファンタスティックマーケットは、数年前から続いている不定期のイベントです。「出逢い〜繋がる〜広がる」をキーワードに、生産者・販売者・消費者が関係性を育む場となっています。 社会のさまざまな課題を、デザインやものづくりによって解決していくこと。作り手と使い手を結び付けていくこと。生活全般を起点に、グラフの活動は広がり続けています。
不定期に開催するファンタスティックマーケットは、生産者・販売者・消費者が新しい関係性を育む場に
最後に、服部さんに暮らしを豊かにするものの選び方や付き合い方を尋ねてみました。すると、二つのアドバイスをくださいました。
一つ目は「日常に非日常を取り入れること」。空間の中に非日常―例えば絵画や彫刻を飾ってみたり、花やグリーンを生けてみたりすることで、日常の見え方が少し変わり、いきいきと感じられるはずです。
二つ目は「スタイルにこだわらないこと」。〇〇スタイルや、〇〇風といったカテゴリでものを選択するのではなく、自分の身体記憶に正直になり、素直に気持ちいいと思えるものを選ぶことが大切だそうです。 暮らしを心地良くするものに出会いたいなら、あなたも一度グラフを訪れてみませんか。
老舗洋菓子メーカー・モロゾフの新ブランド「morozoff grand」2006年の立ち上げに参加
上:福井県鯖江市の眼鏡フレーム企画デザイン会社「ボストンクラブ」と協働でデザインした眼鏡
下:眼鏡製造で知られる鯖江市のブランディングの一環で、メガネ博物館のリニューアルや展示企画にも携わった
1970年生まれ、大阪府出身。graf 代表、クリエイティブディレクター、デザイナー。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちとgrafを立ち上げる。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディレクションなどを手掛け、近年では地域ブランディングなどの社会活動にもその能力を発揮している。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。
graf studio(グラフスタジオ)1F: Shop&Kitchen / 2F: Office
営業時間/11:00 - 19:00
定休日/月曜日(祝日の場合は翌日休)
住所/大阪府大阪市北区中之島4丁目1番地9号
TEL/Shop&Kitchen : 06-6459-2100
http://www.graf-d3.com/
取材協力/graf studio(office&shop)
2017年9月現在の情報となります。