かける木工舎
文化・歴史
ロイヤルシティ阿蘇一の宮リゾート/2023.09.29
阿蘇五岳の裾野に広がる熊本県小国町(おぐにまち)では、約250年もの間、「小国杉」と呼ばれる地域材が育てられています。江戸中期、熊本藩が各戸に25本ずつ苗木を渡したことから始まる小国の林業は、今も町を支える大事な産業であり、国内でも長い歴史を持つ林業地のひとつです。建築に適した粘り強い小国杉は、名実ともに高く評価されるブランド材。熊本の空の玄関口「阿蘇くまもと空港」をはじめ、小国町の道の駅や町民体育館など、さまざまな木造建築や地域デザインに多数活用されています。
標高約600m、小国町の里山にたたずむ「かける木工舎」の工房。周囲は小国杉の杉林に包まれている
小国杉に囲まれた一本道の向こうに見えてくるのは、家具職人兼指物師の東村英司さんと、家具職人の當房(とうぼう)こず枝さん夫妻の拠点「かける木工舎」です。小国杉の産地とはいえ、木工家具には硬い広葉樹が使われるため、当初は家具の一部にだけ軟らかな小国杉を使う予定だったとか。「(建築物だけでなく)家具にも小国杉を使ってほしい」という地元の人々のリクエストに応えて実験的につくったちゃぶ台を、無意識になで続ける人が多かったことから、人の五感に心地よく語りかける小国杉のポテンシャルを感じたといいます。
取り扱う素材は、小国杉などの小国町産材を中心に国産材、外国産無垢材など。椅子、テーブル、ソファなどのオーダー家具から、キッチン雑貨や食器まで手づくりで制作。写真右下は、小国町で満1歳を迎える子どもたちに贈られる積み木「wood start」
寒暖差の激しい環境で育った小国杉は、木目の締まり方が冬と夏で大幅に違うため、通常なら機械で行う作業もすべて手作業で行われます。家具づくりには、「組み接ぎ」と呼ばれる伝統技法が用いられ、釘などの金具は不使用。木の経年変化や、使ううちに課せられる荷重にも備えた細工を施すなど、使い手への気遣いが宿ります。かける木工舎の家具は阿蘇くまもと空港の出発ロビーや町内のカフェなどでも使われており、座り心地や使い心地を体感した人からの問い合わせが多いとか。小国町の依頼で満1歳を迎える子どもたちに贈られる積み木「wood start」も小国杉で制作。旧国鉄宮原線遊歩道に残る「幸野川橋梁」をオマージュしたアーチ型の積み木も、ここで生まれた作品です。
椎茸の乾燥小屋を改装したギャラリー兼ワークショップスペース。ワークショップは1日1組限定
小国の森に住み、小国杉で家具をつくる生活も4年が過ぎたおふたり。当初は寂しかったそうですが、自然や人とのつながりを感じるようになったと、當房さんは語ります。「顔を知っている木こりさんたちが育てた小国杉を、顔を知っている製材所の方が加工する。それを家具にする私たちは、小国の森とお客さまとのつながりをつくる役割なのかなと。都会で家具をつくっていたら、そんなことは感じなかったと思います」。人や自然とつながりながらつくられる、使い手と添い遂げる家具。これからも小国の森から生まれていきます。
妻の當房さんの作品を見て「余計なことをせず、木のあるがままを表現しようとする潔さを感じます」という東村さんに対し、當房さんは「(東村さんの作品は)とにかく精密。隠れるところまで正直につくる真面目さは、選ばれる方にも伝わっていると思います」