今、ある美術館の屋上に広がる空間が、にぎわいを見せています。
子ども達を惹きつけてやまない、個性的な空間づくりに一役買ったのは、
福井県にある老舗遊具メーカー。今回は、その株式会社ジャクエツに、
子どものあそびと成長の関係についてお話を伺いました。
おとぎの国のような、わくわくする空間。富山県美術館の屋上庭園「オノマトペの屋上」には、カラフルで奇想天外な8種類の遊具があります。子ども達が自然と動きたくなり、大人も一緒に遊び出したくなるこの空間に、2017年のオープン以来訪れた人数はおよそ187万人※1。親子で楽しめる富山の新スポットとして、注目を集めています。
美術館の設計は建築家の内藤廣氏。美術館建設前からこの地にあり、県民に愛されてきた「ふわふわドーム」をどうしても残してほしいという県民の声に応え、屋上に移設する案が選ばれました。改名して「ふわふわ」となったそれを中心に、「ぐるぐる」「ひそひそ」「ぷりぷり」「うとうと」といったオノマトペ※2から連想される遊具を新設。遊具をデザインしたのは、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」のアートディレクションなどで知られるグラフィックデザイナーの佐藤卓氏です。そして、遊具を製造したのが株式会社ジャクエツでした。
ジャクエツの社名に聞き覚えのない人も、どこかでその製品に触れているに違いありません。同社は福井県に発祥し、創業から100年を経て現在は全国73か所に拠点を持つ日本屈指の遊具メーカー。幼稚園の制服やお道具箱、公園の遊具に子ども用トイレなど、小さなものから大きなものまで子どもをとりまくあらゆる環境を手掛けています。
ジャクエツのルーツは、大正時代にさかのぼります。創業者の徳本達雄氏が世に先駆けて幼児教育の重要性を認識し、幼稚園を設立。その後、自ら教材や教具を企画し、製造するようになったのが始まりです。
「心をこめて商品をつくれ。使うのは次代を担う子ども達だ」。これは徳本氏の口癖。創業者の理念を引き継ぎながら、「こども環境の未来をつくる」をビジョンに掲げて、最新の教育理論やテクノロジーを取り入れたものづくりに努めています。
現在、同社グループでは「モデル園」として幼稚園2つ、保育園2つを経営し、新たな製品を開発する際の調査、検証を行っています。地道な安全対策を徹底して初めて、子ども大人問わず魅了する遊具が誕生するのです。
- ※1 2018年11月20日現在
- ※2 オノマトペ…フランス語で擬態語・擬音語という意味
全体がトランポリンのように反発する「ふわふわ」。靴を脱いで飛び跳ねている子ども達は大喜び
遊具ごとに決まったあそび方があるわけではありません。細いポールの間から「こんにちは」
100余年の歴史をもつジャクエツですが、子ども環境づくりに関しては斬新な取り組みを進めています。「PLAY DESIGN LAB(プレイ デザイン ラボ)」は同社が旗振り役となり、大学教授やプロダクトデザイナーを巻き込んだ産学協同のプロジェクト。遊具メーカーの枠を飛び出し、あそびの可能性を追求しています。
ただ単に「楽しい」だけではなく、あそびは子どもにとって成長の糧であると再定義しました。例えば、最初はできなかったことを創意工夫してやり遂げる力やチャレンジ精神。友達と協力したり年下の子どもに遊び方を教えたりする中で身に付ける、思いやりの心やコミュニケーション力。大人になって必要となる「生きる力」は、子ども時代のあそびによって自然に培われるものです。
遊ぶことは、すなわち学ぶこと。夢中になって遊びながら成長への第一歩を踏みだせるように、ジャクエツと各方面のスペシャリストとの協業は、あそびの先を見つめながら、多彩な可能性を生み出しています。
上に乗ってみたくなる形をした「ぼこぼこ」。鮮やかな水色は、芝生の緑との対照で際立っています
やじろべえのような姿の「ぐるぐる」。回転する遊具ですが、手を放すと1回転半でピタリと止まる仕様に。ジャクエツの技術が詰め込まれています
思い切り遊ぶことが、子ども達にとってなによりも成長の糧
前述の「オノマトペの屋上」には遊び方の説明書きがありません。しかし子ども達は不思議な形の遊具に掴まったり、よじ登ったり、抱きついたりして、全身を使って自由に遊んでいます。
全身の運動を促す点で、あそびは健康な体作りに欠かせません。走る、跳ぶ、乗る、回す、叩く、ぶら下がる…。夢中になって遊ぶ中で生まれるさまざまな動きにより、子どもは平衡感覚を養い、筋力や持久力を高めることができます。
また、正しい生活リズムも、あそびによってもたらされます。昼間に十分遊び、腹ペコになってごはんをしっかり食べる。夜は満腹感や運動の疲労でぐっすり眠る。規則正しい生活を定着させる鍵は、あそびにあると言えるでしょう。
子ども達の健やかな成長の柱は「あたま・こころ・からだ」のバランス。ジャクエツはあそびを通して貢献できないか考えてきました。奇想天外な遊具にはそんな作り手の意図が込められているのです。
「PLAY DESIGN LAB」でプロダクトデザイナーとコラボして生まれた遊具達。
体が自然に反応してしまう形を追求し、国内外で多くのデザイン賞を受賞しました
子どもを取り巻く環境は時代とともに変化しています。地球温暖化による気候の変動や地震、台風といった自然災害。現代の子ども達が外あそびをできる時間や場所は大幅に限定されています。
自ずと増える屋内でのあそびでは、スマートフォンやテレビゲームなどのおもちゃを与えてしまいがち。体を使わず脳だけが疲れると、おなかが減らなかったり、睡眠不足に陥ったりと、生活リズムが崩れる傾向があります。また実空間を使ったキャッチボールなどのあそびをする機会が減り、平面的な画面ばかり見つめていると、空間や距離感を把握する能力が発達しづらいと言われます。最近の子どもが、日常生活や運動時に障害物を避けるのが不得手になり、人やボールにぶつかるなどしてケガをしやすくなっているのはこのためです。
ジャクエツによると、屋外で遊ぶ場所が限られる一方で、公共施設や商業施設内の遊具へのニーズが高まっているのだとか。これからは家庭でも子どもが体を使って遊べる環境を築いていく必要がありそうです。
オノマトペの屋上全景
ある場所から見ると、平仮名の「あ」が浮かんでくる「あれあれ」。子どもの興味をかき立てます
遊具の前には名前を記した看板。つややかなオノマトペの文字の配置や書体にもこだわりが伺えます
では、子どもが体を使って遊べる家とはどのようなものでしょうか。ジャクエツが子どもの興味対象を突き詰めて考えた過程で見えてきたのは、子どもは〝あそびの天才〞だということです。太い一本柱があれば抱き着きたくなり、押し入れやクローゼットのような狭い空間があれば入りたくなる。あそびのために特別に用意された場所がなくても、さまざまな場所をあそび場に変える子ども達。必要なのは、よりあそびを楽しめる助言やアドバイスです。
ただ危険を遠ざけるのではなく、見守り、一緒に興味をもつ。子どもの視線で周りを見つめ、何を楽しみ、何が好きなのかを理解する。遊びたい衝動をサポートすることで、個性がのびのびと育ちます。
あそびが、子どもの可能性を引き出す。時代が変わり、社会の環境が変化しようとも、その役割は変わりません。未来を担う子ども達の成長のために。私たち大人ができることは、たくさんあるのです。
パイプをなめらかに曲げる技術を駆使してつくられた「ひそひそ」
どこのパイプにつながっているのか分からないのが楽しい
富山県美術館 開館案内
- 住所/
- 〒930-0806 富山県富山市木場町3-20
- TEL/
- 076-431-2711
- 休館日/
- [美術館]毎週水曜日(祝日除く)・祝日の翌日・年末年始
[屋上庭園]12/1~3/15 - 開館時間/
- [美術館]9:30~18:00(入館は17:30まで)
[屋上庭園]8:00~22:00(入館は21:30まで)
2018年11月現在の情報となります。