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連載:いろんな視点から世の中を知ろう。専門家に聞くサステナブルの目
2024.08.30
「サステナビリティが大事」なのは分かっていても、実際には、どこにどのような課題があって、私たちの生活にどう影響していくのか、正直、縁遠く感じてしまう方もいるでしょう。
そこで本連載では、実際に「サステナビリティ」の現場に向き合う当事者のリアルな声を、寄稿形式でお届けします。今回は世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)の小池祐輔さんが登場。昨今注目されるTNFDについて解説します。TNFDとは、日本語では自然関連財務情報開示タスクフォースと訳されます。一見難しそうな言葉に聞こえますが、「自然関連の財務情報の開示」とは何でしょうか。分かりやすく解説していただきます。
日本人の過半数が住む都市部。そこでの生活は自然から切り離されたように感じます。しかし、少し身の回りを見渡してみると住んでいる家、着ている服、さっき食べた昼食…。どれもきっと木、コットン、野菜など自然由来のものではないでしょうか。
都会はよく「コンクリートジャングル」と揶揄されますが、そのコンクリートですら原材料の砂利やセメントは本来自然界に属するものです。どんなに「人工的」に感じるものでも、元をたどれば自然由来なのです。
しかし、自然から切り離されたという錯覚は日々の生活における自然の重要性を軽んじることにつながり、持続可能性が疑われるまでに自然資本を枯渇させてしまいました。ではこれらの自然資本を守るためにはどうしたらいいのか。そこでビジネスの観点で誕生したのがTNFDです。
では、TNFDとは何でしょうか。
TNFDはTaskforce on Nature-related Financial Disclosuresの頭文字を取ったもので、日本語では「自然関連財務情報開示タスクフォース」と呼ばれます。なぜ自然関連の財務情報開示が自然を守ることにつながるのか、ピンと来ない方も多いのではないでしょうか。
文頭で例に出した家、服などを作っているのは企業で、一般的に、企業は投資家からのお金で操業しています。その投資家にとって、投資先の企業が安定して操業できるよう、社会が安定していて持続可能であることは重要です。特にユニバーサルオーナーと呼ばれる市場全体に投資しているような巨大な投資機関にとっては、市場の混乱は大きな損失を招くため、市場が長期間にわたり安定していることは非常に重要なのです。
ゆえに、大きな市場混乱を引き起こしかねない自然資本の減少を本気で懸念する投資家が増えてきました。そこで自然関連の情報について投資家と企業とのコミュニケーションを円滑にし、より自然に配慮した事業にお金が回るよう自然関連の財務情報開示のフレームワークが誕生しました。
「財務情報」という言葉が入っていることから「どうしたらTNFD開示の中で自然を金銭的価値で表せるか」という質問を受けることがあります。しかし、自然関連の情報すべてが通貨単位で表される必要はありません。企業の財務諸表を見ると、そこには注記があり、会計方針や簿外情報など財務諸表を理解する上で必要な情報が多くあります。TNFD開示の初期段階において自然関連財務情報というのはこれら注記と同様に、企業の財務状況をより正確に理解するために、企業が自然にどのように依存していて、どのような影響を自然に与えているのかという情報の重要性が増してきたと理解するといいでしょう。
企業はこれらの自然関連の依存、影響、情報を正確に把握するとともに情報を開示する責任があり、同時に持続可能性を望む投資家もこれらの情報開示を要求してくるわけです。
実は、日本はTNFD開示をすると宣言した企業数が世界で一番多く、「どうしたらよいTNFD開示ができるのか」という議論が活発です。
しかし、ここで一つ気を付けなくてはいけないことがあります。一般的な財務情報開示の歴史を少し振り返ってみると、財務情報をよく見せて投資家を呼びこもうとする努力は不正会計、粉飾決算などにつながり株式市場の混乱を引き起こしてきました。ここからの教訓は「よい開示」をするためには「開示を頑張る」のではなく「事業を改善する」べきということです。これはTNFD開示でも当然同じです。「開示を頑張る」ことはTNFD本来の意図に反して市場の混乱を招きかねません。
ではどのような取り組みを行っていくべきなのでしょうか。先述したように企業の自然への依存、影響をつまびらかにすることが自然資本を守るためには重要です。文頭で例に挙げた家を作る企業、ハウスメーカーを例に考えてみましょう。
ハウスメーカーにとっては、木材の生産、伐採が自然へ大きく依存、影響する項目の一つです。しかし、ハウスメーカーが自ら木材を生産、伐採している例は稀で、木が切られてから消費者の手にわたるまでに複雑な流通経路があるのが一般的です。自然への依存と影響を把握するためには、その複雑な流通経路を自然との接点まで遡る(「トレーサビリティを確保する」といわれます)必要があります。
一方、事業の特性や扱っている原料や資材にもよりますが、生産地からの流通の仕組みは複雑でトレーサビリティの確保は一朝一夕でできるものではありません。特に日本は流通経路にいくつもの業者が連なっており、どのような自然の状態の場所から原材料が調達されてきたのかを把握するのは困難を極めます。
トレーサビリティの確保が難しい中でも、大和ハウス工業が目指す森林破壊ゼロ方針、特にサプライヤーとともに森林破壊ゼロを目指すために立ち上げた"Challenge ZERO Deforestation"は優れた事例です。森林破壊ゼロを掲げる方針は近年多くの企業が設定してきましたが、同社は自社だけでなく二次以降のサプライヤーにも森林破壊ゼロ方針を掲げてもらうことを目標としています。これは、サプライヤーに対して大和ハウス工業に納品する資材だけでなく、他社に販売するものも含めて森林破壊に関与しないようにしましょう、というメッセージです。このような目標は、同社グループが目指す森林破壊ゼロの考えに賛同する企業を増やし、業界全体に森林破壊ゼロ目標の輪を広げていくことにつなげる試みであり、日本では例を見ない積極的な事例といえるでしょう。同時に同社ではこの2030年までの目標の進捗状況も合わせて開示しています。
TNFDは自社の自然への依存、影響を分析した上で、4つの柱と呼ばれる、「ガバナンス」「戦略」「リスクとインパクトの管理」から「測定指標とターゲット」のフレームワークを使って、自社の自然との関わりを再評価する機会を与えてくれます。その検討過程を市場に開示していくことで企業と投資家との自然関連のコミュニケーションを促し、より自然の保全に効率的な資本分配を促していくのです。また、自社の自然への依存と影響が明らかにされた上での取り組みは大和ハウス工業の森林破壊ゼロ方針のような自然資本を守るための取り組みにもつながるはずです。
今後より多くの企業が、自社と自然との関わりを真剣に考え、その考えを市場と共有することで自然資本を守るための取り組みが活発化し、持続可能な社会が実現されていくことを期待しています。
世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)自然保護室金融(TNFD)担当。米国公認会計士。修士(サステナブルファイナンス)。事業会社にて再生可能エネルギー関係のM&A、投資業務を担当。現在はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)などのサステナブルファイナンスのフレームワーク普及に従事する。
大和ハウスグループも「生きる歓びを、分かち合える世界」の実現に向け、様々な取り組みを進めていきます。
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