幼い頃に夢見た田舎家暮らし
―― ベニシアさんが京都・大原の古民家での暮らしを選んだのはなぜですか?
幼い頃、母の実家であるイギリス中北部のダービーシャー州の田園地帯にあるケドルストン・ホールによく遊びに行っていました。そこはインド総督だった曾祖父の屋敷で、18世紀に建てられた石造りの大邸宅です。マーブルホール(大理石の間)、ボールルーム(舞踏室)、ステートルーム(儀式用大広間)など大きな部屋がいくつもありました。この屋敷が建てられたジョージ王朝時代には、100室以上の部屋を使っていたといわれています。
弟と一緒に敷地内にある湖の島で隠れ家をつくったり、草地を駆けめぐったりして遊びました。ただ、それはすべて敷地内でのこと。外に出ることは許されませんでした。だからでしょうか。屋敷の外がどんなところなのか、ずっと知りたかったのです。
ある日わたしは、こっそり門を抜け出して敷地の外へ出ました。村へ続く道は静まりかえり、小鳥のさえずりしか聞こえません。高くのびたサンザシの生け垣と緑のツタには、野バラや黒イチゴが実っています。道端にはたくさんの野草が咲いていました。
角を曲がると、白壁の田舎家が見えてきました。各家には小さな切妻窓があり、窓の下にはゼラニウムやパンジーを植えた箱が置かれています。田舎家は、ケドルストン・ホールの私の寝室と同じくらいの大きさで、玄関先に小さな庭があります。壁を伝うツルバラがきれいに咲いています。
ちょうど、二人の女の子が石蹴りをして遊んでいました。母親らしき女性が、外に干していた洗濯物を取り入れています。笑い声を上げて遊ぶ彼女たちの姿がとても幸せそうで、知らず知らずのうちに涙が出てきました。私の暮らす世界では、こんなに温かく、親密な空気を感じたことがなかったからです。
運命的に巡り合った大原の古民家。窓を開け放った和室には爽やかな風が通り抜け、心地よい涼を運んでくれます。「初めてこの家を見たとき、ここでなら子どもの頃に憧れていた暮らしができると思ったのです」とベニシアさんは話します。
その家族を眺めながら、決意しました。大きくなったら、どこかに小さな田舎家を見つけて夫と子どもと一緒に、こんな風に庭に野草や野菜を植えて暮らしたいと。
あれから40年。その理想をここ大原で見つけました。私はこの家を初めて見たとき、「一生、ここで生きていきたい」と強く感じたのです。