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便利になるのは本当にいいこと?暮らしを見つめ直す
ユニークな視点「不便益」とは?

IoT(Internet of Things)の発達で、
家のあらゆるものがインターネットとつながるようになりました。

エアコンやお風呂、家電製品やカーテン、照明、
鍵に至るまでさまざまなモノがスマートフォンで操作でき、
外出先でも遠隔操作で住まいを快適な状態にしてくれる他、
近い将来には住人の健康状態を感知して、AI(人工知能)が快適な室温や、
ストレスレベルに応じた照明の明るさ、
果ては家族の好みを踏まえた今夜のメニューまで提案してくれる…、
そんなSFのような未来もささやかれています。

そうやって世の中がどんどん便利になっていく現状に、
なんとなく危機感を覚える人も少なくないようです。
スイッチを押すだけですべてがコントロールでき、
頭を使う機会が減った現代の暮らしに慣れてしまうと、
「人間の知恵が奪われるのでは?」という不安の声も聞かれます。

今回は、「不便益」を研究する京都先端科学大学教授の川上浩司先生にお話を伺い、
「便利さの裏にあるデメリット」や「不便さがもたらすメリット」に目を向けつつ、便利で暮らしやすく、
住む人の感性をも健全に保てるような住まいについて、ヒントを探っていきます。

IoT(Internet of Things)の発達で、
家のあらゆるものがインターネットとつながるようになりました。

エアコンやお風呂、家電製品やカーテン、照明、
鍵に至るまでさまざまなモノがスマートフォンで操作でき、
外出先でも遠隔操作で住まいを快適な状態にしてくれる他、
近い将来には住人の健康状態を感知して、AI(人工知能)が快適な室温や、
ストレスレベルに応じた照明の明るさ、
果ては家族の好みを踏まえた今夜のメニューまで提案してくれる…、
そんなSFのような未来もささやかれています。

そうやって世の中がどんどん便利になっていく現状に、
なんとなく危機感を覚える人も少なくないようです。
スイッチを押すだけですべてがコントロールでき、
頭を使う機会が減った現代の暮らしに慣れてしまうと、
「人間の知恵が奪われるのでは?」という不安の声も聞かれます。

今回は、「不便益」を研究する京都先端科学大学教授の川上浩司先生にお話を伺い、
「便利さの裏にあるデメリット」や「不便さがもたらすメリット」に目を向けつつ、便利で暮らしやすく、
住む人の感性をも健全に保てるような住まいについて、ヒントを探っていきます。

Profile

京都先端科学大学 工学部機械電気システム工学科 教授・博士(工学)

川上 浩司(ひろし) 先生

京都大学工学部卒業、同大学院工学研究科修士課程修了。同大学情報学研究科助教授、同大学デザイン学ユニット(後に情報学研究科)特定教授などを経て現職。「システムデザイン」「システム工学」「機械工学」が専門で、暮らしを豊かにする「不便益」研究の第一人者。『不便益のススメ』(岩波ジュニア新書)などの著書がある。

「不便益」とは?不便なものにも「益」がある

「不便益」は英語で言えば「benefits of inconvenience」。不便さがもたらす利益のことです。例えば、幼稚園や保育園の中には、園庭をわざとデコボコにしているところが全国各地にあります。園庭は平らな方が安全ですし子どもも走りやすいですが、あえて不便にすることで子どもは転ばないように自ら工夫するようになり、そうやって得た危機回避能力が、生き生きとした成長につながります。

また、電子辞書はスピーディに調べることができますが、紙の辞書なら調べた単語に関連する言葉や熟語も自然と目に入ってくることでしょう。ページをめくる途中で他の単語が目に止まり、そこを読み始めて注意がそれることもありますが、知識が深まることは確かです。身の回りには「不便で良かったこと」が意外とたくさんあります。

「便利=益」とは限らない。便利になることで失われるもの

世の中は「便利になるのがいいこと」という前提で進んでいますが、果たしてそうなのでしょうか?「便利と不便」、「益と害」を改めて捉え直してみましょう。

できることをさせてもらえなくなる?

こちらの図の中で、便利側に置いている二つのうち、「便利益」とは「できないことをできるようにしてくれる便利」です。また、「便利害」とは「できることをさせてもらえなくなる便利」です。便利なものが益となるか害となるかの分かれ目は、「人間がコミットする余地があるかどうか」と考えています。

例えば、現在のロボット掃除機は床に置いてあるモノを片付けるひと手間が必要で、その過程によってある程度「自分ごと」にしつつ、自動化により掃除の労力や時間を省けるので、便利益といえます。一方、「便利害」の身近な例としては「簡単すぎるゴミの分別」が挙げられます。私の住んでいる地域では包丁も燃えるゴミとして捨てていいよと言われており、高性能な焼却炉のおかげで多くのモノが可燃物として捨てられるので、あまり分別の手間がかかりません。しかし、自分が工夫して分別することによってモノが生き返り、そこに自分が貢献していることは本来うれしいことのはずなのに、そこにコミットできない状況は「便利害」といえます。

また、自動運転化で将来もっと技術が進化すれば、「人が運転するなんて危険極まりない!」と、運転することが許されない世の中になってしまうかもしれません。運転が好きな人でも、ドライブをする楽しみが奪われてしまう「便利害」といえるでしょう。

物の理(ことわり)が分からなくなる?

「人間がコミットする余地がない」状態とは、物の理を感じる機会が失われるということも意味します。例えば、昭和の時代のお風呂は水をためてからガスで沸かすので、上の方はちょうどいい温度でも、中はぬるいということがしばしばあったかと思います。水は温度によって重さが変化するため、熱くなったお湯は上に、冷たい水は下に行くのが自然の理です。今はボタンひとつで湯張りをするフルオートバスなので、現代の子どもたちはどのような仕組みで均一な温度のお湯が出てくるのか分からないでしょう。これは見方を変えれば、「便利な暮らしが物事の工程をブラックボックス化させた」といえます。

ボタンを押すと温度が整う、ある意味サイバーな状態になってしまうと、世界とつながっている感覚がだんだん失われ、現実感、今生きていることの実感、あるいは無条件に「変化を感じて楽しい」という感覚が薄れてしまうことにもつながります。

また、いつも通りの失敗ない暮らしが続いていくより、凸凹、ムラ、プチ失敗といった変化がある方が、生活が楽しく、豊かになるような気がしませんか?便利すぎるものは我々からそれを奪っていく…と言い換えることもできるでしょう。

「できないことができるようになる便利」と、「できることをさせてもらえなくなる便利」を同一視せず、区別して考えましょうというのが「不便益」です。「便利すぎるのは良くない、昔に戻ろう」という懐古趣味や、「不便でも我慢をすればいいことがある」といった妥協でもなく、「不便だからこそいいことがある」とポジティブに捉えるのも不便益の特徴です。

私たちの住まいに「不便益」の考えを生かすには?

とはいえ人間は便利なものを求めてしまうと思います。便利なものに囲まれながらも、「不便益」の考えを生かして暮らしや住まいを豊かにする方法について考えてみます。

エネルギーのやりとりを見える化できるシステム

自動空調は便利ですが、前述のようにブラックボックス化すると、自分がコミットしている感覚が薄れてしまいます。エネルギーシステムを入れるなら、リアルタイムでどれだけ発電してどのようにやりくりしているのかが見えるようなシステムであれば、コントロールする中で自分ごと化もできて、いい便利(便利益)だと思います。このように自動化システムでも、その中身を理解して使えるようなものを選んだり、仕組みを知らない子どもには大人が教えるなど、コミュニケーションを工夫することも必要かもしれません。

※エネルギーシステムHEMS
発電・売電、使った電気量など家じゅうのエネルギー状況や空調・玄関ドアを集中コントロールし、タッチひとつで自在に操れる

家事がしやすい動線設計

何もブラックボックス化することなく、人のコミットする余地も奪っていない。住まいの「便利」の中でも、できなかったことができるようになる便利(便利益)なので、どんどん進めるべきだと思います。

バリアフリーからバリアアリーへ

不便な段差をあえて設ける「バリアアリー」という考えがあり、一部の介護施設で足腰を鍛える目的で導入されています。どのぐらいの状態の人にどんなレベルのバリアを設けるべきかは、慎重に設計する必要があるのですが、例えば住宅で、若いうちは適度な段差を設け、高齢になったら動作に応じた段差へと段階的にカスタマイズできる設備などが開発されるといいですね。

その他、住まいづくりの際にはどんな設備を入れるか、たくさん迷うと思います。通常は機能的なメリット・デメリットの比較検討で終わってしまうところを、「不便益」の考えを踏まえながら、もっと自分にとって深い意味でのメリット・デメリットとは何か?を意識できるようになればいいかもしれません。

例えば、スマートスピーカーに「おはよう」と話しかけたり、あらかじめ設定しておいた時間になったりするとカーテンやシャッターが自動で開くIoTがありますが、自分の手で開けた方が目覚めのスイッチが入ると私は感じます。「今日は空が澄んでいるな」などと情緒的な気付きもあり、自然とのつながりが感じられて「今日もがんばるぞ」というモチベーションにもなるでしょう。
このように、利用者の好みや情緒的価値も含めて取捨選択するといいでしょう。

「不便益」のある暮らしに、人は愛着が湧いていく

これから家づくりをする方におすすめしたいのは、「少しの手間をかける」余地を残すことです。便利な家にするとしても、自分が何もやらなくてもいいような完全自動化を目指すのではなく、「なるべく簡単に手間をかけられる」ようにする。その方が家に対する愛着が湧くと思います。

もっとも身近な例としては、庭を取り入れることです。自然というものはある意味、自分の力ではコントロールできない不便なものです。そこに気付きや発見があり、工夫が生まれます。庭を維持するには定期的な草むしりや水やりが必要で、虫もやってくるでしょう。しかし、手間をかけることで自然の移り変わりが感じられたり、ホッと癒やされたりします。これは、AIにコントロールされた均質化された暮らしでは味わえない楽しみです。

庭に限らず、丁寧な掃除方法やメンテナンスなど、自分にあったものなら何でも構わないのですが、このように手間をかけることができる暮らしには、人と家との相互作用が生まれます。それは、家への愛着や人の感性を育み、暮らしの豊かさにつながると考えています。

まとめ

スマートホーム化すると家事がラクになってその分楽しい時間が生まれたり、大切な家族やペットを見守れたりとメリットもたくさんあります。しかし、便利さだけを追求するのではなく、不便なものの中にも益があるのでは?という視点で考えてみると、豊かでバランスのいい家づくりにつながるはずです。

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