共働き世帯の増加や家族の小規模化、さまざまなメディアやデバイスの登場は、
家族団らんの在り方に大きな影響を及ぼしています。
そこで、「食卓を囲んだ家族団らん」を研究テーマにしている、表 真美教授をお招きして、
大和ハウス工業で住宅設計に携わるハウジングマイスターの池原尚志がお話を伺いました。
明治時代までさかのぼる「団らんの歴史」をひも解き、これから求められる新しい団らんの形や、
団らんしやすい住まいの間取りについてヒントを探っていきます。
Profile
京都女子大学発達教育学部教育学科
表 真美 教授
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程終了。博士(学術)。
専門は家庭関係学、家庭教育学、家庭科教育学。著書に『食卓と家族 食卓での家族団らんの歴史的変遷』(世界思想社)、『ヨーロッパの学校における食教育・家庭科教育』(ナカニシヤ出版)など。
大和ハウス工業株式会社 一級建築士・インテリアプランナー
池原 尚志
ダイワハウス ハウジングマイスター(社内認定)
暮らしやすさにきめ細かに配慮したデザインを得意とする設計士。自宅の家事をマルチにこなし、その経験を設計の仕事にもフィードバックしている。尊敬してやまない妻と息子、トイプードル4匹と共に暮らす。沖縄県出身で、寒い場所はちょっと苦手。
「食卓を囲んだ家族団らん」は
戦前の学校教育が始まりだった
池原:昭和時代のホームドラマで「食卓を囲んだ家族団らんシーン」が描かれてきましたが、まずは団らんの歴史についてお伺いしたいです。
表先生:食卓を囲んだ家族団らんには、「時間」「空間」「食事内容」「食事の担い手」といった要因が大きく絡んできます。「団らん」は古くから受け継がれてきた伝統のように思われることがありますが、実は家族がそろってご飯を食べるようになったのは、ちゃぶ台が家庭に普及する大正時代から昭和時代初期以降。さらに、会話を伴った楽しい団らんが一般的に広まるのは戦後以降のことです。
池原:戦後以降だったとは驚きました。それ以前はどのような形だったのでしょうか。
表先生:社会階級差はありますが、昔の一般庶民には家族が一同に会して食事をするような時間的余裕がありませんでした。特に農業のような第一次産業に従事する人にとって、食事は作業の合間のエネルギー補給なので、各自で手が空いたときに済ませていました。当時は家族の人数も多く、全員で集まれる部屋もありません。家族それぞれが自分専用のお膳(箱膳や銘々膳)を使い、時間のある者から済ますのが一般的でした。
食事の内容も今のように豊かではなく、作り置きの塩辛いおかずとご飯、漬物といった具合です。母親も重要な働き手の一人なので、家族全員分のお膳を整える専業主婦はいません。社会階級の高い人は、家族が集って食事ができたとしても食事中の会話は禁じられ、家長と跡取りだけが先に食べ、女性や子どもは後から土間で食べることも普通でした。
池原:とても興味深いです。昔は個人的な営みだった食事が、家族団らんの中心となる背景には何があったのでしょうか。
表先生:戦前の道徳教育である修身科や家事科(現在の家庭科)の教科書、雑誌などを分析した結果、明治20年代中期に啓蒙思想家・巖本善治が「欧米の家族を見習って皆で一緒に食事をするべき」と食卓での団らんを推奨したのが始まりです。その後、家事科や修身科の教科書に食卓での家族団らんが登場しました。国威発揚を目指す家族団結のために、国がこの考えを流布していったんですね。
大正時代になると、主婦向け雑誌の投稿ページに「家族と一緒に食べると楽しい」という内容が見られます。女学校の家事科で学んだ専業主婦が増えたことも団らんが広まった要因の一つでしょう。
1991年に国立民族学博物館の元館長・石毛直道教授が、全国の年長者を対象に行った聞き取り調査も興味深いです。対象者は箱膳・ちゃぶ台・テーブルの3つを経験した過渡期の年代の方ですが、各期間の会話はどうだったかというと、箱膳の時代は「会話は厳禁」、ちゃぶ台の時代は40%弱が「話しても良い」、そしてテーブルに移行すると食事中の会話が解禁されたことが分かったのです。
戦前までは強固な「家制度」によって、家族の帰属意識は高い水準にありましたが、戦後の家制度の廃止により、家に代わって家族を結びつける象徴として食卓が注目されたのでしょう。高度経済成長期のドラマやアニメでも、食卓を囲む団らんシーンが頻繁に描かれました。
「楽しい食事」は子どもの自己肯定感を育む
池原:食卓を囲む家族団らんのメリットについてお伺いしたいです。
表先生:家族が一緒に食事をすることは、子どもの成長に良い影響を及ぼすことがさまざまなエビデンスから明らかになっています。単に家族が集合して食べるのではなく「食事が楽しい」と思えることが重要です。小中学生を対象とした調査では「食事の時間が楽しい」と答えた子どもは、自尊感情や登校忌避感、心身の健康にプラスの影響があることが分かっています。
池原:「食事が楽しい」と思える要因はどんなものでしょうか?
表先生:好きなおかずがあるとか、品数が多いといった食事の内容よりも、会話をしたりコミュニケーションを取ったりして、楽しい雰囲気であることが大切です。しかし、会話していれば何でもいいのかというとそうではなく、例えば親子が集まると学校の話題になると思いますが、勉強や成績の話題を出すと子どもは楽しさを感じられなくなってしまうという結果もありますので、会話の内容にも注意したいところですね。
池原:なるほど。わが家は家事時間の短縮のため、週に2回決められた材料がカットされた状態で届き、短時間でおかずが作れるサービスを利用しています。時間に追われてしまうと、どうしても「楽しい雰囲気の食卓」にはなりにくいので。
表先生:大事なことだと思います。食事は家族の共同行動の中でも最も頻度が高いものなので、家族コミュニケーションを取る格好の機会です。
暮らしの変化と家族コミュニケーションの関係とは?
池原:ここ10〜20年で家庭の暮らしは大きく変化しました。共働き世帯が増えて両親の帰宅時間が遅いこと、子どもの塾通いなどは家族の団らんにどう影響しているのでしょうか。
表先生:よく「共働き世帯が増えて食卓の団らんが減った」といわれますが、それは間違いです。共働き世帯の方が家族全員で夕飯を食べる機会が多いことが調査で明らかになりました。片働き世帯だと父親を待たずに母親と子どもだけで早めに食事を済ませますが、共働きだと夕飯の時間が遅くなるので父親も団らんに加わることができるんですね。
池原:その通りだと思います。今はリモートワークをされている方も多いので、さらに家族団らんの機会は増えそうですね。テレビの影響はいかがでしょうか?
表先生:エビデンスはありませんが、スマートフォンやタブレットと異なり、テレビは家族みんなで見ることが多いものなので会話が生まれやすいといえます。団らんを促進するツールとしては有効ではないでしょうか。
池原:私も表先生と同じ考えです。わが家でも食事中にテレビをつけますが、録画しておいたニュースやクイズ番組など、画面を見なくても成り立つ番組を再生しています。食事の手元が止まってしまうこともなく、同じ情報を共有することで会話が生まれ、子どもの興味も広がってきました。
表先生:「団らん」と聞くと、食卓を囲んだ家族のイメージにどうしても引っ張られてしまう方も多いかと思いますが、食卓にこだわらなくても、家族がコミュニケーションを取る時間は設定できます。平日が忙しければ週末にソファに座っておしゃべりをする、公園に散歩に行く、買い物に行く、一緒にキッチンに立って料理をするといった家族の共同行動もいいと思います。
また、世帯構成の変化として、近年はひとり親世帯や単独世帯の増加で、「輪になって和やかに食事を楽しむ」こと自体が難しいこともありますよね。家族以外の人と集う、子どもの友人を家に招くなど、他にもいろんな団らんの形があると思います。
池原:おっしゃる通り、時代の変化とともに多様化するのは自然なことですね。また、家族コミュニケーションの時間を捻出するための「家事の共有」も大切な視点だと考えています。
表先生:そうですね。共働き世帯が増えても、依然として妻が中心となって家事を担うケースは多いです。生活時間調査でも、日本の女性の家事時間は諸外国と比較してもかなり長く、中でも食事作りは大きなウエートを占めます。「おふくろの味を作る」という強迫観念がジェンダーの足かせになっているという意見もあります。母親だけに食事作りの負担がかかれば、この先、食卓での団らんは先細りです。家族全員が家事に参加することが大切になってきますね。
池原:ダイワハウスでも、家族の一人だけが家事を担うのではなく、家族全員が自然と家事をシェアできる間取りをご提案しています。
家族の会話が生まれやすくなる間取りは
リビング・ダイニングが鍵
池原:家族のコミュニケーションが生まれる間取りについて、ぜひ表先生にご意見を伺いたいです。ダイニングテーブルを部屋の中心に配置した間取りで、ダイニング収納を設け、リビングとダイニングの境界を曖昧にしています。
わが家もそうですが、ダイニングテーブルが家の中心になっている家庭は多いようです。食事をする以外にも、リモートワークをしたり、子どもが宿題をしたりと、ソファよりもダイニングテーブルで過ごす時間の方が長い傾向があります。
表先生:そうですね。リビング・ダイニングは多目的化しているので、作業内容に応じた十分な収納が確保されているのはいいと思います。散らかった家では子どもの友人など家族以外の人を招きにくくなりますし、使いやすい収納がしっかり確保されていることはとても大切なことですね。
池原:ありがとうございます。この間取りでは1階の収納を充実させるために、浴室は2階に移動させ、キッチンの隣にはパントリーを設けて家事の効率化に配慮しています。どこにいてもテレビを見ることができ、どの位置に家族が過ごしていても会話が生まれやすいようにしています。
表先生:大切なことですね。「よく話す親子ほど、リビングでの会話が多い」という研究結果もあります。また、8割以上の子どもが子ども部屋を持っていますが、約半数はリビング・ダイニングで勉強していて、自室で勉強するよりも自律的な学習ができるという論文もあります。子育て期は特にリビング・ダイニングでどんな過ごし方をするかを考えた設計が大切です。
池原:食卓で団らんする時間が減ってしまったとしても、家族がLDKという同じ空間で思い思いに過ごす時間もまた、コミュニケーションの一つの形かもしれませんね。
表先生:親子で一緒に食事作りをする家庭ほど「家族での団らんの機会が多い」という研究結果もあります。親子で作業ができるキッチンという視点はいかがでしょうか。小さい子どもだと作業台の高さがネックでしょうか。
池原:誰か一人がキッチンに立って作業していても、すれ違うことなく冷蔵庫から飲み物を出したり、電子レンジで温めたりといったお手伝いができるような回遊性のあるキッチン周りの動線がいいかもしれません。また、家事動線の負担減を考えて対面キッチンに横並びのダイニングをレイアウトされる方が多いのですが、ダイニングテーブルで子どもと一緒にクッキーを作ったり、簡単な下ごしらえを手伝ってもらったりすることはできそうですね。
まとめ
明治時代の学校教育から始まった「食卓での家族団らん」は、時代の変遷とともに少しずつ姿を変えてきました。家づくりに正解がないように、これからの団らんの形も家族によってさまざまです。
団らんの時間を生み出すために家事負担を減らす間取りの工夫、家族が自然と集まり会話が生まれるLDKの設計、住まいが散らからないための収納計画は、どの家族の団らんにおいても、大切なポイントになりそうです。家族コミュニケーションを活発化させる家づくりについて、設計士にぜひご相談ください。