家族がともに過ごす時間、リビングはその主役となる大切な空間です。
1階にリビングやダイニングを、2階に居室を設けることが多いものの、
開放的な2階をもっと楽しく使ってみてはどうでしょう。
少し視界を高くして、2階にリビングを設けてみると、家族で過ごす時間にも変化が生まれます。
今回お話を伺ったのは、2014年の独立以来、住宅設計を多く手がけられている建築家の田岡博之さん。
現在、2階にリビングを設ける方向で設計を進めている住宅の例をもとに、その魅力について聞きました。
2階リビングのメリットは、眺望の良さを確保できること
まず、2階にリビングを置く最大の魅力は、眺望の良さを楽しめることといえるでしょう。
「視点が高くなることで視界を遮るものが減り、遠くの風景を借景として取り込んだり、すぐ近くにある風景を住空間に取り込むこともできます」と田岡さん。また、眺望の良い大きな窓は明るい日差しをたっぷりと室内にとり入れることができるという利点も。さらに「住宅が密集する都市部では隣接する建物からの視線を遮ることができ、プライバシーを確保することもできる」とか。このように、2階にリビングを設けることで周辺環境のさまざまな要因をポジティブなものと捉えられると田岡さんは続けます。
今回事例として挙げていただいたTさま邸では、「高台の中腹」「海に向かって傾斜した斜面」「遠くに瀬戸内海や厳島が見える」といった眺望の良さを活かし、リビングを2階に設けることにしたといいます。
特別な場所とつながる、2階の高土間
現在、田岡さんが設計を進めるTさま邸は、自身が生まれ育った広島県に建築予定の住宅です。オーナーのTさまは、田岡さんの高校時代のご友人。いつかは家を設計してほしいと話していたものが実現したものとか。敷地探しから手伝い、理想の住宅地にたどり着いたといいます。
「Tさまは2人の子どもを持つ夫婦です。広島市に近い地域も含めて検討したものの、交通の利便性よりも自然環境が豊かで家族がのんびり過ごせる気持ち良さを優先しました」
300m2にもおよぶゆったりとした敷地は、高台の中腹に開発された住宅地にあります。ここは世界遺産として知られる厳島(宮島)に近く、北側には中国山地を背負い、南側には瀬戸内の美しい水面と厳島の山並みを望むことができます。海に向かって傾斜する壇上の敷地を活かし、瀬戸内海と厳島を眺める舞台となるよう、リビングを2階に設けました。
実は当初、田岡さんはTさま邸のリビングを1階に配置しようと考えていました。
「Tさまご夫妻が大きな家を求めていなかったこともあり、建築面積を抑えた2階建ての住宅にすることは早くから決めていました。ただ、設計を進めていくと、1・2階の居室がバランスよく収まらず苦心しました。広い庭に面したリビングを考えていたのですが、ある時、リビングを2階に設けるよう変更したことで無理のないプランが生まれたのです」
厳島神社のある厳島は、広島で生まれ育った人にとって特別な場所であると田岡さん。やはりそこを眺めるリビングが必要だと考えたのです。
「歌舞伎の舞台で両サイドにある高い桟敷席を高土間といいます。2階を高土間のような空間と考え、家族みんなで海を眺められる場所にしました。海の向こうに島があり、木々の先には神社がある。さすがに神社までを直接見ることはできませんが、身体でそれは感じられます。住宅を設計するうえで、常に環境を体感できる家にしたいと心がけているんです」
天井を高くすることで、2階リビングはより開放的になる
「上階に居室をもつ1階のリビングと異なり、上階のない2階にリビングを設けると天井の高さにも自由が生まれやすいんです」
と田岡さんはいいます。Tさま邸でも1階の天井を抑えた分、2階に広々とした高い天井を設けました。
海に面して引き戸の窓を設けた南側の天井は高さ2.3mながら、山に面して高窓を設けた北側の天井高は3.25m。太陽の光が差し込む南の窓と、やわらかく安定した光で家の中を満たす北の窓。天井に傾斜をもたせ、南北両面に窓をもつ広々した開放感あふれる2階リビングになっています。このように、天井を高くもうけることで、眺望の開けた2階リビングをより開放的な空間にすることができます。
1階と2階リビングのつながりを意識した吹き抜けの階段
高土間の2階に対し、1階は平土間を考えたと田岡さんはいいます。平土間とは、歌舞伎の舞台に面した正面の席のこと。玄関から続く土間は庭へつながり、土間に面して将来的に分割可能な大きな居室、そして洗面室や浴室などの水回りを左右に分けて配置しました。
土間はDIYや家事などの作業場としてはもちろん、子どもたちが勉強机を並べて活用することもできるフレキシブルな空間を想定したもの。また田岡さんは、土間の上に吹き抜けを設け、2階とのつながりを意識させているといいます。
「家全体を大きな1室の空間にしたいと考え、1階と2階の距離を近づけようと1階は天井の高さを抑えています。低いところでは天井の高さが2mほどしかないので、通常の家よりも階段の段数も少なく、吹き抜けに手を伸ばせば2階に届くほどです」
リビングの位置は、家族のあり方から考える
また田岡さんは、リビングの配置を自由に考えることで複層的なプランを考えることができるといいます。それは多様なあり方をもつ家族にも喜ばれるのではないかと続けます。
「以前に勤めていた設計事務所で二世帯住宅を設計したことがあります。二世帯住宅において重要なのは、家族それぞれの居場所をどうつくるかではないでしょうか。家族だからこそ共有できる空間があり、一方で個々を尊重する空間も必要です。その住宅ではスキップフロアで家族を分割しながら、それをつなぐ場所として1.5階にダイニング、2階にリビングを配置しました」
家族にとって広場となるようなリビングはオーナーさまからも好評で、それを中心に集いの場と個々の場所を複合的に組み立てていったといいます。
「住宅を計画する際は周辺環境から良い面を見つけだし、それをオーナーさまに届けたいと考えています。2階にリビングを設けることは、そこが家族にとって楽しめる空間となるから。たとえば、緑地の木々に面していたり、心地よい光が差し込んだり。もちろん、それによって他の機能をもつ居室が1階である良さも見つけなくてはいけません。何かを諦めるのではなく、魅力を見つけだして空間で実現すること。それが師である建築家の川辺直哉さんから学んだことかもしれません」
1階は居室に限らず、駐車場や庭といった外の環境にも機能を設けることも多いでしょう。たとえば駐車場上に2階リビングとつながるバルコニーを併設すれば、ガーデニングやアウトドア・リビングとしてこれまでとは違う楽しみをもつこともできます。キッチンをリビングとともに上階に設けることで、いつもとは違う時間を楽しむことができるのです。
2階リビングは、都心部の住宅にも
このように2階のリビングは、とくに都心部の住宅に新たな可能性を生むのではないかと田岡さんはいいます。
「土地によって条件は違うので一概にはいえませんが、住宅地の多くは都市計画法の用途地域で第一種・第二種低層住居専用地域に指定されています。これによって建ぺい率や建物の高さが定められ、それらを加味しながら敷地に対して建物の配置を決めていきます。それに加え、「北側斜線制限」という北隣の建物の日照に配慮した規制もあります。これはある高さから勾配をつけることが求められるため、2階の北側に面した空間は天井高に影響を受けやすい。1階と2階を同じ天井高にしてしまうと、時に2階は制限を受けた部分の天井が低すぎて居室として使いにくくなります。そこで、たとえば1階の天井高を抑え、2階に天井の高いリビングを設けることで、法的なルールを守りながら効率よく気持ちの良い空間が生まれるのではないかと思います。また、隣家との距離感、密集地でのプライバシーの確保、駐車場や庭の配置などを考えていくと、2階のリビングはとくに都市部で効率よい住まいを実現しやすいのかもしれません」
開放的で、視界が広がり、明るい2階の空間。そこに生活の中心となるリビングを配置してみたら。Tさま邸のような特別な風景ではなくとも、そこから見える風景が家族にとって特別なものとなるかもしれません。高い天井もまた、室内の風景を大きく変える要素でもあります。これまでの常識と視点を少し変えてみると、住宅にはまだまだ新たな可能性が見えてきそうです。
PROFILE
田岡 博之さん
広島工業大学環境学部環境デザイン学科卒業。筑波大学大学院芸術研究科建築コース修了後、川辺直哉建築設計事務所の勤務を経て、田岡博之建築設計事務所設立。「tent architects studio」「tentplant」を共同主宰。
文:山田泰巨 / 写真:井川拓也(模型/インタビューカット)、鈴木研一(建築写真)