子育てと仕事の両立のため、経済的負担は少なく、しかも信頼できる人に一時的に子どもを預けたい――。
こうした悩みを抱える子育て世代に支持を受け、全国規模で利用者数を増やしているのが、子育てシェアのSNSを運営する「AsMama(アズママ)」です。驚くべきことに、AsMamaは会員からは手数料を徴収していません。いったいどんなサービスで、どんなビジネスモデルなのでしょうか。AsMama代表取締役社長の甲田恵子氏に話を伺いました。
甲田 恵子 さん
株式会社AsMama代表取締役社長
フロリダアトランティック大学留学を経て、1998年関西外国語大学英米語学科卒業。
2009年11月子育て支援・親支援コミュニティ、株式会社AsMamaを創設。AsMamaは「日経ソーシャルイニシアチブ大賞(日本経済新聞社主催)」にて2013年、2014年とファイナリストに選抜。2014年12月には「革新ビジネスアワード2014(イノベーションズアイ及び、フジサンケイビジネスアイ主催)」においてフジサンケイビジネスアイ賞を受賞するなど、数々の受賞歴がある。
著書に『ワンコインの子育てシェアが社会を変える!! 欲しい子育て支援は自分たちの手で創り出そう』(合同フォレスト)。
AsMama(アズママ) Webサイト(外部サイトへ)
子育て世代が直面する課題の根本的解決につなげたい
政府が発表した2014年度の年次経済財政報告(経済財政白書)によれば、日本の労働力人口中、2013年の女性の労働力人口は約2,800万人。現在は子育てなどで就労していないものの、子どもを預けるなどして安心して働けるのであれば、働きたいと考えている女性は300万人以上いると指摘されています。
しかし、核家族化が進む現代では、保育園や幼稚園に預けていても、何かあったときに頼れる人がいません。そのため、子育てと仕事の両立に不安や悩みを抱えている人が多くいるのです。
そんななか、甲田氏は「身近に子育てで困っている人がいるならば、助けてあげたい」と考える人たちがいることに注目しました。そこで「何かあったときには、信頼できる人に子どもを預けて、働きながら子育てをしたい」という人と「子育てで困っている知り合いがいたら、助けたい」という人とをつなぐサービスをつくろうと、AsMamaを立ち上げました。
「私を含めた現代の子育て世代は、これまで根付いていた『預けたから預かってあげる』というような『お互い様』が叶えられず、頼り合いが出来ずにいることを実感しました。そこで、預かるばかり、預けるばかりの関係を『ありがとうの500円』という謝礼金ルールを作ることでシステム化し、互いに気兼ねせずに子育てをシェアできるようにしたのが『子育てシェア』です。
そして、働くこと、預かることでそれぞれの世帯収入を上げ、経済を発展させ、孤立する家族や子どもを減らし、地域コミュニティの活性化をする。そのような共助のシステムを作ることで、日本が抱える社会課題の根本解決につなげていきたいと考えたのが創業の経緯です」(甲田氏)。
顔見知り限定。だから安心して利用できる
2009年の創業当時から、サービスの仕組みやビジネスモデルを模索し続け、現在の子育てシェアの仕組みが立ち上がったのは2013年の4月。2014年12月現在、子育てシェアの登録者数は約23,000人となり、利用者は拡大を続けています。このサービスの魅力とは、いったいどこにあるのでしょうか。
「子どもを預ける依頼を専用のSNSを介して行うわけですが、支援する側とされる側とが顔見知りであることが前提です。会ったこともない人に子どもを預けるのは不安なはずですから、友達申請を承認するには相手の電話番号の下四桁を入力する仕組みとしています。支援を依頼する際は、友達全員に発信することはもちろん、支援をお願いしたい人を選んで発信することもできます。
また、万が一預けた子どもがケガをしたり、預け先の家で何かを壊してしまったり......という場合には、最高5,000万円の保険が適用されます(※1)。利用者の方から保険料をいただくようなこともありません」(甲田氏)。
※1 重大事故等により支援者に賠償責任が発生する場合に限ります。擦り傷、切り傷などの日常的に起こりうる軽傷や軽微な物損は補償対象外になる場合があります。
支援を受けた人は、支援してくれた人に対して、1時間500円~700円の謝礼を支払います(※2)。方法は、現金で直接渡すかクレジットカードで決済し支援者の銀行口座に振り込む仕組み。
「私たちは、子育て世代からは料金を徴収しないということをビジネスポリシーとしているため、謝礼金は直接支払う仕組みをとっています。」(甲田氏)。
※2 通常は1時間500円。AsMamaで託児研修を受講したママサポーター(無資格)、有資格者の一般の方:600円。ママサポーター(有資格):700円。
資金源を利用者に求めず、協賛も得ないからこそサステナブル
登録料、手数料が一切かからず、全利用者に最高5,000万円までの保険が掛けられているというこのサービス。いったい、どんなビジネスモデルなのでしょうか。
「どんなに求められているサービスでも、サステナブルでなければ意味がありません。収入を得るために働いているはずの人が、子どもを預けるのに1時間1,000円、2,000円も払い続けられるでしょうか。
また、企業からの広告を収益源としてしまっては、景気に左右されてしまいます。子育てシェアは、支援すること、されることで自己実現できるという共助のプラットフォームを作るための取り組みであり、一般的な企業ができないような、私たちだからこそできるという部分の事業価値を提供することで収益を上げ、ビジネスモデルを成立させているのです」(甲田氏)。
では実際の収益源はどうしているのでしょうか。
「AsMamaでは、全国で年400回程度、延べ8万人の子育て世代を集めてイベントを開催しています。このイベントに協業企業を募って、イベント運営費用として収益を得ているのです。育児関連だけでなく、多様な企業にニーズがあります。子育て世代の情報源は口コミであることが多いので、AsMamaはひとつの”ヒトメディア”として成立しているのです」(甲田氏)。
イベントの様子。年間約400回、延べ8万人の子育て世代が参加する。
写真提供:AsMama
ママサポーターとイベント参加者達の様子。
写真提供:AsMama
このイベントは、子育てシェアを広めることにもつながっており、ここにはママサポーターの存在が深くかかわってきます。ママサポーターとは、AsMamaで託児研修を受講した、地域で託児や送迎の支援活動をしているサポーターたちのこと。
「ママサポーターが中心となり、口コミでイベント参加者を集めたり、イベントに来た人に、AsMamaの子育てシェアの仕組みについて説明したりします。このママサポーターの存在は、ほかにも重要な役割を担っているんです。子育て世代が現実的に安心して子どもを預けられる相手は、本来、実家や近所の頼れる顔見知りのはず。
ところが核家族化が進んでおり、しかもご近所同士のつながりは希薄になっているといわれます。その中でいきなり子育てシェアをしましょうといっても、なかなか難しいのが現実なのです。
サポート依頼に対し、支援者が見つかっていない場合には、AsMamaのスタッフであるママサポーターから『良かったら友達になりませんか?』という形でアプローチをし、孤立しないようにしています。このママサポーターが子どもを預かる際は、通常より少しプラスした1時間600円としています」(甲田氏)。
チラシを使い、イベント集客やママサポーター募集、子育てシェアへの利用登録につなげている
今後は、企業や自治体との提携を考えているそうです。
「習いごとの教室と提携すれば、平日の習いごとがしやすくなるというメリットが生まれます。あるいはマンションで導入すれば付加価値にもなりえますし、自治体や行政、企業人事の福利厚生や派遣会社、既存コミュニティなどでの共助促進事業で利用してもらうこともできるわけです。こうした生活共助のプラットフォームとして拡大していきたいと思っています」(甲田氏)。
子育てシェアの会社からライフサポート、ライフシェアの会社へ
現在抱えている課題については、支援者にシニア層を取り入れることだと甲田氏は言います。知識のあるシニア層が子育てサポートに加われば、子どもたちの多様性につながり、意義が深い。しかし、現在の仕組みはSNSが使えないと参加できないのが現状です。
「子育てサポートをしたいと言ってくれるシニアの方がいても、現在の仕組みではITリテラシーが高くなければ難しいのが現状。より多くのシニア層に参画してもらうために、将来的には、シニアとどう関わっていくのかを考えながら、シニア向けの端末と支援する側専用のサイトをつくろうと思っています」(甲田氏)。
また、現在は子育てを軸にしていますが、この仕組みは介護の分野にも広がり、将来的にはライフシェアの会社へと発展していくことを甲田氏は見込んでいます。
「今10歳の子どもも、10年後には20歳。60歳の支援者は70歳。すると、逆の支援が成り立つようになるわけです。いずれ、子育てシェアの会社というよりは、ライフサポート、ライフシェアの会社になると思っていますし、将来的には海外にも輸出できるものになると思います。もはや行政がこうしてくれれば、自治体がこうしてくれればなどと言っている、他力本願の時代ではありません。
働くということは、会社のためでも上司のためでもなく『傍(はた)を楽にする』だともいわれています。自分のために、家族のために、地域のために、傍=他者を楽にするために一人ひとりが自分事として考えていくことが必要です。信頼できる地域ネットワークは、24時間365日安心できる社会インフラとしての機能も期待できます」(甲田氏)。