コウボパン小さじいち
食・趣味・娯楽
ロイヤルシティ大山リゾート/2023.07.31
ロイヤルシティ大山リゾートから車で約5分。まっすぐ伸びる道を走ると、片流れ屋根のユニークなかたちの建物が姿をあらわします。ここは、関西から移住したご夫妻が営まれているパン屋『コウボパン小さじいち』。大山産小麦、大山の地下水、大山の空気をたっぷり吸った自家製酵母、モンゴル岩塩というシンプルな材料でつくられるパンは、遠方からもファンが訪れる人気ぶり。「ここのパンを買うのが、毎回楽しみ」という大山リゾートのオーナーさまもいらっしゃいます。
『コウボパン小さじいち』オーナーの西村公明さんとあゆみさんご夫妻は、脱サラ後に修業を経て、兵庫県でパン屋を独立開業されました。当時つくっていたのは、バターをたっぷり使ったリッチな味わいのパン。多くのファンや常連客に愛されていましたが、「自然の中で、納得できるかたちでパンを焼きたい」と一念発起。新しい拠点を求めて関西近郊の海辺や山間部をめぐる中、米子市に実家のあるあゆみさんと訪れた大山で、堂々たる山容を目の当たりにしました。「この景色がバーンと目の前に出てきたときに、『あ、ここだ』と」と、当時を振り返る西村さん。伯耆町(ほうきちょう)から見る大山は、別名『伯耆富士』と呼ばれる美しさ。工房の真正面に、名峰が両手を広げるかのような特等席を得ることができました。
(写真左)「冬場の厳しさを知らずに来たので、最初の1、2年の冬場は大変でした(笑)」と振り返る西村さん。冬季休業中は各地で本とパンとのコラボ、器とパンとのコラボなど、さまざまな企画を実施している (写真右)店舗からの眺め。下のカフェからも正面に大山が見える
伯耆町で営業を始めた2006年(平成18年)。当時は、現在のように発酵食品が注目されておらず、自然にある菌を培養してつくる酵母を使ったパンは、パンの中でもニッチな存在でした。酵母のパンを知ってもらうために、積雪の多い冬季は長期休業し、各地のイベントに出店。車に小型オーブンと蒸し器を積んで出かけ、できたての酵母パンの味を伝えていきました。自家製酵母は、さまざまな種をトライした結果、レーズン種と、小麦粉や全粒粉と水を混ぜて育てたサワー種がメイン。季節の果実やその時々のいただきものを発酵させた酵母を使うなど、ひとつひとつのパンに大山の恵みが凝縮されています。
発酵した生地の甘い香りが漂う工房。パンの香りに引き寄せられて、大山から降りてきた架空の動物が、パンに焼印されている
開店当時はまだ大山での小麦づくりが盛んではなかったので、水田を借りて小麦づくりにも着手したというおふたり。「3年くらい挑戦してみましたが、パンの機械が壊れるのとほぼ同時に農機具が壊れたり(苦笑)、小麦の収穫時期が梅雨と重なり、雨が多い地域なので実った小麦の粒が発芽してしまったり(穂発芽)と、結構大変で…。それまでは、無農薬栽培がいいなどと簡単に理想を言っていましたが、無農薬で育てる大変さを知っていい経験になりました」と、あゆみさんも当時を振り返ります。その後、大山に小麦農家が増えはじめ、開店5年目の頃に念願だった地元産小麦を使ったパンづくりが実現。『コウボパン小さじいち』では、減農薬で育てられた大山産小麦を数種類ブレンドし、工房の石臼で挽いて製粉するところからパンづくりが始まります。
(写真右下)トーストしたり、蒸したりと、パンの特性に合う火の通し方がわかる「パンとお飲み物セット」。地元白バラ牛乳の入ったアイスオレ、自家製梅のソーダなど、ドリンクも大山の恵みたっぷり。地元産野菜たっぷりのベジタリアンランチや、パンの地方発送は、ウェブサイトから予約を
工房に併設されたカフェ『食べるところ』では、パンとお飲み物セットのほか、地元産野菜を使った品数豊富なワンプレートのベジタリアンランチ(予約可)も味わえます。もちろん、その日に買ったパンをイートインすることも可能。酵母パンの多くは固い食感で、酸味のある独特な風味がありますが、『コウボパン小さじいち』の自家製酵母パンを食べれば、そうしたイメージが覆るはず。ほっかほかに蒸したカンパーニュは、絶妙なバランスの食感で、噛むほどに小麦のうま味と酵母のまろやかな酸味が広がっていきます。次なるステージに向け、薪窯づくりも進行中とか。これからの『コウボパン小さじいち』のパンも、ますます楽しみです。
「僕たちがつくるのはハレの日ではなく、ケの日のパン。毎日食べ続けてもらえるパンをこれからもつくっていきたいです」と西村さん。妻のあゆみさんも「自分たちでイチから挑戦したので、地元産の小麦を使っているありがたみは大きいですね」と語ります
取材撮影/2023年6月9日
コウボパン小さじいち[現地から約2.4km~3.8km]