サステナブルな街
全米一住みたい都市
~歩きやすいコンパクトな街づくり ポートランド~
ポートランド(アメリカ・オレゴン州)
ポートランドの象徴ともいえるAce Hotel(エースホテル)は、約90年前に建設された古いビルをリノベーションしたもの。1階のロビーラウンジは、宿泊者だけでなく地域の人々に開放されたコミュニティスペースとなっており、コーヒーを片手に新聞を読む人や、PCを開いて仕事をする人、旅の計画を話し合う旅行者などが大きなテーブルを囲んでいる。
写真提供:日経BP社
2016.08.23
アメリカ・カリフォルニア州の北に位置するオレゴン州最大の都市、ポートランド。ここは、全米で住んでみたい都市に常時ランクインし、その人気の高さは「毎週約500人が移住してくる」という驚くべき数字からも証明されています。
いったい、どんな魅力があるのでしょうか。人気の理由を探ってみましょう。
アメリカ西海岸に位置するオレゴン州最大の都市ポートランドは、「全米で最も住んでみたい都市」として高い評価をうけるほか、「全米で最も環境に優しい都市」、「最も自転車で移動しやすいアメリカの大都市」や「全米で最もおいしいレストランが集まる都市」など、さまざまな視点からエコロジカルでクリエイティブな都市として注目されています。クリエイターや若者を中心に、その魅力にひかれて移住する人は後を絶たず、人口は増加の一途をたどっています。
とはいえ、1960年代までのポートランドは、車社会が当然のアメリカによくある都市のひとつでした。転機が訪れたのは1979年のこと。ポートランドは都市部と農地や森林などの土地利用を区分する「都市成長境界線(以下、境界線)」を導入しました。
開発を認める都市部と認めない郊外を分け、農地や森林を保全すると同時に、都市部では機能がコンパクトに集中した効率的な生活を営めるようにしたのです。自然豊かな境界線の外では農業が盛んに行われ、農家は都市部に住む住民や企業に向けて新鮮な農産物を届けることで共存しています。
また境界線導入と同じ頃、政府はポートランドの中央を流れるウィラメット川沿いの高速道路を拡張する計画を打ち出します。しかし、市民は地元の環境破壊につながるとしてこれを拒否。反対運動が起こり、計画は中止となりました。これをきっかけに、既存の高速道路も撤去されることになり、跡地には公園が設けられたのです。また、高速道路の拡張に使われる予定だった予算の一部は、路面電車やバスなどの公共交通機関の整備に転用されました。
当時、ポートランドには、環境に気を配り、生活の質を大切にするヒッピーたちが多く移り住んでいました。自動車優先社会のアメリカで、ほかの地域とは違う独自の文化ができたのには、このような背景があったのです。
“脱・車社会”を決断したポートランドの朝は、川沿いでヨガやジョギングを楽しむ人たちの横を、通勤・通学するサイクリストが数多く通り過ぎます。道路には広い自転車専用レーンがあり、バスや電車などの公共交通機関への自転車の持ち込みも許可されています。
朝のウィラメット川沿いの風景。高速道路を取り壊してできたこの公園は、住民の憩いの場として利用されている。
写真提供:日経BP社
バスの前面には、開閉式のスタンドがついていて、自転車が載せられる仕組みになっている。
写真提供:日経BP社
しかし今、ポートランドが世界的な注目を集めている理由は、自然環境の豊かさや交通の利便性だけではありません。次は、ポートランドに住む人たちが形成してきた独自の文化、魅力を紹介していきます。
ポートランドでは、車移動ではなく、徒歩での移動を意識して、1つの街区の1辺を通常の半分である60mにしました。区画を細かく分けることで、徒歩での散策がしやすくなり、街はたくさんの人で活気づきました。
歩いて移動することを基本に街を設計
ポートランドの特長は、境界線を導入し、郊外への無秩序な都市化を抑えるとともに、徒歩で移動できる範囲に居住地や職場、生活に必要なスーパーなどの施設を配置したコンパクトシティと呼ばれる街づくりです。
建物は1階にレストランなどの商業施設を、上の階にオフィスや住居を置く「ミックスドユース」という使い方がされています。この仕掛けにより、昼夜を問わず街が賑わうようになりました。さらに、時間帯ごとのエネルギー利用が平準化されるなど、多くの効果が生まれました。
歩きやすく広い歩道には、美しい花々や緑が充実している。
写真提供:日経BP社
建物の1階部分が店舗、2階以上が住居になっているため、土地利用密度が高まり、コンパクト化を実現。
写真提供:日経BP社
ポートランドでは、大手チェーン店をほとんど見かけません。地元のレストランで、この地域で採れた食材を使った料理を楽しんでいます。小規模なビール醸造所で職人が造るクラフトビールが人気です。
旬の食べ物を新鮮なうちに美味しくいただく
境界線の外には、農村地帯が広がっています。毎週末ごとに開催されるファーマーズマーケットには、地元で収穫された旬の野菜や果物を求め、多くの人が訪れます。
市内には、51のブリュワリー(地ビール醸造所)があり、郊外にはワイナリーも多くあります。新鮮な野菜や上質なビール、ワインが手に入るため、豊かな食材を求めて、世界中のシェフたちがこの街で店を構えるようになりました。
「美食の街」ともいわれるほどで、レストランの種類の多さや、レベルの高さも街の魅力のひとつになっているのです。
レストランには地元の人が集い、いつも混み合っている。
写真提供:日経BP社
ポートランドでは、地域で何か問題が起こったときには、住民同士の話し合いをもとに、対策がとられます。95団体が市に登録され、すべてが公式の市民参加団体として認められています。
街のことは自分のこと一人ひとりが街をつくっていく
住民参加型の合意形成が行われるポートランドには1930年頃から「ネイバーフッド・アソシエーション(以下、NA)」という自治体のような組織が存在しています。NAは、住民の自発的な意思によって運営されています。
NAでは、地域の課題について話し合い、住民同士で解決方法を探ります。根底にあるのは「自分たちの住む街は、自分たちでつくっていく」という考え方。住民一人ひとりが、街のことを自分のこととして捉え、地域の未来をよくするために、街づくりに積極的に参加しているのです。
「ネイバーフッド・アソシエーション」会議のイメージ。住民が集まり、身近な課題について話し合いを行う。
ポートランドのライフスタイルは、新しいカルチャーを生み出してきました。“オーガニックフード”や、地域に根付いたコーヒー専門店が提供する、豆の個性が最大限に引き出された“サードウェーブコーヒー”などは、日本でも注目される新しいトレンドになっています。
生活の質を重視することでサステナブルな都市へ
「創造都市」とも呼ばれるポートランドが創りだした最大のものとは、人々の新しいライフスタイルではないでしょうか。
徒歩圏内で生活に必要なものが全て揃う利便性を優先しつつも、自然豊かな環境や地域で採れた美味しい旬の食材による食事を楽しみ、近隣住民とのコミュニケーションをとりながら自分たちで理想の街を築いていく。
このような、ポートランドのライフスタイルや街づくりは、これからの暮らし方を考えるうえで、たくさんのヒントが詰まっていそうです。
ポートランドで有名な白鹿の看板。
写真提供:日経BP社
2015年3月発行 冊子「SUSTAINABLE JOURNEY」vol.2(ecomom春号同封)より転載