敷瓦、壁瓦、化粧煉瓦(れんが)などさまざまな名称で呼ばれていた建材が
「タイル」と名称統一されたのは1922(大正11)年のこと。
2022(令和4)年には100周年を迎えました。
私たちにとって身近な存在になったタイルですが、
改めて注目してみると、歴史や由来、成り立ちなど
知らないことが意外とたくさんあるようです。
タイルが日本に伝わった経緯や、普及した理由などを
INAXライブミュージアムの主任学芸員 後藤泰男さんに伺いました。
Profile
後藤 泰男さん
INAXライブミュージアム 主任学芸員
大学院では物質工学を専攻。卒業後、1985(昭和60)年に伊奈製陶(後のINAX、現LIXIL)に入社。INAXライブミュージアムの設立から携わった。タイルの歴史を追って約20か国を巡った経験をもつ。
土間を強くキレイにしたい!その願いに応えたタイル
日本の建築の大きな特徴は、靴を脱いで中に入ること。それゆえ、外から水や土が持ち込まれてくる土間(靴を脱ぐまでの空間)の耐久性はとても重視されてきました。平安時代までは土に石灰やにがりを加えてたたき固めていましたが、鎌倉時代以降は仏教建築の土間や仏殿などの床に「敷瓦」が使われ、より耐久性が増しました。
明治時代初期、外国人建築家による設計で建築されるようになった西洋建築では、暖炉周りや床に輸入タイルが使われます。やがて、輸入タイルを手本にした国産の陶製タイルが発売されると、それを用いた仕上げが広まっていきました。
床タイルがさらに普及するきっかけになったのは、1970(昭和45)年の大阪万博です。モザイクタイルが万博のお祭り広場(有名な「太陽の塔」がある場所)に使われ、以降、エクステリア床にタイルが普及していきました。
耐久性と装飾性を兼ね備えた床タイルは、今日もさまざまな形で住宅や公共空間を彩っています。
六角形のパターンがかわいらしい床タイル。耐久性や装飾性のほか、滑りにくいという特性もタイルのメリットとして活用されてきました(「タイル名称統一100周年記念 巡回企画展 日本のタイル100年――美と用のあゆみ」展示より)
悪疫退散!白いタイルが水まわりの清潔さの象徴に
昔の小学校や駅、公共施設のトイレ、銭湯、住宅の台所や浴室などには、白い正方形のタイルが多用されているイメージがありませんか。大正時代、日本の水まわり空間に白いタイルが使われるようになった背景には、世界的なスペイン風邪の流行がありました。
スペイン風邪のパンデミックが起こったのは、第一次世界大戦後の1918(大正7)年~1921(大正10)年です。これを機に国民すべての衛生観念を高めよう、と国を挙げての呼びかけがあり、徐々に人々の清潔さへの意識が高まっていきました。
また、それ以前から進んでいた、欧米型の合理的な生活様式を促す「生活改善運動」もいよいよ活発に。日本の銭湯・公衆浴場が不衛生で伝染病の温床になっているという指摘から、銭湯には汚れが付きやすい木材を用いず、西洋のようにタイルや人造石を用いることと定められました。白い正方形のタイルは汚れが付着すればすぐに見てとれる上、清掃すればすぐにキレイになるため、清潔さの象徴ともいえる存在だったのです。
1922(大正11)年の平和記念東京博覧会では、「文化村」パビリオンで、タイル張りの水まわり設備を備えたモデルハウスが多数提案されました。こうして、一般家庭の台所や浴室などにもタイルが広まっていきました。
1919(大正8)年「生活改善展覧会」の出品ポスター。西欧風の「文化的施設」に親しむよう呼びかけています(「タイル名称統一100周年記念 巡回企画展 日本のタイル100年――美と用のあゆみ」展示より)
内務省衛生局が作成したポスター。マスク着用やうがいの励行を促しています(「タイル名称統一100周年記念 巡回企画展 日本のタイル100年――美と用のあゆみ」展示より)
バラのレリーフが施された白いタイル(「タイル名称統一100周年記念 巡回企画展 日本のタイル100年――美と用のあゆみ」展示より)
1953(昭和28)年に愛知県建築課が設計した「農村の生活改善」を目的とするモデルハウス。ここでも白いタイルが多用されていました
戦後の経済成長時代、タイルのお風呂でいい湯だナ
1935(昭和10)年頃から、岐阜県多治見市で施釉(せゆう)磁器モザイクタイルの生産が始まります。モザイクタイルとは、表面積が50cm2以下の小さいタイルのこと。白く四角いタイルと同様、耐久性に優れ、洗いやすいという理由から普及していきます。
戦後の経済成長で人々の暮らしが豊かになると、徐々にデザイン性豊かなモザイクタイルが好んで使われるようになりました。赤、黄、緑など、カラフルなモザイクタイルや幾何学模様の描かれたタイルで水まわり空間を装飾することは、当時の庶民の憧れでした。
一方、銭湯では有名画家の作品をモザイクタイルで表現するタイル画が登場。風景画だけでなく美人画などアーティスティックなモチーフも描かれて、入浴客の目を楽しませてきました。半世紀以上の時間を経てもなお、美しさを保ち続けるタイル画を、日本各地の銭湯で見ることができます。いかにタイルが丈夫で耐久性が高い素材なのかが分かりますね。
画家・東郷青児の美人画を模したタイル絵。「アートモザイク」と呼ばれるタイル絵は、1947(昭和22)年に伊奈製陶(現LIXIL)が商品化しました(「タイル名称統一100周年記念 巡回企画展 日本のタイル100年――美と用のあゆみ」展示より)
昭和中期の浴槽や浴室床には、モザイクタイルが用いられました(「タイル名称統一100周年記念 巡回企画展 日本のタイル100年――美と用のあゆみ」展示より)
機能商品エコカラットの登場
昭和後期になると、一般的な住宅にもユニットバスや洋風便器が普及したことから、内装タイルの使用量は徐々に減少。耐水性のある壁紙やプラスチック素材が多用されるようになりました。
そんな中、1998(平成10)年に登場したのがINAX(現LIXIL)の機能性建材「エコカラット」です。タイルを壁紙のように居室の内装にも使ってもらいたいという、逆転の発想から生まれたものでした。
当時、住宅の高気密化が進む一方で、結露やシックハウスなどによる健康被害が問題になっていました。そこでINAXは、土壁のもつ調湿性能に着目。室内の湿度が高い時は湿気を吸収し、乾燥している時には湿気を吐き出す画期的なタイルを開発したのです。
エコカラットは誕生から20年以上を経ても、多くの人に支持されています。色や柄は多種多様。機能と美観を両立する商品として、これからも長く愛され続けるでしょう。
インテリアのイメージに合わせて豊富な色や柄から選べるエコカラット。嫌な臭いを吸着する機能もあるので、ペットを飼っている家庭や喫煙者がいる家庭にも適しています
<番外編>使うのがもったいない?華やかな染付便器の流行
江戸時代末期から明治時代にかけて、便器は木製から陶磁器製へと移り変わっていきました。今でこそなかなか目にすることがありませんが、当時は装飾性豊かな染付便器が富裕層を中心に大流行。瀬戸(愛知県)など東海地方を中心に生産が始まり、やがて有田(佐賀県)や平清水(山形県)、信楽(滋賀県)などでも生産されるようになりました。
また、用を足す際に床を汚さないよう、小便器の前に置いて立ち位置を示す「厠下駄」なるものも作られていました。いわば陶磁器製のスリッパですが、重すぎるので歩行には向きませんね。
INAXライブミュージアム「世界のタイル博物館」では、陶磁器製の古便器が常設展示されています。釉薬(ゆうやく)や文様、形もさまざまな古便器の実物を見学することができます。
古便器コレクション常設展示 「デザイン性豊かな昔の便器」
INAXライブミュージアム「世界のタイル博物館」で見学できる、小便器や大便器、厠下駄のコレクション。約600点の所蔵品から、選りすぐりの個性豊かな古便器を展示しています
Information
タイル名称統一100周年記念 巡回企画展
「日本のタイル100年――美と用のあゆみ」
● 会期
2022年8月30日(火)まで
● 会場
INAXライブミュージアム
「土・どろんこ館」企画展示室
● 休館日
水曜日(祝日の場合は開館)
● 観覧料
共通入館料にて観覧可
( 一般:700円、高・大学生:500円、小・中学生:250円)
主催/INAXライブミュージアム
《巡回予定》
・多治見市モザイクタイルミュージアム:2022年9月~(予定)
・江戸東京たてもの園:2023年3月~(予定)
※会場ごとに展示構成が異なります。詳細は各館ホームページ等でご確認ください。
取材撮影協力
住所/〒479-8586 愛知県常滑市奥栄町1-130
TEL/0569-34-8282
開館時間/10:00~17:00 入館は16:30まで
休館日/水曜日(祝日は開館)、年末年始