アートがさりげなく飾られた暮らしに憧れる人は多いでしょう。
しかし、「アートはちょっとハードルが高い…」「家の雰囲気に合わなかったらどうしよう…」などと、
二の足を踏んでしまう人は意外と多いかもしれません。
「難しく考えず、気軽にアートを取り入れてほしい」と話すのは、
現代アートのアーティストとして活動する熊谷香里さんです。
暮らしの中でのアートの楽しみ方や初心者でも取り入れやすい飾り方のポイントについてお聞きしました。
Profile
熊谷 香里さん
1978年愛知県生まれ。デザイン専門学校卒業後、単身渡米。NEW YORK FILM ACADEMY IN LAにて映画制作を学び帰国後、現在はアーティストとして関東を拠点に活動中。「呼吸」や「心象風景」などをテーマに絵画、映像、インスタレーションなど枠にとらわれない表現方法でアート作品を制作している。アートイベントやワークショップを主催し、アートやアーティストが身近な存在になるような活動にも力を入れている。
アートは暮らしに「癒やし」を与えてくれる存在
「アートにはデザインと違って実用性がありません。しかし、暮らしに寄り添い、そっと心を癒やしてくれる存在になると感じています」と熊谷さんは話します。ご自宅には自身の作品が随所に飾られ、訪れる人を優しく出迎えてくれます。
熊谷さん:「私の作品のテーマは『癒やし』です。一般的にはアート作品って、作家の思いが強烈に感じられるものが多いかもしれませんが、作家の訴えや思いとかをずっと見てるのって、疲れちゃうこともありますよね。ならば、ぼーっと見ているだけで人を癒やせるような絵があってもいいんじゃないかって。そう考えて、あえて『受け身の作品』をつくっています」
熊谷さんはその瞬間に感じた心模様を、抽象画で表現しています。抽象画の面白さは、その日の気分次第でさまざまな受け取り方ができるところ。同じ絵でも、その日の心理状態によって違う絵のように見えるといいます。
熊谷さん:「あるときは風に見えたり、あるときは水に見えたり、あるときは揺らぎを感じたり…。絵を眺めると、そのときの自分の内面が見えてくる気がします。また、エネルギッシュな絵を飾れば元気をもらえたり、面白い絵なら楽しい気持ちになったりと、アートの可能性は無限です。
少し体の調子が悪いときや疲れたなと思ったとき、アロマやマッサージなどのセラピーを受けたりしてメンテナンスをしますよね。それと同じように、心が疲れたらアートを見てリフレッシュするのがいいと思います。特に育児などでモヤモヤしているとき、アートに目を向けると気持ちがリラックスして、イライラした気持ちがほぐれていきますよ」
環境や文化によってアートの楽しみ方はさまざま
日本では家にアート作品を飾る文化がそれほど定着していませんが、海外ではアート作品を上手く生活空間に取り入れている人が多いと熊谷さんは話します。
熊谷さん:「特に北欧の人たちはアート作品で部屋の中を色鮮やかに飾り、日照時間の短い冬でも住まいを明るい雰囲気に作り上げるのが上手だなと感じます。一方、日本の伝統的な住まいでは、部屋の中から四季折々の庭を眺められるような縁側や円窓といった空間を取り入れてきました。こうした外の景色もアートのひとつだと思います。また、床の間の掛け軸を季節に合わせて掛け替える文化もありますよね。このように、環境や文化によって、アートの楽しみ方はそれぞれですね。
これから家を建てる人は、壁などに飾るスペースを多く作りたいと要望すれば家にアートスペースを作りやすいはず。季節ごとに絵を変えれば、気軽に暮らしの中に四季を取り入れることができると思います」
アートのある暮らしは子どもの感性も育んでくれる
アートのある暮らしは、子どもの感性を育む効果もあると熊谷さんは感じているそうです。
熊谷さん:「季節ごとに飾る絵を変えているのですが、小学生の息子はすぐに気づいてくれてキレイな色だね、空みたいだねなどと言ってくれます。日常の中で、アートの存在を意識しているのだなと感じます。子どもの感性は柔軟で、大人が考えつかないような発想をすることもあります」
ブルーの絵は息子さんが1、2歳の頃に描いたもの。そのままでは大きくて飾りにくいものでも、部分的に切り取って額装すると素敵な雰囲気になる。
生まれたときからアートが身近にある環境で過ごしてきた息子さんは、今では何かを創作することが大好きだそう。親子で一緒に絵を描いたり、粘土の立体物を作ったりするそうです。家の中には息子さんが描いた絵や、家族で遊びに行った海で見つけた流木や貝殻も飾られ、暮らしの中に自然のぬくもりが感じられます。
熊谷さん:「アート作品は高いものを奮発して買うもの、という固定概念があるかもしれませんが、海で拾った思い出の品や子どもが描いた絵も、自分だけのとっておきのアートになります。最初からアーティストの作品を買おうと気負わずに、まずは身近にある自分が好きだなと感じるものを飾ってみてはどうでしょうか」
アート作品はどのように飾る?暮らしに取り入れるアイデア
家にアート作品をセンス良く飾るにはどうしたらいいのでしょうか。熊谷さんにコツを教えていただきました。
まずは自分の好みを知ることから
熊谷さん:「おしゃれなカフェやレストラン、雑貨店といった素敵な空間には必ずと言っていいほどアート作品がセンス良く飾られているので、チェックしてみてください。こんな絵を自分の家に飾ったら素敵だなと感じることが、暮らしにアートを取り入れる第一歩です。また、ギャラリーでは多くのアーティストが個展やグループ展を行っているので、足を運んで実物に触れるのもおすすめ。写真では感じることができない作品の佇まいや、作品に込めた作家の思いを聞いてみると、アートの印象も変わると思います。最近はインターネットでもたくさんのアート作品を手軽に見つけることができます。サブスクリプションでレンタルできるサービスもあるので利用してみてください」
大きな1枚の絵よりも小さめの絵を複数飾る
熊谷さん:「壁一面に大きな絵を飾るのは難易度が高いので、小さめの絵を何枚か飾ってみるといいでしょう。小さめの絵をタテとヨコに組み合わせて飾ったり、縦長の壁面があれば3つの絵を縦に並べたりするとリズムが生まれます。ギャラリーやカフェの飾り方が参考になりますよ」
自然素材と組み合わせて飾る
熊谷さん:「花など自然素材と組み合わせてアートを飾るのが好きです。自然から生まれたものは究極の作品だと考えているので、そこに自身が生み出したアート作品を組み合わせることで、お互いを引き立てる効果が生まれると感じます。絵に使われている色と花の色をリンクさせて飾っても素敵です」
キッチンカウンターに飾って家事を楽しく
熊谷さん:「家電などで雑多な印象になりがちなキッチンカウンターですが、我が家では家電を白に統一して、カウンターの壁面に小さめの絵とお気に入りの卓上鏡、花などを飾り、自分のお気に入りの空間を作っています。好きなものを取り入れて、苦手な家事が楽しくなるように工夫をしています」
玄関・トイレに飾る
熊谷さん:「トイレや玄関は来客者の目にも触れやすく、狭い空間なので小さめの絵も見栄え良く飾ることができます。絵はスツールの上に飾ったり床置きにしたり、壁に取り付けたシェルフに飾ったりと正解は一つではありません。飾ることを自由に楽しんでほしいです」
番外編:ピクチャーレールはなくてもOK
熊谷さん:「飾る壁面が石膏ボードの下地の壁であれば、よっぽど巨大な絵でない限り、石膏ボード用のピンだけで額を飾ることができます。ピクチャーレールのワイヤーは意外と存在感が出てしまうため、この方法がおすすめ。最近は軽くてお手頃な価格の額も販売されています。飾る絵のサイズが多少変わっても、マット(作品と額縁の余白を埋めて作品を引き立てる台紙のこと)を変えることで同じ額を使うことができます」
アートを取り入れるために設計時に工夫したこととは?
5年前にご自宅を建てられた熊谷さん。アート作品を飾ることを前提に、設計時にいくつかの工夫を施したといいます。
アートを照らす照明を設置
熊谷さん:「玄関を入って正面の壁(写真左側の壁)には作品が映えるようにタイルをあしらい、壁面を照らすスポットライトを取り付けました。絵を飾らずにタイルをこのまま活かしたいという夫の意見もあり絵は飾っていませんが、スポットライトによって生まれるタイルの陰影が幻想的で、これもアートだなと感じます」
窓の外の景色もアートになる
熊谷さん:「我が家のリビングは2階なので、隣家の視線が気にならず空を感じられるところが気に入っています。FIX窓を採用し、昼間はロールスクリーンを上げて窓の外の景色を楽しめるようにしました。秋はちょうど隣家の庭の柿の木が窓の外に広がり、春は隣家の庭に咲くミモザが目を楽しませてくれます」
アトリエにはお気に入りのアクセントクロスを採用
熊谷さん:「私のアトリエは壁紙の一部を自分の好きなインディゴブルーにしました。無機質のただただ白い部屋で考えていても何も浮かびませんが、自分にとって居心地のいい空間で過ごすと創作意欲が湧いてきます。視界の中に創作のヒントになるような小物やアート作品、色、植物、窓から見える景色がある環境で創作することが好きです。鳥の鳴き声、太陽の日差しなど、どこをとっても貴重な空間です」
まとめ
自分のお気に入りのアートを自宅に迎え、生活空間に飾って一緒の時間を過ごしていくことは、暮らしを豊かにしてくれるでしょう。花を飾るような感覚でアート作品を飾り、自分らしいお気に入りのスペースを作り上げてみてはいかがでしょうか。