合理的であること。機能的であること。美しくあること。
シンプルなスツールに込められた理念と、
北欧フィンランドの暮らし方についてご紹介します。
なんの飾りもない、丸い座面と三本の脚からできたシンプルなスツール。美術館や病院などの公共施設、学校や個人宅などで腰かけたことがある人も多いのではないでしょうか。この椅子の名前は「スツール60」。1933年にフィンランドで生まれ、今なお世界中で愛用されています。デザインしたのは20世紀を代表するフィンランドの建築家、アルヴァ・アアルトです。
アルヴァ・アアルトは、妻のアイノ・アアルト、ニルス=グスタフ・ハール、マイレ・グリクセンとともに、後に北欧モダンを代表するインテリアブランド「アルテック」を創設しました。フィンランドがロシア帝国から独立した18年後、1935年のことです。
若き4人の創業者たちは家具を販売するだけでなく、展示会や啓蒙(けいもう)活動を通じてモダニズム文化を広めたいという理念を共有していました。1920年代に沸き起こった国際的モダニズム運動のキーワードは「アート(Art)」と「テクノロジー(Technology)」。この二つを融合させ、新たな実を結ぶことを目標として、アルテック(Artek)という名前がつけられました。
ヘルシンキにオープンした最初のアルテックストア(1936年)
フィンランドの首都ヘルシンキに開店したアルテックストアでは、ミロやピカソといった世界的アーティストの展覧会をギャラリーで開催。やがて新しい文化の発信地として、各地に知られる存在になりました。
また彼らの胸には、この事業の成功によって祖国の役に立ちたいという思いが強く宿っていました。独立から間もない当時のフィンランドは、とても貧しい国の一つでした。優れたデザインのインテリアによってフィンランド国民に文化的な暮らしを届けたい。家具の生産によって祖国の経済再生に貢献したい。そうした思いを象徴するのが、このシンプルな三本脚のスツールだったのです。
良いものを多くの人に届けるために、徹底的に合理性を考えて部品をスタンダード化しているのがアルテック製品の特徴です。代表的なのが「L-レッグ」と呼ばれる脚。スツール60をはじめとするさまざまな製品に共通して採用されています。4つのサイズで展開され、チェア、ベンチ、テーブル、収納家具など、延べ50以上の製品のパーツとなっています。実用的かつ機能的でありながら、大量生産がしやすく、コストを抑えることに成功した汎用性の高い部材。これこそが、アアルト最大の発明だと評されています。
L-レッグは合板ではなく1本の木を加工したもの。無垢材にスリットを入れてベニヤ板を挟み、熱して軟らかくして90度に曲げます。スリットを入れることで加工しやすくなり、強度に優れた脚が完成します。これは、木を鉄のように曲げて加工性を高めることにこだわったアアルトが、曲げ木の実験を繰り返してようやくたどり着いた技術でした。
アルテックはアルヴァ・アアルトとアイノ・アアルトがデザインしたアイテムの製造販売を行うほか、近年は国内外のデザイナーとのコラボレーションを積極的に行っています。コラボレーションの条件はただ一つ、アルテックとものづくりの精神を共有していること。アルテックはフィンランドに根差しながら、世界を見据えて発展し続けています。
スタッキングしやすい形状も美点の一つ。88 ネストテーブル(右)にも同じL-レッグが使われています
Artek Tokyo Storeに誕生したスツール ワークショップ。
座面の色や仕上げ、脚の色などを自由に選んで、自分だけのスツール60をつくることができます
アルテックの製品のほとんどは自然界にある素材からつくられています。スツール60の材料は1930年代から変わらず、樹齢80年以上のフィンランド産バーチ材のみ。アルテックの創業当時は産業基盤が未整備で、国外から素材を輸入するとコストがかかり過ぎるという事情があったのも事実です。しかしそれ以上に、国土の3分の2が森に覆われるフィンランドの数少ない資源=木を活用し、国内産業に寄与したいという思いがありました。
自然素材、とくに木材にはそれ自体に人を引きつける魅力があり、触れると安心感を得られるようなぬくもりがあります。年月とともに起こる経年変化が味わいとなり、新品にはない価値が生まれます。サスティナビリティ(持続性)という言葉が一般的になるはるか以前に、アルテックは地元産の木材を材料に使うことを会社の方針として打ち立てました。そうした努力も奏功したのか、フィンランドでは計画伐採によって100年前よりも森林資源が豊かになっているそうです。
「112 壁付け棚」は「ラメラ曲げ木」という技法でつくられた三角形のループが特徴
アアルトが1935年に設計したヴィープリ市(現在はロシア領)の図書館の風景
フィンランド・トゥルク市にあるアルテックの工場の作業風景
製造工程を示すサンプル
ブランド創設から84年。アルテックはヘルシンキに次いで世界で2軒目の直営店を東京にオープンしました。折しも日本とフィンランドが外交関係樹立100周年を迎えた2019年のことです。ArtekTokyo Store(アルテック 東京ストア)はヘルシンキの1号店と同じように、フィンランドと日本の文化やライフスタイルを発信し、現代の暮らしにおける本当の豊かさを伝えています。
緯度が高いフィンランドには、一日の日照時間が極端に長い「白夜」の夏が訪れ、日照時間が極端に短い「極夜」の冬が巡ってきます。このため、自然光を上手に室内へ取り入れ、人工の灯りやキャンドルなどによって補助する「灯りの文化」が発展しました。また、長い夜を過ごす家の中を快適にするため、おのずと家具やインテリアへの意識が高まったといわれています。
家具や家財に関しては、フィンランドでは良いものをメンテナンスしながら長く使うという考え方が当たり前。セカンドサイクルと呼ばれるアルテックのビンテージ家具に人気が集まるのにもうなずけます。
アルヴァ・アアルトがデザインしたビーハイヴやゴールデンベルという愛称のペンダント照明は、日本の住まいにもしっくりとなじみます
Artek Tokyo Store内のディスプレイ。アルテック製品以外にも、フィンランドや日本の雑貨などが販売されています。
低めのペンダント照明で北欧の食卓を表現
アルテックにとって日本は特別な国であり、日本人にとってアルテックはぬくもりや親しみを感じるブランドです。フィンランドと日本の外交関係樹立100周年を記念して発売されたスツール60の特別モデルには、座面の裏側にアイノ・アアルトが描いた「キルシカンクッカ(桜の花)」のイラストがあしらわれました。
2019年には日本を代表するデザイン賞である「グッドデザイン・ロングライフデザイン賞」をスツール60が受賞しました。長年にわたって人々に支持され、これからもその価値を発揮し続けるであろうデザインに贈られる賞です。
長く輝き続けるものには理由があり、物語がある。北欧フィンランド生まれのシンプルなスツールは、私たちにそのことを教えてくれているようです。
座面の裏側にしるされたキルシカンクッカ
使い込まれることでより美しさを増すセカンドサイクルのアルテック商品。年月とともについたキズさえも味わいに
建築家。20世紀の建築界で最も影響力をもった建築家の一人。アルヴァ・アアルトが生み出した有機的なフォルムはのちの建築家の手本となり、彼のデザインした家具やガラスアイテムは北欧デザインを世界に広める役割を果たした。
Artek Tokyo Store
- 住所/
- 東京都渋谷区神宮前5-9-20
- TEL/
- 03-6427-6615
- 営業時間/
- 11:00~20:00
- 定休日/
- 火曜
- HP/
- www.artek.fi
取材撮影協力 / Artek Tokyo Store
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