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連載:いろんな視点から世の中を知ろう。専門家に聞くサステナブルの目 オランダに学ぶ。「社会全体の質の向上」を目指すサーキュラーシティのつくり方

連載:いろんな視点から世の中を知ろう。専門家に聞くサステナブルの目

オランダに学ぶ。「社会全体の質の向上」を目指すサーキュラーシティのつくり方

2024.11.29

    サステナビリティの最前線に関わる方たちの声を、寄稿形式でお届けする本連載。今回はオランダ・アムステルダム在住の西崎こずえさんが登場です。西崎さんは、サステナビリティ・スペシャリストとして、オランダに拠点を置くサステナビリティ経営コンサルティングファームに参画しています。

    ヨーロッパは現在、各地で「サーキュラーシティ(循環型都市)」への移行が急速に進んでいるといいます。欧州各国の事例を解説しながら、サーキュラーシティの今を紐解きます。

    初回は、世界で初めて都市全体でサーキュラーエコノミーを宣言したオランダのアムステルダム市の現状です。

    リニアエコノミーからサーキュラーエコノミーへ

    これまでヨーロッパにおいても、都市は資源を「採取・生産・廃棄」するリニアな経済※1の中心でした。しかし、サステナブルな都市構造へと移行することで、資源が循環する「サーキュラーエコノミー」の中心地として機能し始めています。

    オランダ政府は2016年10月に「Circular Dutch economy by 2050」という国家プログラムを発表し、2050年までに100%のサーキュラーエコノミー実現を目指すことを宣言しました。

    オランダは「資源が価値を失うことなく再生し、持続可能な形で利用され続ける経済システムの構築」を基本理念として掲げ、下記の3つを具体的な施策として打ち出しています。

    ※1:リニアエコノミーは"直線型経済"を意味する。その名の通り、"資源の採掘に始まり、大量生産を経て、最後には大量に廃棄する"という、一方通行的な経済活動のこと。

    オランダのサーキュラーエコノミーの柱

    サーキュラーエコノミーは「社会全体の質の向上」のため

    オランダ政府にとって、サーキュラーエコノミーの最終的な目標は、サステナブルな経済を通じた「社会全体の生活の質向上」です。資源の循環によって経済が回り、働く人々が増え、コミュニティが持続可能に成長することが、オランダの目指すサーキュラーエコノミーのビジョンです。

    実際に、オランダのサーキュラーエコノミーに特化したコンサルティング会社Circle Economyが発表した「サーキュラー・ギャップ・レポート(2020年)」によると、オランダ経済における資源循環率は約24.5%でした。これは、オランダで使用される資源の約4分の1が再利用されていることを示しており、世界平均の約9%を大きく上回っています。

    オランダが国としてサーキュラーエコノミーを目指す中、首都・アムステルダム市は、国の志を都市の立場から牽引する位置づけにいます。人口約93万人(2024年1月時点)のアムステルダム市は、気候変動や資源枯渇の課題に直面する中で、サステナブルな都市モデルを目指し、サーキュラーエコノミーの構築に向けて、全面的にかじを切りました。特に同市が2020年に発表した「Amsterdam Circular 2020-2025 Strategy」では、下記の通り野心的な目標を掲げています。

    アムステルダム市が掲げる目標

    これらの目標を支える中核戦略の重点分野には、食品・有機廃棄物、消費財、建築環境が掲げられています。

    • 1. 食品・有機廃棄物

      アムステルダム市は食品廃棄物の削減に向け、住民や企業に対してコンポストの利用を推進。飲食店や市場、スーパーマーケットでは「フードシェアリング」アプリの活用によって、賞味期限が近い食材の再配分も進められています。また、有機廃棄物はエネルギーや肥料として再利用され、農業や園芸分野に活用されています。このようなアプローチにより、都市内の食品廃棄物を削減しつつ、地域経済の活性化にも寄与しています。

    • 2. 消費財の循環

      消費者に対しては、リユースやリサイクルを奨励、市内にはリペアカフェやシェアリングエコノミーを支える施設が数多く設けられています。例えば「アムステルダム・リペア・カフェ」では、家電製品や家具の修理方法を市民に教えるワークショップが定期的に開催されており、壊れた製品を再利用する意識が育まれています。また、市はファッション業界と協力し、リサイクル可能な素材を使った衣料品の普及にも取り組んでいます。


      リペア・カフェはアムステルダムが発祥の地といわれています。写真はオランダのアイントホーフェンで開催された「ダッチ・デザイン・ウィーク」でのポップアップの様子。市外にも広がっています(photo:西崎こずえ)

    • 3. 建築環境のサーキュラー化

      建築分野では、一次資源の削減が課題となっています。市内の新規プロジェクトでは、建築資材のリサイクルと再利用が義務化され、都市開発チームは特にバイクスローテルハムやアムステルIII、アイブルグといった新しいエリアで循環型開発が実践されています。建築物の循環型基準を満たすことを最低条件とし、環境性能や材料のリサイクル率、フレキシブルな設計を評価するポイント制度を導入。循環性の高い設計を持つ事業者には、優先的に次回の入札機会が与えられる仕組みです。

      こうした基準を明確にすることで、不動産関連企業が循環型の方針に基づいた設計・開発を行うインセンティブを高め、エネルギー消費やCO2排出量の削減にもつながっています。

    サーキュラーエコノミーを支えるデジタルツール

    アムステルダム市は、サーキュラーエコノミーへの移行を推進するため、2021年に「サーキュラーエコノミーモニター」を導入しました。このモニターは、市内の資源使用状況やリサイクル率を定量的に把握し、資源の流れを可視化するツールです。これにより、どの資源を優先的に取り組むべきかが明確になり、政策立案や施策の効果測定に活用されています。

    2022年のモニターによれば、アムステルダム市の経済活動における資源使用量は約73.4億kgと推定されており、これは以前の推定値の61倍に相当します。また、一次資源の使用量は依然として増加傾向にあり、2030年までに一次資源の使用を50%削減する目標達成には、年間約23億kgの削減が必要とされています。

    さらに、資源使用に伴うCO2排出量(スコープ3)※2は、アムステルダム全体の排出量の80%を占めていると推定されており※3、環境への影響が従来の予想よりも大きいことが示されています。

    このようなデータは、政策立案者や企業、市民がサーキュラーエコノミーへの移行を加速させるための意思決定に役立っています。モニターの導入により、資源の使用状況や環境への影響を定量的に把握できるようになり、効果的な施策の策定と実施が可能となっているのです。

    • ※2:事業者自ら排出している温室効果ガス(CO2等)であるスコープ1、スコープ2以外の事業者の活動に関連する他社の温室効果ガスの排出量を指します。
    • ※3:参照「Implementation Agenda for a Circular Amsterdam 2023-2026」

    法的な壁、オランダはどう乗り越えた?

    これは日本も同じだと思いますが、サーキュラーエコノミーへの移行を促進するための法的課題が存在します。

    市民、企業、政策立案者は、現行の法律や規制を"変革の障壁"と見なす傾向があります。つまり多くの人は、これらの法律が複雑で専門的な知識を必要とし、サーキュラーエコノミーを支援するための機会が見過ごされがちだ、と、感じているということです。

    こうした課題に対処するため、アムステルダム市やDark Matter Labs ※4などの組織は、既存の法律や規制の中にあるサーキュラーエコノミーを支援する機会を特定し、政策立案者がこれらの情報にアクセスしやすくすることを目指して、情報提供ツール「CircuLaw」を開発しました。政策立案者が適切な法的手段を選択・適用し、政府間の協力を促進することで、サーキュラーエコノミーへの移行を加速させることを目的としています。

    ※4:技術革新と気候崩壊に対応するために必要な"大きなトランジション"に焦点を当てている組織。オランダ以外にもイギリスやスウェーデンなど数カ国に拠点を持つ。

    まちなかのサーキュラー開発プロジェクト

    国や市をあげての変革を経て、さまざまなサーキュラー開発プロジェクトが生まれています。

    • 1.Schoonschip/100%エネルギー自給の水上住宅コミュニティ

      Schoonschip(スホーンスヒップ)は、アムステルダム市北部に浮かぶ「水上サステナブル・コミュニティ」として知られています。47軒の水上住宅が連結され(2024年11月時点)、ソーラーパネルによるエネルギー自給、ヒートポンプやグリーンルーフによる温度調節、さらに下水の循環利用も行われています。エネルギーはコミュニティ内でシェアされる仕組みがあり、エコ技術を駆使した未来の住環境モデルとして注目されています。

      Schoonschip(photo:西崎こずえ)

    • 2.Valley/都市に自然を取り戻す「垂直の森」

      Valley(ヴァレー)は、都市の真ん中にありながらも、豊かな自然と共生するランドマーク的な複合ビルです。段丘状の外観には植物が生い茂り、3,000㎡を超える緑化面積を持つ「垂直の森」として、都市部のヒートアイランド現象を緩和する効果が期待されています。植物には自動灌漑システムが導入されており、建物はエネルギー効率の高い素材で構成。内部は自然光を最大限に活用するデザインで、人工照明の必要が減らされています。また、雨水の再利用システムも備え、緑化に必要な水資源を自給自足する仕組みも完備しています。Valleyは単なるビルではなく、都市の生態系に貢献するサステナブルな建築物なのです。

      Valleyの外観(photo:西崎こずえ)

    • 3.De Ceuvel/2013年にそのドアを開いた「リジェネラティブな実験場」

      De Ceuve(デ・クーベル)のある一帯は、造船などからなる重工業地帯でした。しかし2013年、長年の造船業に加え、金属加工や塗装作業、石油関連施設など複数の工業活動によって土壌が重金属や石油系炭化水素(PAHs)などで深刻に汚染されていることがわかったのです。

      この土地を再生するため、ファイトレメディエーション(植物による土壌浄化)が採用されました。ほかにも、市内に散らばる放置された廃船を再利用して貸しオフィススペースをつくり、ソーラーパネルによるエネルギー自給や水のリサイクルシステムを展開しています。また、アクアポニックス※5を用いた菜園から採れる食材をカフェで提供するなど、アムステルダム市のサーキュラーエコノミーとリジェネラティブな再開発地区として世界から注目を浴びています。

      ※5:従来の水産養殖と作物の水耕栽培を組み合わせたシステム。魚などの飼育と水耕栽培とで共生環境を形成することを特徴としています。

      De Ceuve(photo:西崎こずえ)

    • 4.EDGE Stadium/AI活用で効率最大化、世界一スマートなビル

      EDGE Stadium(エッジ・スタジアム)は、IoTセンサーとAIによるスマート管理でエネルギー効率を徹底的に追求したオフィスビルです。自然光の活用を最大限にするデザインや、従業員の行動データに基づいた照明や空調の自動調整など、ビル内のエネルギー消費を最小限に抑える仕組みが充実しています。さらに、リサイクル素材を多用した内装や、徹底した廃棄物管理も行われており、サステナブルオフィスのモデルの代表格といえるでしょう。

    • 5.Matrix One/分解・再利用可能な研究施設

      Matrix One(マトリックス・ワン)は、サーキュラーエコノミーを体現する最先端の研究施設で、特に「デザイン・フォー・ディスアセンブリー(解体設計)」が特徴的です。建物の主要構造や内装は、将来的に簡単に分解して再利用できるよう設計されており、解体時にも廃棄物を最小限に抑えることができます。さらに、建物全体でリサイクル素材を使用しており、サステナビリティ認証のBREEAM※5の「Excellent」も取得しています。また、スマートテクノロジーによってエネルギー効率が最適化されており、照明や空調システムが使用状況に応じて自動で調整されるため、無駄なエネルギー消費が抑えられています。研究施設でありながら、エコで柔軟な設計が未来のサステナブルな建築のモデルとして注目を集めています。

      ※5:イギリスのBuilding Research Establishment(BRE)が1990年に開発した、建築物の環境性能を評価する国際的なグリーンビルディング認証制度。

      Matrix Oneの様子(photo:西崎こずえ)

    • 6.Booking.com 本社ビル「Booking.comキャンパス・アムステルダム」

      中央駅近く徒歩すぐに位置するBooking.comの新しい65,000㎡のキャンパスは、BREEAMの「Excellent」認証を取得した最先端のスマートビルとして注目されています。オフィス全体に設置されたセンサーが、実際の利用状況に基づいて照明や温度を自動調整し、エネルギー効率を最大化。屋上には832枚のソーラーパネルがあり、地中熱エネルギー利用システム「WKO」でガスを使わずに暖房と冷房を管理する仕組みも導入されています。

      また、キャンパス内には11,000以上の植物や7本の樹木が配置され、自然と共生する空間を提供。タスクや気分に応じて選べるさまざまなスペースを施しており、ハイブリッドワークに最適化されています。地下には2,500台分の自転車駐車場があり、従業員がクリーンな通勤手段を選択しやすいよう配慮されています。さらに、地上階の難民支援プログラムからなるレストラン「A Beautiful Mess」には、連日多くの人が足を運んでいます。

      Booking.com本社ビルの外観(photo:西崎こずえ)

    • 7.プラットフォーム「Madaster」によって建築物は「資源を預ける銀行」になる

      建築の循環は大きな環境インパクトをもたらす分野であり、設計の段階から不要となる際の再利用や廃棄を考慮することが重要です。オランダのMadaster(マダスター)は、「Building as a Material Bank(資源を預ける銀行としての建築物)」という考え方のもと、建築物に使用される建材のデータベースを提供し、建材の追跡や再利用を可能にするプラットフォームです。トリオドス銀行の本社ビルやエネルギー会社リアンダーの本社ビルなど、オランダ国内外のさまざまな建築物に採用されているこの仕組みは、建築設計事務所RAU Architectsを創業したトーマス・ラウ氏によって考案されました。

      ラウ氏は、2025年大阪関西万博のオランダパビリオン設計を手がけるほか、オランダのフィリップス社とともに「サービスとしての照明」など循環型ビジネスモデルを生み出した先駆者としても知られています。このMadasterは、日本でも大手建設企業との連携が進行中です。

    アムステルダムの課題と今後の展望

    アムステルダム市は今後、実験や実践からわかったナレッジのオープンソースによる効率的なシェア、環境だけでなく社会的・経済的影響についての指標を含めていくこと。自治体の購買力を活用して循環型のパイロットプロジェクトを拡大していくこと。そしてパイロットプロジェクトから学んだ教訓を形式化するプロセスに十分なリソースをかけていくことを優先的に取り組んでいくとしています。

    アムステルダム市は、「やったことがないから」を言い訳にせず、EUやオランダ政府からの新しい法整備や規制導入を待たずしてできることを行い、逆にオランダ政府やEU側に強力な対策を求めていく予定です。

    日本は人口の多い国であり、その規模を活かして豊かなサーキュラーエコノミーのエコシステムを構築する可能性を秘めています。オランダなどの先駆者に学びつつ、多様な産業構造や文化的背景を踏まえ、日本の都市に適した方法を見つけることが、サーキュラーシティを確立していく近道なのではないでしょうか。

    PROFILE

    西崎こずえ

    西崎こずえKozue Nishizaki

    2020年1月よりオランダ・アムステルダムに拠点を移し、サーキュラーエコノミーに特化した取材・情報発信・ビジネスマッチメイキング・企業向け研修プログラムなどを手がける。日本国内でサーキュラーエコノミーに特化した唯一のビジネスメディア「Circular Economy Hub」編集部員。2024年4月からはオランダのサステナビリティに特化した経営コンサルティングファーム「Except Integrated Sustainability」に参画。サステナビリティコンサルタントとして活躍する。

    未来の景色を、ともに

    大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。

    大和ハウスグループは、建築においてスクラップ&ビルド型ではなく、ストック型社会への転換を先導し、資源利用の大幅な抑制に貢献しています。

    資源循環・水環境保全[長寿命化・廃棄物削減]

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