島津薩摩切子/ギャラリーショップ 磯工芸館
文化・歴史
霧島高千穂リゾートランド/2022.09.13
色と光のグラデーションが美しい繊細なカットで魅了する『薩摩切子』。霧島高千穂リゾートランドが広がる鹿児島県の工芸品『薩摩切子』は、無色のガラスに厚い色ガラスをかぶせる独特の製法で、色の濃淡やグラデーションもすべて手彫りで仕上げられています。
歴史をたどると、その華やかさからは想像もつかないものでした。薩摩藩でガラス製造が始まったのは1846年(弘化2年)、島津家27代当主、島津斉興が江戸から硝子師を招いて薬瓶など製造したことから始まり、1851年(嘉永4年)に島津斉彬が薩摩藩藩主になると、海外交易を視野に入れたガラス製造に転換。美術工芸品『薩摩切子』は、藩の事業として発展します。鹿児島城(鶴丸城)内の製煉所では着色ガラスの研究が行われ、紅色・藍・緑・黄・金赤・島津紫の6色の発色に成功。中でも紅色の発色に日本で初めて成功し『薩摩の紅ガラス』として称賛されました。
最盛期には100人を超える職人がいましたが、1858年(安政5年)に斉彬が急逝すると事業は縮小。薩英戦争で工場が焼失し、西南戦争前後には薩摩切子の製造は完全に途絶えてしまいます。
それからおよそ100年。1985年(昭和60年)、島津家をはじめ鹿児島県の協力によって、薩摩切子の復元事業が始まりました。当時の製法を知る人も資料もほぼない状態での復元作業の中でも、特に黄色や金赤の色ガラスの復元には3、4年の歳月がかかったといいます。薩摩切子を生み出した当時と同じくらい、エネルギーを要して復興した薩摩切子は『島津薩摩切子』として復活。1989年(平成元年)には、鹿児島県伝統的工芸品に指定されました。
島津薩摩切子を製造する薩摩ガラス工芸では、原料の調合から成形、削り、加工まで一貫体制で生産しています。その工程を見学すると、溶かした透明ガラスと色ガラスそれぞれを、二人の職人が竿に巻き取る『たね巻き』、色ガラスと透明ガラスを熔着させる『色被せ』、そして『成形』へと続きます。溶けたガラスの塊がみるみるうちに形づくられていく様子もさることながら、それぞれの持ち場の職人たちが、お互いの状況を見ながらあうんの呼吸で作業を進める様子にも目が離せません。
成形したガラスは、徐冷や検査を経て、削りの工程に。削る部分をマーキングする『当たり(割付)』、実際に削り取る『荒ずり』『石掛け』、そして仕上げの『磨き』まで緊張感の続く作業が続きます。
(写真左上)彫りに入る前の『当たり(割付)』
(写真右上)作業場では、職人たちの無駄のない動きに目を奪われる
(写真下)柄になる吉祥文にはシンメトリーな意匠が多く、彫りの太さや角度に統一性が求められる
薩摩ガラス工芸のように成形から加工まで一貫生産するガラス工房は全国的にも珍しいのですが、一貫生産することで色や形状をトータルで研究でき、全体の技術の底上げにつながるといいます。薩摩ガラス工芸で加工工程に入った新人はまず、最終工程の『磨き』を任され、実際に商品を手にする緊張感とともに、磨きに必要な技術を習得することで、色被せガラスのカット作業にも通じる手や身体の使い方を習得していきます。職人として一人前になるまで、およそ10年かかるそうですが、薩摩切子を手掛けたいという地元の人は年々増えており、職人の中には薩摩切子作家として活動する人材も誕生。100年の時を経て薩摩切子は再び、世界に誇る美術工芸品として、地元でしっかりと継承されています。
(写真上)明治時代の洋館を利用したギャラリーショップ磯工芸館館内
(写真左下)薩摩切子の代名詞ともいえる幻想的な6色「創作」シリーズ
(写真右下)側面の斜格子八菊文をはじめ、蓋や底面にも吉祥文をあしらった三段重
復元事業が始まって約40年。江戸時代からの薩摩切子づくりは約30年で途絶えていますから、既に当時歩めなかった年月を歩んでいることになります。「次の時代に向けてどう発展させるかが課題。先人たちの思いやエネルギーとともに薩摩切子を伝えていきたいです」と、薩摩ガラス工芸の有馬仁史さんは語ります。
島津薩摩切子では現在、当時のデザインをよみがえらせた『復元シリーズ』や、現在の生活様式に合うようにアレンジした『創作シリーズ』など、4つのシリーズを展開しています。中でも、鹿児島の自然をモチーフに、2色の色ガラスを重ねて中間色まで彫りで映す「二色衣(にしきえ)」シリーズと、モノトーンの色彩で深淵な世界へ誘う「思無邪(しむじゃ)」シリーズは、薩摩切子の新たな世界観を表現する新作。クリスタルガラスに伝統の吉祥文を彫る薩摩切子は、高度な手仕事と色褪せないデザインで、時代に左右されない圧倒的な美しさがあります。これらの作品は、工場に隣接したギャラリーショップ磯工芸館で購入することができます。
ギャラリーショップ磯工芸館は、明治末期まで森林業の事務所として使われた建物で、国の登録有形文化財にも指定。島津薩摩切子の4シリーズのほか、当時は実現できなかった大物の製作や、薩摩切子作家として活動する職人の作品など、新しい切り口で薩摩切子の魅力を発信しています